吟遊詩人 Story Teller

吟遊詩人と現実(1)

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│『吟遊詩人の助手』 

│ 条件:スキル参照

│スキル:筆記、整理・掃除、物語知識もあると良し

│勤務時間:不定。師事する詩人による。夜間多し

│労働環境:師事する詩人による。待機時間長く、実作業になると長時間拘束

│報酬:師事する詩人による。日給100G前後

└────────────────────────────────────┘

    

「……書けない」


 吟遊ぎんゆうじんのペンネは、この世の終わりのような声で言った。


「イマジネーションが失われた。言葉が下りてこない。芸術の女神に見放された」

 続けて言う。

 詩的な言い回しだが、つまり『書けない』と同じ意味だ。


 何度も何度も、何百回と聞かされた言葉だ。


「いやあ、そう言わずに書いてくださいよ」

 版元はんもとエディートは、励ますように言う。

 これも何度も何度も、何百回と口に出してきた言葉だ。ペンネとの付き合いも長い。


「このたびの新作、『真実の勇者伝説』。

 素晴らしいタイトルです!

 世界に多く伝わっている『勇者の伝説』。叙事じょじ物語ものがたり戯曲ぎきょくも無数にあるこの有名なテーマにあえて取り組み、伝説のなかに隠された真実を描こうとは……。

 さすがはペンネ先生、発想も感覚も卓越している。

 後は、書き上げるだけではないですか!」


 その言葉は嘘ではなかった。

 人気吟遊詩人……いや、いまは物語作家としてより有名になったペンネとは数年来の付き合いだが、今回は版元として大きな手応えを感じていた。


「それが難しいんだよ」

 ペンネは書き損じの原稿用紙の山に顔を埋めながら、ねた口調で言い返した。

「すでにたくさん同じテーマの話が書かれている。伝説も多い。資料を調べて、矛盾のないようにつじつまを合わせて、さらに独創の要素を入れるなんて、すごく大変だ。難しい。ムリだ。

 ……こんな題材を選ぶんじゃなかったよ」


「いやいや、先生」

 エディートは苦笑いしながら言った。

「この前の作品のときは『全くの独創の物語は大変だ。すでにある伝説や神話を元に書くことが出来ればずっと楽』だと言ってたじゃないですか。今回はまさにそういう……」

「そういう簡単なものじゃないんだよ! きみも細かいことを覚えてるなあ!」

 ペンネは口をとがらせ、叫んだ。

 紙をまき散らし、ごろごろと仕事場の床の上を転がる。

「あー。いまの一言で、芸術の女神が完全に逃げてしまった! あーダメだ! もう書けない!」


(やれやれ……)

 エディートは内心溜息ためいきをついた。いまのは嫌味のつもりではなく、励ましの言葉だったのだが、吟遊詩人は、へそを曲げてしまった。


(いやまあ、多少の嫌味もあったかな。ペンネ先生ときたら、Aのときは「Bだったら書ける」と言い訳して、Bのときは「Aなら書けたのに」と言い訳するからな)

 そう思うが、エディートも仕事だ。

 そんな心の内はおくびも出さず、愛想笑いをした。


「いやいや、先生。全く違う。その通りでありました。いまのは私の失言でした。

 大変困難なお仕事に取り組んでらっしゃるのは、理解しております。どうかご機嫌を直して書いてください」


「きみは、理解してない。

 僕個人の機嫌とかそんな程度の低い話じゃないんだよ!

