冒険者の酒場 Adventurer's Inn

冒険酒場の店員の仕事(1)

┌────────────────────────────────────┐

│『冒険酒場の店員』 

│ 条件:とにかく丈夫で、冒険者たちと渡りあえること。元冒険者優遇。

│スキル:掃除、皿洗い、調理、給仕、荒事、金勘定、管理

│勤務時間:終日

│労働環境:騒がしく、酔っ払い多し

│報酬:固定日給+能力給+個別の業務ごと(応相談)

│備考:まかない、住み込みアリ└────────────────────────────────────┘ 

 それは『冒険者の酒場』と通称される店だった。


 扉を開けると喧噪けんそうと煙がうずまく。

 戦士に魔法使い、盗賊に僧侶……いわゆる「冒険者」と呼ばれる者たちがたむろっている。

 この街の中央にある、巨大ダンジョンに挑む迷宮探検者たちだ。

 客はこんな手合いだから、営業は年中無休。酒と食事、寝床を提供するほか、ダンジョン冒険の斡旋あっせんも行う。

 また、冒険者が集う場だから、噂話や情報も集まる。さらには冒険者がパーティを組む仲間を探す場所でもあった。


 ここは、〈合財袋がっさいぶくろ〉亭。


 この街にいくつもある「冒険者の酒場」のひとつだ。

 主人の名前は、ザックという。

 元冒険者という触れこみだった。


 その容貌や、冒険者たちのあしらい、口から出る知識と経験の確かさから、その経歴を疑う者はいなかった。

 しかし、ザックは「若い頃、『伝説の勇者』と冒険した」としばしば口にすることがあった。

 こちらについては、誰も信じていない。ザック自身も本気ではない。罪のないホラ話だと思われていた。


「よう。誰でも飲みにくるといいぜ。酒を飲めないやつでもな。がははっ!」


 今宵も、冒険酒場の主人ザックは、豪快に笑う。



     ★     ★



「ふーん。酒が飲めねぇのか」


 ホリック就職斡旋所の紹介状を持って訪れたハロオに、〈合財袋〉亭の主人、ザックは言った。

 それから、ニヤリと笑う。

「まっ、飲めるに越したことねぇが、飲めなくても仕事は出来る。飲んだくれて仕事しねぇやつよりマシさ」


 ハロオは、お眼鏡にかなったらしい。


「そういや、俺様が昔一緒に冒険した“勇者”のヤツも、酒を飲めなかったが働き者だったぜ。この俺と違ってな!」

 そう言って笑う。

 店のほかの店員や客たちは「やれやれ」「またその話か」とヤジをとばした。

 こんな調子で「昔、俺様が一緒に冒険した勇者」をネタにするというのは、恒例のことらしい。


「よろしく、お願いします」と、ハロオ。

「ふぅ~む?」

 ザックは、ふいにハロオの顔をしげしげと見た。

「おめえ、ひょっとして、どこかで会ったことあったかなぁ?」

「いいえ。……では初めてです」


 ハロオは、そう答えた。

 嘘ではない。彼と前に出会ったのは《改変》前のことになる。


 ハロオにとっては、この軽口も懐しかった。

 盗賊戦士ザック。

 勇者パーティのなかでも、彼はいつもこんな調子だった。どんなときでも冗談めかして、気楽に笑いとばす。過酷な旅のなかで、ずいぶんと救われたものだ。

 最後は仲間をかばい、魔将・吸血大公ドゥンケルと相討ちになって壮烈なる戦死を遂げた。

 引退したら、酒場の主人をやるのが夢だと言っていた。



     ★     ★



 酒場の店員として、ひとまず仮採用となったハロオは、ザックと同じような作業着を身につけ、前掛けをする。

 すっかり「店員見習い」という姿になった。


「冒険者の酒場」の仕事は、大まかに以下のようなものがある。


 まずは、なんといっても酒場だから、厨房ちゅうぼうでの仕事や、接客の業務があった。

 加えて、客も荒くれ者が多く厄介やっかいごとが絶えないから、「用心棒」という役割も担うことになる。


