陰鬱売り Melancholy Seller
それは憂鬱な仕事
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│『魔糧提供者』
│ 条件:暗く、憂鬱で、悲しみや憎悪を持っていること
│スキル:特になし(スキルのない者のほうが統計的に適性が高い)
│勤務時間:完全フリー(出勤日時は事前予約が必要)、出来高制
│労働環境:基本良好であるが、効率化のため劣悪・過酷にする場合あり
│報酬:出来高制。品質によって追加報酬・賞与もあり
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「……また、無職になっちゃったなあ」
ハロオは、安居酒屋にいた。
現在も、無職である。
楽天家の彼であったが、さすがにこうも就職できない状態が続くと、思うところもあるというものだった。加えて、まがりなりにもいくつかの職場で短期間働いたので、少しばかりの小銭もあった。普通に生活していてもあまり金を使わないハロオは、居酒屋を見つけて入ってみたという次第である。
もちろん酒は飲めないので、食べる専門だった。
そういえば勇者だった頃も、ハロオにとって酒場とは、もっぱら、そこにいる人々の話を聞くための場所だった。魔王討伐のための情報収集という意味はもちろんあったが、もとよりこういう場所にいる人々の話を聞くことが好きなのである。
「なんとか職につかないとなあ。ホリックも心配しているだろうし」
そんなふうにつぶやきながら、串焼きや、豆や芋などの、安い料理をほうばる。
「僕も、このままじゃあダメかなあ」
「ああ。私はダメだ。才も能もない!」
隣りのテーブルで、安酒をあおっている人間がいた。
その顔はすっかり紅潮し、目付きもあやしい。足元もふらついている。酒の飲みすぎだ。
「大丈夫ですか?」
ハロオは思わず声をかける。困っているような人間は放っておけない性分だ。自分の落ち込みなど、たちまち消しとんだ。
「ほうっておいてくれ。私はダメだ。役立たずだ。世間様に必要ない、社会のゴミだ」
酔っ払いのほうは、ますます騒ぎ立て、慰めようとするハロオにくだをまく。
「そんなことはないですよ。この世界に必要ない人なんていません」
ハロオは、一生懸命に励ました。
それに、言葉は彼の正直な本音でもあった。この世界に生きる者に、誰一人として、不要な存在などいない。
相手のほうは、泣いたりわめいたりしたあげく、ハロオに寄りかかって、泥酔してしまった。
ハロオは、見捨てていくわけでもいかず、正体を無くした相手の身体を抱え、その住み処まで送っていくはめになった。
結局、心配なので朝まで付きそうことにする。
早朝。酔いから覚めた泥酔者は、ハロオに深く詫びた。
「うう……。酔ってずいぶんと迷惑をかけたようですね。まったく申し訳ありません。そうなんだ。こうなると分かっていても、いつも酒に逃げてしまう。……ああ。私はやはりダメな人間だ。クズだ」
「いや。そんなことないですよ。……それじゃあ、ゆっくり休んでくださいね」
ひどい二日酔いのようだったが、ふらつきながら立ち上がろうとする。
「いや。今日は、仕事に行かなくては……」
「あれっ。仕事があるんですか?」
ハロオは、ほっとして言った。
「やっぱりダメなんかじゃないですよ。僕なんか無職ですから」
「なんということだ。きみのような親切な、だらしないゴミのような酔っ払いに親身になってくれるような好人物が、職についていないとは」
ハァーと深く溜息をついた。酒臭い。
「それなのに、ああ。私のようなダメな人間が定職についてるというのが、おかしい。こんなクズに資格などあるというのか」
「足がふらついてますよ。仕事は、今日は休んだらどうですか」
「ああ、そうだ!」
そう叫んだが、それはハロオの言葉への同意ではなかった。
「思い立ったぞ。どうせこんな私は、今日にでもクビになるに違いない。後任にきみを紹介しよう。そのためにでも、なんとか最後に職場へ行かなくては」
「いや。そういうわけには……」
ハロオは遠慮したが、相手は、なんとしても行くとわめいた。ほうっておくのも心配だ。付きそうことにして支えて歩く。
道中も、ふらつく足で、自分のいたらなさや、その人生がいかに無意味であったかを、くどくどと話し続けた。
酒が入っていなくても、いつもこんな調子のようだ。
★ ★
「おや。メランさん。今日は遅かったですね。どうしましたか?」
ハロオが場所を聞いてたどり着いた場所……二日酔いのメランの職場は、奇妙な場所だった。
建物は妙に白く、なにやら生活感がなかった。施療院に近いが、それとも違う。ほかでは見たことのない雰囲気だ。
迎えた担当の係員らしき人物は、覆面をしており表情が見えない。
寝台のような台があり、周囲には、錬金術の器具のような用途不明の道具が並んでいる。
「昨夜は酒を飲んで憂さ晴らし。あげくは二日酔い。約束の時間にも遅れてしまったのです」
メランは、恥じ入るように告白した。
「ほうほう。なるほど……。今日が約束した、仕事日だとわかっていた上での所業ですか。まったく、大した心がけですね」
覆面の係員はうなずいて、そう言った。
「ああ。私はダメな人間だ。自分でも分かっている」
ハロオが、メランをかばって口添えしようとしたが、それより前に、係員のほうが言葉を続ける。
「あーはい。大丈夫ですよ。飲酒行為は業務に支障はありません。直接的に精神を操作する薬物や魔術はダメですけどね。……それでは、採りますよ」
そう言ってメランを寝台に横たえさせると、慣れた手つきで何やらはじめた。メランの腕や足に、導線のようなものがついた器具を取り付ける。
メランは「私はダメだ。ゴミだ。クズだ」とつぶやきながら、されるがままになっている。
(採る? これが、メランさんの仕事?)
ハロオがまわりを見わせば、あちこちに同じような寝台が置かれた仕切りがあり、横たわって器具につながれている者たちがいた。
みんなブツブツをつぶやいている。怒りの言葉を吐いている者もいれば、泣きじゃくりながら悲しむ者もいた。
「ああ。こういった施設は初めてですか」
覆面の係員は、ハロオに説明した。
「ここはですね。妬みや悲しみや恐怖など、暗い感情を集めているんですよ。
精製し、
そういえば、メランさんを世話してくださったようで、ありがとうございます」
「あの……。メランさんは、クビになるとか……」
「何をおっしゃっているんですか」
係員は、目を見開いて言った。
「この人は、とびきり良質の『憂い』を生み出す逸材ですよ。
採取日の前には、いつも以上にすっかり憂鬱を増大させて来てくださる。おかげで品質も常に安定しており素晴らしい。
まさにプロです。クビだなんて、とんでもない」
憂いのメランの口利きで、ハロオもこの職に就けるか、採用試験を受けさせてもらえることになった。
結果は……全く適性ナシだった。
計測したところ、あらゆる暗い感情が皆無という結果であったためだ。
あまりに皆無すぎるという結果であったため、そんな人間がいるはずはないと、器具の故障が疑われ、何度も測定することになってしまった。
(……そうそう。やっぱりこの世界に、不要な人なんていないんだよ)
計測器具に繋がれながら、ハロオは終始、にこにこと笑みを浮かべていた。
(『それは憂鬱な仕事』おわり)
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