 芸術の女神が微笑んでくれないんだ。霊感が生じないんだ。僕自身にはどうにか出来るわけじゃない!」

 ペンネはますますわめき散らした。こうなると手がつけられない。

 エディートは言葉を尽くして、ペンネをおだてたり、あの手この手で機嫌をとる。


 この気難しい吟遊詩人先生とのやり取りも、これが初めてではない。

 しかし、今回ばかりはいつにも増して状況がひどいようだった。

 スランプというやつだ。


「……僕だって本当は筆を進めたいさ」

 吟遊詩人は、ひとしきりわめいた後、言い訳がましく言った。

 あたりに広げてある書物や巻物などの資料を指して言う。


「やはり書き記した文字だけじゃダメだ。いくら読んでも、伝説が語られた当時の、本当の情景なんてわからない。生々しい体験を感じることが出来ない」

 それから、嘆くように天を仰ぐ。

「あーあ。もし『勇者の伝説』を僕が体験できていたなら! それがムリだとしても、本当に体験した人から話を聞けたならば……僕は、書けるだろうに!」


 無理難題だ。

 全くの言いがかりというわけでもなく、本音でもあるのだろう。

 しかし、何百年前か何千年前かは知らないが、伝説の時代から生きてる者などいない。絶対ムリだと分かって、そんなことを言ってるのだ。

 さすがのエディートも、腹が立ってきた。

「わかりました。連れてきましょう。そうすれば書けるんですね!」



     ★     ★



「お前に、新しい仕事が斡旋あっせんできるぞ」

 ある日。就職斡旋所に訪れた元勇者ハロオに、元魔王ホリックは言った。


「僕が行ってもよさそうな仕事かい?」

「いいも何も。珍しいことに、今回はお前を名指ししている」


 ホリックは書類を見せた。

 募集条件に、ハロオの名と外見や特徴が書かれている。

 どうやら、ハロオの言動かうわさでも聞きつけたのか、仕事を頼みたいということらしい。


「へえー。……それで、どんな仕事なんだい?」

「うむ。説明が難しいが……『吟遊詩人の助手』、と称すべき仕事かな」

「吟遊詩人の助手?……楽器で伴奏したり、荷物運びでもするのかい?」


 ハロオは首をかしげた。


 吟遊詩人というのは、楽器を演奏しながら叙事詩や英雄たん、物語歌などを吟じる職業のことだ。

 伝統的な伝承詩を暗記してそらんじるほか、自分で詩や物語を創ることもある。

 旅をして、あちこちで見聞きした情報を人々に伝える役目もあった。

 地方の村の居酒屋などでは、旅の吟遊詩人が歓迎される。物語や、他所でのニュースを聞かせてくれる、娯楽と情報の提供者だからだ。

 この世界においても、過去の伝説や物語、それこそ、有名な〈伝説の勇者〉の伝説を語り継いでいるのは吟遊詩人たちだ。


「そのへんもやることになるかもしれんが、少々違うな。……どうやら、物語のネタが欲しいそうだ」ホリックは言った。

「ふーん」ハロオは、ますます首をひねる。


「勇者をやってたとき、旅の吟遊詩人にあれこれ冒険談を聞かれたことがあったけど、そういうやつかな。……そんなので仕事になるのかな?」


 勇者だったときのハロオにとって、ついでのようなもので本業ではなかった。

 それに、以前の世界における闇と光の戦いのさいは、勇者の活躍を世に広め大衆に希望を与えつつ名声を高めて協力者を増やすことも、勇者側にとっては重要なことだった。むしろ吟遊詩人たちには助けられ、共に戦ってくれたのだと認識していた。対価をとる類いのものではなかったと、ハロオは考えている。


 ましてや、いまのような平和な世界で、自分の話などなんの価値があるのだろうか?


「まあ、その仕事に価値があるかどうか決めるのは、雇い主のほうだ」

 ホリックの声で、ハロオの意識も現在に戻る。

「小さな村と違って、この街では娯楽本も多く発行されているし、芝居も日夜上演されている。なにしろ数が違うからな。

 それを手伝うことが専用の仕事として成立し、報酬を得られてもおかしくはあるまい」


 ホリックは紹介状を書いた。

「ありがとう」

 あまり納得してない顔のまま、ハロオは出かけていった。


「……うまくいくといいな」

 見送ったホリックはつぶやいた。


 彼女も、雇用主が何を期待しているのかは知らない。せいぜい、ハロオの体験談でも聞いて話のネタにでもするつもりだろうと考えていた。

 前に斡旋した治安官の仕事のさい、結果、職からはあぶれてしまったが、活躍したハロオは、街でも結構なウワサになってるからだ。


「ナァ~ゴ」

 答えるように、竜猫キャッドラゴのトラが鳴いた。

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