 ハロオの厨房仕事は、まああまり優秀ではなかった。

 調理も皿洗いも人並み以下だが、なにより備品をよく壊すからだ。接客のほうも、料理を運んだり皿を回収するのは苦手で、しょっちゅう破損することになった。

 そんな店員など、通常の酒場ならば解雇コース確定だろうが、ここはちょっと違った。

 なにしろ客たる冒険者たちも、ちょくちょく食器やテーブルを壊す。

 そのぶん料金と経費などは最初から折り込み済みという具合だった。ハロオがそれに少し上乗せしても大きな影響はなかった。


 それに、主人のザックはこう言った。


「ふむ。おめぇは、用心棒としては結構使えるみてぇだな」

 ハロオは不思議な存在で、澄んだ目でにこにこしていると、酔っ払いも毒気を抜かれてしまうようだった。

 それに、刃物を振り回す酔客すいきゃくにも物怖じしない。本人が腕を下すことはなかったが、ハロオがいると、いさかいやもめごとが収まってしまうことが多かった。


「面白れえヤツだ。用心棒じゃなくて『不用心棒』かも知れねぇな。がははっ!」


 さて。この手の酒場の重要な業務に「クエスト手配」がある。

 冒険者たちへ、そのレベルに見合った「冒険依頼」を斡旋したり、あるいは適した探索の場所の情報を教える、というものだ。

 巨大ダンジョンの冒険とはいえ、漫然と探索するだけでは効率が悪く、下手をすると無駄骨どころか無駄死にとなってしまう。

 効率よく探索できる場所の情報は、冒険者なら誰でも欲しがった。


「冒険者への依頼」というのも多い。ダンジョン内で手に入る宝物や、特定の薬草や鉱物を採取するという類いの仕事は常に需要があり、依頼が絶える日がなかった。

 依頼人が直接冒険者に依頼することもあるが、馴れた専門の仲介者がいるほうが、双方にとって安心できる。

 かくして「冒険斡旋業」のような職業が成立しており、それは『冒険者の酒場』が担っていた。


 巨大ダンジョンが、いうなれば主要産業といえるこの街では、冒険斡旋を専門とする互助組織、いわゆる「冒険者ギルド」と呼ばれる機関も誕生し、急速に成長しつつあるが、昔ながらの『冒険者の酒場』も、まだまだ根強かった。


 ちなみに、ハロオはこちらの仕事は、相当にダメだった。


「おめぇはなぁ。……大雑把おおざっぱ過ぎるんだよな」

 冒険者のレベルにせよ、依頼内容の難易度にせよ、魔法のウィンドゥかなんかで数字が実際に見えるわけではない。

 それを目利きするのには経験や才能がいる。適切なレベルを見抜いて斡旋することが必要なのだった。

 例えば10レベルの冒険者たちに15レベル向きのクエストなどを手配したりすると大変なことになってしまう。

 ハロオには、このあたりの才能がないとザックは見切っていた。


「おめぇには、冒険者っぽい匂いがある。才覚があると思ったんだが……俺の見立て違いだったかなぁ」


 もっともザックは、半分正しく半分間違っていた。

 元勇者のハロオには「冒険者っぽい才覚」、すなわち剣と魔法、モンスターとの戦いや冒険などに関して才能も経験も十分過ぎるほどに持っていた。

 ただし、レベルが違うのだ。

 もしも、冒険者ギルドが定めるところの「冒険者レベル」に換算するなら999オーバーに達してしまう。そんなハロオからすれば、レベル10もレベルと15の「ささやかな差」など、判別がつかないのである。


「まっ、いいか」


 ザックは言った。元から細かいことは気にしない性格だった。


「そのへんに才能がなくても、別のところに才能がありゃいいんだ。

 誰も何かしらの取り柄がある。出来る役割ってもんがある。そいつを見つけりゃいいんだよ」


 そして、ハロオに笑いかけた。


「おめえもな。そのへんを見つけるまで、この店にいりゃあいいんだよ」

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