吟遊詩人と現実(2)

 この世界には、伝統的な吟遊詩人も数多く存在し、辺境の村などでは昔からと同じように物語詩を歌い語り、情報や娯楽を人々に与えている。


 しかし、この街のような巨大都市ではまた事情が異なる。


 地方の村の居酒屋とは規模が違い、娯楽はずっと盛んであり需要もある。

 例えばまき物語本ものがたりぼんなど、娯楽書物がたくさん刷られて売られている。

 芝居もある。つじで演じられる小規模の見世みせ芝居から、大きな劇場で上演される舞台劇まで、日夜演じられている。


 そういった本や演劇の元になるのは、吟遊詩人たちの語る物語であることが多い。


 伝統的な神話・伝承や叙事詩なども題材となるが、吟遊詩人が独創で考えた物語が本や芝居になることもまた多い。伝統的な物語も人気はあるが、大衆は新しい物語も欲しているからだ。

 酒場や辻で話題になった吟遊詩人の物語歌となれば、すぐに本にもなって出されベストセラーとなり、戯曲化・舞台上演もされて大人気、ということになる。

 となれば、最初から「本や芝居のために物語を創る」という逆の仕事が発生するようになる。

 そういった新しい仕事は吟遊詩人たちの副業となった。

 いまでは、吟遊詩人の創った「物語」を、書物の出版事業者――すなわち版元はんもとが仲介者となって契約し、刷った本に掲載する対価を払ったり、劇場の興行主と契約して芝居に仕立てる……という新しい事業形態が発生している。


 ペンネはそういうスタイルの、物語作家でもある吟遊詩人だった。

 いまでも、ライブで語る物語歌にこだわってはいる。エディートの版元から頼まれる本のための物語は、自分自身で吟じる物語歌として権利を保有するという契約をしていた。もちろんエディートもそれは歓迎だった。辻や酒場で語られれば、本の宣伝にもなり、相乗効果を生むためである。

 今回の新しい物語『真実の勇者伝説』も、ペンネの吟遊詩人として数多くの〈勇者の伝説〉を聞いたり読んだりして、自らも多くの伝統的な勇者譚を語ったという経験が元となって思い付いたものだ。


     ★     ★


「どうも。ハロオです」

 エディートに連れられて、ペンネの仕事場に連れてこられた元勇者は、ぺこりと頭を下げた。

 壁の書棚には多くの書物があふれていた。文字通り溢れかえるように、机の上や床にも散乱している。机の上には彼の書きかけの原稿や、まだ白い、文字を書かれるのを待ちわびている紙が積まれている。インクの壺と羽根ペンは、最近あまり活躍していないようだ。

 隣りの部屋は、彼の吟遊詩人としての準備室で、弦楽器リュートや吟遊詩人の衣装――羽根つきの洒落た帽子などが納められている。こちらも早く作品が書き上がり、主人が身につけて語ってくれるのを待っているかのようだった。


「さあ。連れてきましたよ。ペンネ先生」

 エディートは勝ち誇ったように告げた。

「ハロオくんは、〈伝説の勇者〉の話を直接知る者です。これで書いてくれますよね」


「はあ?」ペンネは気の抜けた声を出す。

 そういえば数日前にそんな話をしたが、いままで忘れていた。エディートは細かいことを覚えているヤツだと呆れる。……もっとも、自分もあれから一文字も書けてはいないのだが。

「何を言ってるんだい。こんな若い者が『勇者の伝説』の原話げんわを聞いたはずないじゃないか」

「おやおや、先生。そうでないとは言い切れるのですか?」

 エディートはわざとらしい声で言った。


「むっ。……む、無論、言い切ることは出来ないけどさ」

 ペンネ自身が、〈勇者の伝説〉について書物を調べ、自分でも旅してあちこちで採取したから、知っていた。

 その成立年代や発祥地についてはいくつも俗説があり「どこでいつ起こった話なのか」は、未だ正確なところは不明なのである。

 数百年前から二千年ほど前だと一般に思われているが、本当の所は分かっていない。馬鹿馬鹿しい話だが、だという珍説すらあった。芝居や物語歌で「時は千年前」とか称されるのは、単純にキリがいいからに過ぎない。

 その専門家であるペンネだからこそ、確かに断言はできないのである。エディートの奴も嫌なところをついてきたものだと思った。


 もっとも、ペンネもエディートも想像すらしていないが、場所と年代があやふやになったのは、世界が《改変》された結果である。

 年代が特定できないのは、改変された世界自体が、整合性を完全に取れないためだった。


「ハロオくん……だったね」

 ペンネは、目の前の青年に聞いた。

「きみは、『伝説の勇者』の話を、直接聞いたことがあるのかい?」


「ええと、というわけじゃないですけど……まあ、よく知ってます。その場にいましたし」ハロオは答える。


 さすがに「自分がその勇者です」と言うような非常識さはなかったが、今回はどうやらこれが仕事らしいから出来る限り話すつもりでいた。それに、本質として嘘がつけない人間なのだ。


「よーし、わかった」

 ペンネは挑戦的な目で、自分の腕を組んだ。

「確かに僕だって、本当にそんな人と話を出来れば有益だ。聞かせてもらおうじゃないか。『伝説の勇者』の本当の話、というやつを!」

 とっとと化けの皮を剥いで、エディートをとっちめてやろうと考える。


 その様子を見て、エディートは内心ほくそ笑んだ。

 思った通りだ。

 以前、ハロオを見かけたのは街のなかだ。自由治安官の美女隊長と『伝説の勇者』の話をしているのが耳に入った。今回の作品のことがあったせいか、妙に記憶に残っていたのだ。

 もちろんエディートも、ハロオが『伝説の勇者』のことを直接知るなどと信じてはいない。ペンネの刺激にでもなれば良いという考えだった。

 ペンネの性格からすれば「この何も知らない素人め。僕が教えてやる」と逆に言い出すに決まっているからだ。それをきっかけに筆も進んでいくことだろう。


 ハロオという青年にはダシにするようで申し訳ないが……これで無事原稿が上がったら、本も出せる。

 彼には、その成果に見合うだけの十分な手間賃を支払うつもりだった。


(悪いな、ハロオくん。ペンネ先生に言い負かされて、ぐったりするだろうが……これも仕事だと思ってくれ)

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