半ノラ猫 Sami-Feral Cat
ノラ猫の仕事・家猫の仕事
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│『ノラ猫』
│ 条件:猫であり飼われていない
│スキル:探索能力、隠密行動、食糧調達(*)
│(*奪取、残飯あさり、対人型生物交渉など、方法は各自に任せられる)
│勤務時間:完全フリー。ノラ猫は自由である
│労働環境:過酷だが自由 報酬:自己調達
│備考:飼われ猫との兼任(半ノラ)も可
└────────────────────────────────────┘
「まったく、あいつには困ったものだ。いつになったら就職できるのか……」
ここ就職斡旋所で、元魔王ホリックは、つぶやいた。
「……おや?」
つぶやいた後、返事がないことに気づく。
いつもなら「ナァーゴ」と返してくれる
そういえば、この竜猫のおかげで、すいぶんと独り言が増えたということに、改めて気が付く。
「出かけているのか」
ホリックは、少し寂しそうに、出した言葉を恥じるように、肩をすくめた。
★ ★
竜猫トラは、ケイオロスの街を歩く。
この竜猫は「半ノラ」だった。家猫でもなければノラ猫でもない。ホリックの事務所のほか、いくつかの家を「掛け持ち」するように巡回し、
「ナァーゴ」
『
主人のベイクが顔を出した。
ここも、掛け持ちのひとつだ。数日に一回は来る。ハロオの就職候補だったが、彼はわずか一日でクビになったため、出会う機会がなかった。
口下手のベイクにとって、猫はいい話し相手らしく、好かれていた。
「新作のパンだ。ルヴェの考案さ。食うかい?」
「ナァーゴ」
「ルヴェにはプロポーズしたんだ。ああ。もちろん、いい返事さ。赤ん坊が出来たら猫を家のなかに上げられないが、しばらくは我慢してくれ。……って気が早いかな」
ベイクは赤くなって頭をかいた。
「ナァーゴ」
トラはパン屋を後にして、通りを歩く。
今度は街の中心部。ダンジョンに近いほうだ。
酒場〈
「ナァァ~ゴォ~!」
ここの店内は騒がしいから、大声でないといけない。
声に応じて、酒場の主人が扉を開けた。
「ようっ。また来やがったか。がははっ!」
この店は気前よく、食べ物をくれる。
代わりにネズミを取ってやることにしていた。ギブ・アンド・テイクだ。
ここは冒険者の酒場、と呼ばれる店だ。この手の店の客層は荒くれた者が多いものだが、この店はとりわけそうだった。
見ると場違いな雰囲気の者がいた。ときどき訪れる人間だった。
清潔な青い制服と規律正しい姿勢。自由治安官だ。
「毎日ごくろうだな、フェンシル隊長さんよ。一杯どうだい?」
「私がここを見回るのは、冒険者どもが風紀を乱さぬか見張るためだ。勤務中に酒など飲めるか!」
「張りつめるとよくねぇぜ。ちっとは肩の力を抜けよ」
酒場の主人と話をしている。いつものことだ。
あれで、なかなか気の合うふたりらしい。
「ナァ~ゴ」
トラは一声鳴くと、酒場を出た。
今度は屋根から屋根を駆けあがり、高い場所へ出る。
街の中央の黒くそびえる魔城。ダンジョンの地上建造部分の一番高い屋根に登った。ここからなら街全体を見渡せる。
しかし、ここには先客がいた。飛行魔女のキャルと、竜騎士のライナーだ。空を飛ぶ者同士、ここで一休みしているようだ。
「あら。こんにちは」キャルは言う。
「ナァ~ゴ」
キャルも顔見知りだ。
彼女は魔女猫を相棒にしているから、猫族への理解も深い。愛すべき知人だ。
『やあっ、ひさしぶり。トラ』
彼女の猫、パケも声をかけてくる。
ちょうどいい。猫同士の情報交換をする。
くわえていえば、竜猫であるトラは、竜騎士ライナーの相棒、飛竜のトランとも知り合いだった。こうして出会うときは、竜と猫のあいだの通訳もこなす。
しばし、竜と猫同士の情報交換と交流が行なわれた。
「ニャア」
「ナァーゴ」
「シュー、ククッ」
尻尾を持つもの同士が交流しているあいだ、その相棒の人間ふたりが会話を交わしている声が聞こえてきた。
「……よく夢を見るんだよ。キャル。
僕はヨロイを着て、トランに乗って戦っているんだ。夢のなかの世界では何千も何万人も、人間同士で殺し合いをしている」
「なにそれ。おかしな夢ね。冒険者にでも転職したい願望?」
「とんでもない。いまの仕事が好きさ。トランにもそんな仕事させて殺し合うなんて、悪夢だよ。
……そんな世界じゃなくてよかった。
いまのこの世界を創ってくれた神様がもしいるなら、僕はいつかお礼を言いたいよ」
「ナァーゴ」
やがて竜乗りと竜と、魔女と猫が去っていった後、竜猫のトラはしばし、その場所に残る。
一番高い場所を陣取ると、眼下を見下ろした。
ここからは、この街が一望できる。
「ナァァーーーゴ」
彼は大きく鳴く。
まるでこの街全てがナワバリであるかのように。
この世界自体を見張っているとでも思っているかのように。
★ ★
「あれっ。今日はあの竜猫くんはいないの?」
ホリックの就職斡旋所を訪ねた元勇者のハロオは言った。
「ああ。あれで結構忙しいようだ。無職のお前より多忙なんじゃないか?」
元魔王ホリックは言う。
「あはは。じゃあ、僕もノラ猫に就職しようかな。いや、あの竜猫くんと同じなら半ノラか」
ハロオは、そう言って笑う。
しかしその声は、結構真面目に考えているふうでもあった。
(まったく皮肉が通じない奴だな)
元魔王は、やれやれと思う。
「お前に半ノラなどつとまるものか。あれで結構能力がいるようだぞ」
「へえっ、そうなんだ」
「ノラ猫のようにエサを集めねばならんし、ネズミとりもする。いっぽうで人に飼われるなら、その相手もせねばならんぞ」
言いながらホリックは、ハロオが街を徘徊して残飯をあさっている様子を思い浮かべた。案外と違和感がない。
頭が痛くなった。早くこいつをまともな職に就けなくては。
それから……ふと思う。自分は習慣のようにトラに声をかけているが、あれも向こうからすれば「仕事」ということだろうか?
(それを、ハロオが請け負うとすると……)
想像してみる。自分が愚痴や悩みをハロオに語っている姿を。
ハロオは相づちを打ち、静かに微笑んでそれを聞いてくれる。違和感がない。結構そういう才能はあるような……。
(……いやいやっ。あり得ない! 何を考えているのだ。私の心情や、プライベートな情報を、こいつに聞かれたりしてたまるかっ!)
「とにかく、お前にはムリだっ!」
元魔王は顔を赤くして、ハロオに怒鳴りつけた。
(『ノラ猫の仕事・家猫の仕事』おわり)
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