吸血鬼ホストは夜花を愛す(4)

 ホリックが、ナイトクラブ『夜の花』にやってきたのは、その数日後だった。


(ハロオのやつ、ちゃんと仕事が出来ているだろうな?)


 これは、あくまで偵察である。

 自分が紹介した人材の様子を見るという仕事の一環なのだ、と自分に言い聞かせていた。

 髪型を変え、服と化粧もふだんと変えて、変装しているのも、もちろん、そういう理由である。


「おや。ホリック様ではありませんか」


 ……さっそく、バレた。


 声の主を見れば、ドゥンケルであった。


「フフフ。変装していても貴女の美しさは隠せませんよ」

「私に世辞せじはいい。どうせ感情を嗅ぎ取っただけだろう?」

「ハハハ。ホリック様には見抜かれていますか。その機知も美しい」


 互いに見え透いた会話を交わす。

 ホリックはドゥンケルの能力を知っていたし、ドゥンケルのほうは知られていることを知っている。

 何を隠そう、この店にホストとして紹介したのは、ホリックだった。


「いやいや、貴女あなたには、本当に感謝をしているのですよ。私の生きるべき場所をご紹介してくださったのですから」


 ドゥンケルはうやうやしくお辞儀をすると、笑みを浮かべた。

 これは、本音であった。決して素直には見せたりはしないが、本当に感謝しているし、ホリックの美貌も機知も敬っていた。ゆえに油断もしない。


 もっとも、彼自身は覚えてはいないが、ふたりの因縁はさらに前から成る。

 ドゥンケルは《改変》前は、魔王軍の魔将――すなわち、ホリックの部下だった。


(こいつは、魔王軍のときからこんな調子だった。本質は変わっておらんな)


 いまと似たような見え透いた言葉のやりとりを、魔王の大迷宮でもよく交わしたものだ。


「例の新入り――ハロオくんの様子見ですか?」

「フン。どうせ、役にも立たず、持てあましているのだろう」

「いえいえ。彼はなかなか人気ホストになっていますよ」


 ドゥンケルは、見透かしているような笑みを浮かべた。


「正直なところがかえって良いのでしょうね。お客様の選り好みもせず、誰に対しても真摯です。いまでは指名も結構きているのですよ」


「なっ、なんだと。そんなはずは」

 ホリックは驚いた声を出した。

「……あ、いや。仕事が順調なら、結構なことだ」


(何を私はいきどおっているのだ。これであいつが就職できるなら、結構なことではないか)


 内心思う。

 しかし、女性客にちやほやされているハロオの姿を想像すると、なにやら胸が騒いだ。なぜ、こんなに心がざわつくのか。順調にいっているように見えても何か失敗するのではないかという不安か? いや……。

 

「フフフ」

 気がつくと、ドゥンケルがにやにやと笑っている。


「いやはや。私はとんだ迷惑なのですよ。せっかくの私にとっての上客の、黒い感情を発散させてしまうのですからね」

「ならば、言葉の毒を用いて追い出すか? 得意だろう?」

「おやおや。どうしました。まるでハロオくんを、この職場から追い出したいような口ぶりではないですか」

「むっ……。そ、そんなわけではないが……。お前こそ、どうした? あの男は、お前が苦手なタイプだと思うが」


「苦手ですよ」

 ドゥンケルは肩をすくめた。

「しかし、彼のことは嫌いではありません。そうですね、人間流に言うならば、体臭が臭くてたまらないが、その性格は好ましいと考えている人物、といったところでしょうか」


 それから、美貌の吸血鬼は、かしこまってお辞儀をした。


「まあ、せっかくいらっしゃったのですから、我らが店で楽しんでゆかれては」

「フフン……。お前が相手してくれるのか?」

「いえいえ。ホリック様のお相手なんて、私ごときには勿体もったいなくて、とてもとても」

 わざとらしく言う。

「代わりに、貴女にとって最上の、我が店の優れたホストをちゃんとあてがいますよ」

 それから、フッと笑って肩をすくめた。

「まあ、ほかならぬ貴女ですから、正直に言いましょう。

 ホリック様のお相手は、結構つらいのですよ。貴女の感情――憤りや怒りは、一見暗いように見えて、真っ直ぐで明るい。

 貴女ご自身は尊敬していますが、きついんですよ。……ハロオくんと同じでね」


 そう言い残し、ホリックを席に案内すると去っていった。


(私が――同じ、だと? あの元勇者と?)


