魔術農園経営者の悩み(4)

 そして、七晩目……。


 その夜も、ハロオは出かけていった。

 朝になった。

 戻ってきた彼に、ファーマはおそるおそるたずねる。

「ど、どうだい、ハロオさん。

 七晩目は何が出たんだ。……魔王か?」


「はい」


 魔王――。

 おとぎ話や、勇者伝説などで名前だけはよく知られているが、その実態まで理解している者は少ない。本好きのファーマは知っていた。単なる魔物の王とか、強い怪物というだけではない。

 ひとつの時代や文明というレベルではなく、世界そのものを滅ぼすという存在だ。


 やはり、ついにそんなものが出現したか……とファーマは思う。

(わしの農園……いや。この世界自体がおしまいだ)

 しかし、同時に気が付いた。

(だが、待てよ。にしては、農園も世界も無事なようじゃないか。

 ひょっとしてハロオさんが昨夜も勝ったのか。いや、魔王と対等に戦うことができる者などは――)


 ふと見れば、今朝はハロオの様子が違う。

 耳が赤く腫れていた。

 そういえば、昨晩までの戦いでも傷ひとつ負ってなかったハロオだが、さすがに魔王相手では無傷ではいられなかったか……。

 気がつくと、朝日のなかに、別の人影が立っていた。


 長い赤髪の少女のような姿。……就職斡旋所のホリックだ。

 彼女は深々とファーマに頭を下げた。


「今回は不手際がありまして。不適正な人材をご紹介してしまいました。

 ハロオ氏は連れて帰ります。

 すぐに適した人材を別でご紹介しますので、どうかご容赦のほどを」


 そう言うと、営業用の笑顔を浮かべながら、ハロオの耳を引っぱって去っていった。



     ★     ★



「……残念だったなあ。今回はうまく働けていたのに」

 ホリックの就職斡旋所に戻ると、ハロオはつぶやいた。


「……残念どころか、大変な事態になるところだったぞ」

 元魔王ホリックは、こめかみのあたりを震わせながら、答える。


「それより、あの農園は僕が守らなくて大丈夫なの?

 毎晩、いろいろモンスターが襲ってきていたけど」


「昨夜も説明しただろう。――あれは、お前が呼び寄せたのだ」

 ホリックは説明する。


 よく知られているように、強者は強者と引かれあう。

 高レベルの冒険者や英雄には高レベルのモンスターが遭遇エンカウントするのはそのためだ。

 元勇者であるハロオの場合、レベルに換算すると常識を越えて飛び抜けているため、世界法則や因果律までねじ曲がって、あんなものが出現することになる。


「このへん一帯の時空が歪んでいたから、あわてて行ってみたら案の定だ」

「へぇー。でも、いままで街でもそんなことはなかったのに。なんで、今回に限って農園に出てきたんだろう?」

「お前は今回、畑を見張って『襲ってくるものがいたら戦おう』と身がまえていたのだろう?

 つまり、戦闘を呼び込む体勢をとったわけだ。それに、世界のほうが反応したのだろう」


 ホリックの憶測だったが、それほど外れてもいないだろう。

《改変》後は、ハロオも戦うことがなかった。平和になった世界では警戒する必要もない。特定の相手と対峙するのでなく、無意識に「漫然と敵を待ち構える」という行動など、以前と違ってすることがなかったに違いない。


 今回、はからずもそうなってしまったというわけだ。


 農夫のファーマには、魔法的現象で幻影が発生したのだと説明した。

 やや苦しい言い訳だが、そもそも今回の事象のほうが時空の歪みによる不自然なものだ。今後、何も起きなければ、いずれ幻影だったと思い、納得するだろう。


「そうか……。じゃあ、畑の見張りの仕事なんか、今後は出来ないな」

 ハロオは残念そうな声を出した。

 確かにその通りだ。こういった仕事は無理だろう。

 夜間警備でもしたら、毎夜毎夜、ドラゴンやらグレーターデーモンが出現するはめになる。この街の倉庫や庁舎の警備の仕事でも斡旋していたらとんでもないことになるところだった。先に分かって幸いだったと言えるだろう。


「見張りだけではないぞ」

 ホリックは苦々にがにがしい声で、説明する。


 畑仕事をしたら、その一帯から〈大地の力〉が失われた件だ。

 勇者の力とは光であり聖の力であるが、飛び抜けて強力なものだ。

 毒をもって毒を制するための力というべき――闇を排除するために特化した劇薬のようなものである。闇以外にもあらゆるものを消してしまうほどの威力があるのだった。

 大地に向けてクワを打てば、そこにある闇の力は消え去るが、副作用でほかの力も除去されてしまう。

 元魔王であるホリックは、この勇者の特性そのものを知ってはいたが、さすがに農作業をしたときにこんなことになるとまでは考えてもいなかった。


「……今回は、私のミスだな。すまない」

 ホリックは、頭を下げた。


「えっ。ホリックが来てくれて助かったよ」

 ハロオは意外そうな顔をした。


(また、こいつはこうだ)

 元魔王は、苛立いらだつ。

 どうせ他意などなく、心からそう言ってるのだろう。


「あ。ひょっとして、高レベル同士で引かれあうってことは……だから、きみが来てくれたのかな」

 ハロオは、笑顔を浮かべて言う。


 ホリックは、顔を赤くして怒鳴った。

「それよりも自分の就職の心配でもしろ!」


 元魔王は、思う。

 こうなったら、意地でも就職させてやろう、と。




                    (『魔術農園経営者の悩み』終わり)

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