夜の仕事 Night-time Service

吸血鬼ホストは夜花を愛す(1)

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│『ナイトクラブのホスト』 

│ 条件:夜に強く、お客を気持ちよくさせること

│(美貌はあるに越したことはないが必須にあらず)

│スキル:接客、恋の話術 勤務

│勤務時間:夜間。夕方~早朝

│労働環境:シフト制。労働時間は事前申請

│報酬:月給1000Gから。実績により昇級。指名によるボーナス有

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 ドゥンケルは、いつもの時間に目を覚ます。


 豪奢ごうしゃな、深紅しんくの絹をあしらった寝床、すなわち人が棺桶コフィンと呼ぶ家具の、上面の蓋を開ける。

 この棺桶寝床は、豪華で優雅なだけでなく、極めて頑丈な作りで、日中の不快な日光を完全に遮ってくれる効果があった。


 寝室から出ると、窓の外にはちょうど赤い夕陽が落ちていき、気持ちのいい闇が広がりつつあった。

 早夜そうやに起きるのは、やはり素晴らしい。陰鬱な気分だ。


 ドゥンケルは鏡の前に立ち、身支度した。

 自分の顔も身体も鏡に映らないが、超感覚を用いるから問題はない。鏡はくしや化粧筆の位置を正確に把握するためのものだ。頭の後ろまで見えるから、むしろ都合がよい。顔色を見るためにも鏡を見るのが日課、もとい夜課やかだった。

 体調が悪いと、うっすらと鏡に映ってしまうこともあるからだ。


 目覚めの夕食だ。食堂へ行き、氷室ひむろから冷えた白い血ホワイトブラッド、人たちが牛乳と呼ぶものを取り出し、飲む。

 街の周辺の牧場産のものだ。新鮮で濃厚なホワイトブラッドはドゥンケルの好むところだったが、そこに籠もっている感情がやや明る過ぎた。

 まわしき陽の光がさんさんと降り注ぐ広い牧場で育つ牛の姿が目に浮かぶようだ。

 そこだけが不快である。

 暗い地下室で閉じ込めて育てたような牛の乳はないか、と牧場に頼みに行ったこともあったが、可愛い牛たちにそんなことができるかと怒った牧場主にニンニクを投げつけられた。ひどい話である。もっとも、そんな育て方をしたら牛の身体は不健康になりホワイトブラッドの品質自体は落ちてしまうから難しい。

 昼に生きる者デイリビングは、融通ゆうずうが利かないものだ。


 別の棚から、黒い瓶を取り出す。

 かぐわしき芳香ほうこう

 飲み干すと全身に力が満ちる。死気しきがみなぎるようだ。

 先ほどの不快さも打ち消されるように消えていく。

 むしろ、こちらのほうが主食と言えるかも知れぬ。


 おっと。仕事に出かける時間だ。

 この甘美な夜々よよの糧を得るためにも、働かねばならない。

 吸血鬼ドゥンケルは、服を着替えた。夜の闇のような美しくシンプルな衣装だ。


(私は、美しい花園の庭師のようなもの。

 花を愛でるのにふさわしいものを身につけねばな)


 吸血鬼のドゥンケルは、ナイトクラブのホストである。


 さて、今宵も、私を待つ美しき夜の花たちに会いにゆくとしよう。



     ★     ★



 元勇者ハロオが就職斡旋所を訪ねてきたとき、ホリックは顔をしかめていた。


「どうしたの?」

「……お前がいつまで経っても就職できないせいだ」

 元魔王ホリックは、ハロオをにらみつけて言葉を吐き出す。


「ふーん」

 ハロオは首をかしげた。

「ホリックはいつも大変そうにしているけど、今日はまた違うように見えるなあ」


(こいつ。鈍いくせに、妙なところで勘がいいな)

 ホリックは内心さらに苛立つ。顔の温度が高くなった。

(仕事をしていると、色々とあるのだ。無職の気楽なお前には分からぬだろうがな)

 しかし、そのおかげか、先ほどから悩まされていた不愉快なことから気がまぎれた。


「まあ、僕が心配をかけているのも本当だし。こうなったら片っ端から色々試してみないとね」

 ハロオは、ホリックがデスクの上に広げていた書類を覗きこむ。

「……ナイトクラブ?」


 それは、「ナイトクラブのホスト」の求人書類だった。いわゆる夜のお店というやつだ。


「お前もこの手の職業は知ってるだろう。かつて勇者であったときに結構出会ってるはずだ。そのときはもっぱら『客』のほうだったはずだがな」


 勇者に取り入ろうとして「夜の接待」をするような手合いはどこにもいたし、勇者の仲間たちが夜の歓楽街へと連れていったこともある。

 常に密偵を放っていたからよく知っていた。魔王軍のサキュバスに変装させてワナにかけようとしたこともある。勇者ハロオときたら、まったくその方面に疎いようで、溺れることもワナにかかることもなかったが。


「それの『女性版』というわけだ。客に来る女性客を男たちが接待するわけだな」

「ふーん。じゃあ、それに挑戦してみようかな?」

「ホストに? お前がか?」


 ホリックは思わず笑った。

 彼女自身も《改変》前からその方面には疎いほうだったが、ハロオよりはマシだという自負があった。

 ハロオにこの手の仕事を紹介するなど、想像したこともない。

 彼のような間抜け面の男がホストクラブで、甘い言葉を囁きながら酒を注いでいる姿を思い浮かべるだけでおかしかった。


「ま、まあ。ものは試しだ。やるだけやってみるといい。案外向いているかもしれんからな」

 ひとしきり笑うと、ホリックは紹介状をを書いた。


「ありがとう。今度こそ頑張ってみるよ」

 ハロオは、いつもと同じように、素直な笑顔を残して出て行った。


「ふん。……どうせムリに決まっている」

 ハロオが出て行った後、ホリックはつぶやく。


「ナァ~ゴ?」足元にやってきた竜猫トラが鳴いた。


「あの間抜け面で、ホストなど……」

 再び想像する。

 洒落たスーツを着こなすハロオの姿。あの間抜け面に似合うはずが――。


「ふむ。……まあしかし、あいつは顔の造りが悪いわけではない。

 身体も鍛えていて均整が取れているからな。服をまともにするなら、案外、見てくれだけは良くなるかもしれん」


 ホリックは考え直した。さらに想像する。


「そういえば、あいつは人当たりはいいし、他の人間を見た目で判断することもない。客の選り好みもしないだろう。案外と、うまくやるかも……」


 夜の店。着飾ったハロオが、笑顔で接客している。

 その澄んだ瞳に、女性客たちは魅了される。

 彼は甘い言葉をささやき――


「いやいや! さすがにそれはない!」

 ホリックは顔を赤くして、首をぶんぶんと振った。

「と言うか、なんで私がそんな光景まで想像せねばならないのだ!」


「ナァ~ゴ……」


 勝手に想像して勝手にわめく元魔王に、竜猫キャッドラゴのトラは、呆れたように鳴いた。

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