 ひとりになると、ホリックは自問自答した。


(何をバカなことを……私は、元魔王だぞ。あの吸血鬼め、いつもの戯れか? いや、それならばもう少しマシなことを……)


「こんばんはー。……あれっ、ホリック?」

 やってきたのは、ハロオだった。

「うわっ」


 ホリックは驚いて妙な声を出す。


(……何が「私にとって最上のホスト」だ。ドゥンケルめ!)

 内心で毒づくが、ふと気がつく。


「客が私だと、ドゥンケルから聞いたのか?」

「ううん。お店にとって大事なお客で、ドゥンケルさんの恩人だって言われたけど」

「変装しているのに、この私だと、わかったのか?」


 髪や瞳の色はもちろん、魔族特有のつのと尾も偽装している。超感覚を持つ者でも感知するのは困難だ。人間などに、おいそれとわかるはずがなかった。


「変装?……ああ。そういえばいつもと違うね」

 ハロオは、にっこりと笑った。髪型でも変えた程度かの言い方だ。

「そりゃあ、わかるよ。きみだもの」


「なるほどな……」

 そういえば、外見上の変化というなら、自分がハロオと再会したときも以前とずいぶん違っていたことを思い出す。しかし、まちがいなくこの元勇者であると、彼女自身も気付いたものだった。


「そうだな。われらは、互いに死力を尽くして戦った仲であるしな」

 ホリックは、ようやく肩の力が抜けたような顔になった。


「今度の仕事は、うまく行ってるようではないか」

「うん。あいかわらず、注意して身体を制御しないといけないけどね。ちょっと気を抜くと、あちこち壊してしまうから」

「それぐらいは何とかなるだろう。

 ……もう、私の就職斡旋所へ来ることもなさそうだな」


「そうだね。今度は、ホリックがお店に来てよ」

 ハロオが屈託のない笑顔を浮かべた。


(ふん。すっかり板についているではないか。こいつ自身は天然なのだろうが)

 ホリックは、テーブルの上のグラスを手に取った。

「そうだな。……では付き合え」


 ホリックはグラスに酒を注ぎ、ハロオに付き出した。

「えっ」


 すっかりホストとなって、ほかの女性客にもそうしているであろうハロオが少々腹立たしくもあり、いつもの自分のオフィスと違う、この夜の店の雰囲気がそうさせたのかもしれなかった。

 少しばかり意地悪い顔で笑う。


「どうした。ここでは私が客だぞ?」

「うん。わかった」


 グラスをカチンとあわせて、お互い酒をあおる。


(祝いと別れの乾杯か。少しばかり寂しくも――)


「――そういえば、ホリック様」

 そこへ、ドゥンケルがやってきた。

「言い忘れましたが、ハロオくんに決してお酒を勧めたりは――あっ。もう遅かったか」


 ホリックは、ふいに思い出す。

 勇者であったときのハロオが、酒にとことん弱かったことを。

 そして現在の彼は、常人の千倍の身体能力を抑えるため、細心の注意を払っての行動を己に課している。


 そのタガが、もし外れたりすれば――。



     ★     ★



 ナイトクラブ『夜の花』は、その夜、倒壊した。


 幸い死傷者はなかった。ドゥンケルがその身体能力を駆使して客や従業員たちを助けたためでもあった。

 彼の活躍によって救われた女性客たちは感激し、さらに彼の人気が高まったことは別の話だ。


 この一件は関係者のあいだで、内密に処理され事なきを得た。


 ただし、ホスト見習いであったハロオは、解雇されることになった。

 今回の件は別としても、間違って少々の酒を飲んだだけでこんなことになる男は雇っておけないからである。

 夜の仕事の関係筋でも、すっかり知られてしまった。

 おそらく、同種の職業に就くことは、今後は無理だろう。


「いやあ。なんかよく覚えてないんだけど、またクビになっちゃったよ」


 後日……。

 就職斡旋所で頭をかくハロオに、ホリックは怒鳴りつけた。


「酒が飲めないなら、勧められてもちゃんと断れ!」




                  (『吸血鬼ホストは夜花を愛す』おわり)

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