吟遊詩人と現実(4)
「……布団のなかでずっと考えていた」
ペンネは、言った。
「すると、彼の語ってくれた話のなかに、色々いけそうなモノがあると気づいた。
魔王が実は美少女だなんて、かなりいい話じゃないか。
彼の貧困なボキャブラリーじゃなくて、僕が書いたら……と、だんだん考えるようになった。書けないとか言ってたのに、おかしな話だろう?」
髭を
「彼の『真実の瞳』は本当に恐ろしい。いまでも、だ。
しかし、僕自身の書きたい気持ちのほうが結局は上まわった。
……霊感がほとばしったり、芸術の女神が夢に出てきたりしたわけじゃなかったよ。
確かに現実というのは地味だ。そこも彼が正しかったな」
ふっと笑うペンネに、エディートは安堵した。
今回の本が大丈夫そうだから……ではない。
作家としてのペンネが消えなかったからだ。慰めのときの言葉も、ウソなどではなかった。
「そういえば、ハロオくんを送るとき、別れ際にこんなことを言ってましたよ」
七日前の、あの日。
ハロオは、例の澄んだ目でこう言ったのだった。
「僕は、この話が好きですよ。
この物語のおかげで、彼――英雄剣士のことは、みんなの心に残っている。覚えてくれている。……それに僕も、彼が言い遺せなかった言葉を、こうして知ることが出来る」
「……なるほど。いい話じゃないか!」
ペンネは、大きくうなずいた。
それからエディートをにらみ、指を突きつけた。
「そんないい話、なんでもっと早く聞かせてくれないんだ?」
「七日前から布団に向かって何度も言いましたよ。あなたがわめき散らして、私の言葉なんか聞こうとしなかっただけだ」
エディートもにらみ返す。
そしてふたりは、フッと苦笑した。
それからペンネは、羽根ペンを手に取った。
「物語作家というのは、『真実の瞳』に対して畏敬を払うという気持ちを心のなかに持ちつつ、しかしその視線に負けぬようの書こうという覚悟をしなくちゃいけないんだろうな」
自分自身に言い聞かせるように、つぶやく。
「『真実の瞳』を無視してはだめだ。
しかし、それに恐れて逃げてもだめだ。
真実に立ち向かい、負けないものを書くならば、たとえウソでもまやかしでも虚構でも、それはきっと、人を感動させる『本当』になる」
★ ★
しばらく後……。
吟遊詩人ペンネの新作『真実の勇者伝説』が発表された。
それは――勇者と魔王の、悲恋の物語だった。
本当は愛しあっていたふたり。
勇者と魔王という、決して結ばれることのないそれぞれの宿命がふたりを引き裂く。
互いに愛しあいながら、自分の父や母やきょうだいや、同胞たちを裏切ることは出来なかった。愛を胸に秘めたまま、悲しき戦いに身を投じていく。
ふたりは、伝説にある《願いの宝珠》のことを知り、
だが、その《願いの宝珠》を手にしたとき、恐ろしい真実が判明する。
願いを叶えるためには「もっとも愛する者の生命」を代償として必要とするのだ。
「私を代償に捧げてください。勇者さま」
魔王――魔族の美しき少女は決意し、もっとも愛する恋人に告げる。
「その代わり……約束してください。新しい世界を、魔のものたちが虐げられることのない世界を、あなたが生きて築いてくださることを」
「約束する。――我が愛すべき魔王よ」
そうして、《宝珠》は光り輝く。
願いはかなえられた。
だが――。
光が去った後、魔王は気がつく。自分が生きていることに。
勇者が隠し持っていた切り札。《愛の指輪》の力だった。死ぬべき運命の者がいたとき、その相手を本当に愛しているなら……自分の生命を代償に蘇生する。
それは勇者が、愛する恋人に対して生涯ただひとつ持った秘密であり、ただ一度の嘘だった。
「なぜです、勇者さま!」
魔王は、叫ぶ。
「勇者さま、ひどい御方。なぜ最後に嘘をついたのです。なぜ、私をひとり置いていってしまわれたのです――!」
新しく生まれた、美しく平和な世界。
魔も人も、誰もが笑いあえる世界で――
美しき魔王は、ただひとり泣き崩れるのだった……。
★ ★
この物語は、大変な反響を呼んだ。
吟遊詩人が語る声と調べに、聴いた人々は、辻で、酒場で、涙した。
物語本となって出版されると、争うように人々は手に取り、最後のページに涙を落とした。
舞台として上演されると、最後の場面で観衆たちは泣いた。役者たちも感極まって涙した。
ケイオロスじゅうが、感動に打ち震えた。
・
・
・
……就職斡旋所のホリックだけが、ひとり怒りくるった。
「なぜだ!」
彼女は、叫ぶ。
「なにがどうなって、こんなことになった? お前というやつは。またもや就職できなかったのみならず……なんだ、この話は!」
元魔王は顔を真っ赤にして、元勇者ハロオを締め上げた。
「こんなこと私は言ってない! あのヘボ詩人にどんなことを吹きこんだのだッ!」
(『吟遊詩人と現実』おわり)
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