魔術農園経営者の悩み(2)

「……おかしいな。〈大地の力〉が減っている」

 農夫ファーマは、顔をしかめた。


 ファーマは〈大地の力〉の感知能力者だった。

 農業系魔法の術のごく初級のものだ。上級の術まで使うことは出来ないが〈大地の力〉の大小や、その配分などは感知することが出来る。魔術農業会の講習で習ったのだ。魔術農業を行っている農業者ならば必須と言えるもので、感知の術を身につけない者は感知用の器具を持つことになる。


 大地の力。土地そのものが持つ、植物を育てる力だ。

 その地の精霊力や土の豊かさなどを意味する。

 錬金術師たちは「土のなかの微量な物質や、ごく微小な生物」もそれに関係すると論じていた。

(一般にはあまり支持されていない論だが、ファーマも含め魔術農業の従事者はある程度信じていた。錬金術師たちは効率のよい肥料を生成してくれる取引相手であり、それが言うことなら、信じるに値するというわけだった)

 肥料や魔素まそを投入するとある程度回復するが、それも限度がある。〈大地の力〉が枯渇した土地ではあらゆる植物は死滅し、すなわち作物も育たない。


 その〈大地の力〉が減っているのだ。

 しかも結構な広範囲である。細かく調べないと断言は出来ないが、下手をすると農園のほぼ全域に渡るかもしれない。

 となれば、自分の農園だけそうなってるというのも不自然だ。これはこのへん一帯の土地がそうなってしまったのかもしれない。

「こんなことは初めてだ。……妙な異変が起きてないといいんだが」

 新種の病精霊、すなわち農作物に病魔をもたらす異常な精霊現象や、あるいはもっと大がかりな自然的異変かもしれない。

 この大地を間借りしている農業の従事者としては、自然の気まぐれや荒ぶる猛威には為すすべもないことも多々ある。祈るしかない。


 とりあえず、隣りのランチ牧場に知らせるべきか……。


「どうしましたか?」

 そこへハロオがやってきた。いまは農作業着を着て、クワを持っている。


「ハロオさんかい」

 ファーマは、先日農園に来たこの青年を気に入っていた。

 最初は、都会育ちの間抜けではないかと心配していたが、仕事をさせてみれば、実に真面目で働き者だった。

 農業については素人だったが。気が遠くなるような水撒きの作業を文句ひとつ言わずにやってくれているし、草むしりや、土運びも厭わない。

 もっとも慣れないせいか動作はぎこちなく、少々失敗することもあったが、それぐらいは新入りなのだから仕方ないだろう。

 作業中にクワが折れたり、荷車が壊れたりもしたが、それは道具が古くなっていたのだろうとファーマは理解し、まさかこの真面目な青年自身が原因とは思ってもいなかった。


 ましてや、この現象がハロオのせいなどとは、ほんの少しの想像もしない。


「いや。〈大地の力〉が減っていてね」

 ファーマは説明した。彼に相談しても仕方ないことだが、この機会に〈大地の力〉のことを教えておこうと考えたのだ。


「……うーん。なるほど」

 説明を聞くと、ハロオは神妙な顔になった。

「それはきっと僕のせいですね。ごめんなさい」

「はあ?」

「調べてみてください。僕が水を撒いた所や、草をむしった場所のはずですよ」

「そりゃあ偶然だろう。ハロオさんが水を撒いたなんて、農地のほとんど全部じゃないか」

「うーん。僕も気をつけて、力を出さないようにしてたんですが……」


 もちろんファーマは、そんな話は信じなかった。

 最初に考えた通りに、隣りのランチ牧場へ相談へ向う。

 しかし、ランチの土地には全く異常がないことがわかった。一緒に牧場をまわり、土地を感知してみたが、通常とまるで変わらなかった。

 ランチは心配し過ぎだろうと笑い、土産に絞りたての牛乳をくれた。


 ファーマは農園に戻り、もう一度土地の感知をする。

〈大地の力〉が減っているのは自分の耕地ばかりで、農園の外の地面には異常がないことがわかった。たしかに、ハロオが水撒きや草むしりをした場所だ。言っていることは自体は本当のようである。

 真面目な彼が、水撒きをするのをさぼるために嘘をついてるとも思えない。


「それにしても聞いたこともない現象だが……特異体質か何かかね?」

「まあ。そんなものです。ここでは働けませんね。お世話になりました」

 ハロオは、がっくりとした様子で、すでに農園を出る支度を始めていた。

「あー。待て待て! だったら、他の仕事をやってもらおう」


 ファーマはあわてて引き留める。

 この真面目な青年を気に入っていたし、この現象もなにかの間違いか一時的なことだとタカをくくっていた。特異体質かもしれないが、病魔や呪いを振りまかれているわけではない。


「ほかの仕事……って言いますと?」

「夜のあいだの見張りだ。畑を荒らす害獣や、作物泥棒がやってきたら撃退してくれ」

 これも農園には必要な仕事だった。作物を荒しにくる獣、まれに魔獣や幻獣などが夜の農地へ侵入してくるのだ。作物泥棒もいる。


「ああ、なるほど。そういうのなら得意なほうです!」

 ハロオは、目を輝かせた。

 ファーマもほっと安堵する。

 とはいえ、ここの農地には、もともと魔術式の鳴子なるこやワナが厳重に設置してあり、それを突破する獣や泥棒などまれにしかいなかった。

 正直、夜の見張りのためだけに人を雇うほどではなく、同じ雇うならば水撒きを手伝ってもらったほうがずっと助かる。

 しかし、ファーマはハロオをすげなくお払い箱にする気にはなれなかったのだ。


(まあ、これで鳴子に起こされることなく、毎晩ぐっすり眠れると思えばいいだろう)

 ファーマは、そう考えることにした。

(それに作物を荒らす獣も、作物泥棒も腹立たしいからな。ハロオさんが退治してくれるなら、胸もすくことだろうて)

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