自由治安官の夢(4)

 その日。この街――ケイオロスの要人会議が行われる日で、治安団も警護に当たっていた。


 それはごく平凡な、目立たない姿をした暴漢で、隠し持った暗器を振りかざす瞬間まで、誰も気づかなかった。


 一番そばにいたのは、フェンシルだった。


(このときだ)

 フェンシルはその瞬間、思った。

(私が命を投げ出して救うのだ。かつての勇者さまのように)


 武器を構えている暇はなかった。フェンシルは両腕を広げ、凶刃の前に身を投げ出した。この瞬間のために、自分は生かされたのだろう、と悟るように思う。


(これで悪夢も終わる。私は罪を償うのだ)


 周囲にどよめきと悲鳴があがる。驚いている声が響く。

 フェンシルは痛みと死が訪れるのを待ったが――それはいつまでも訪れなかった。

 見れば、自分のさらに前に立ちふさがり、凶刃を身に受けている者がいた。


 治安官見習いの制服。――ハロオだった。


 一瞬遅れて駆けつけた治安官たちが、暴漢を取り押さる。

 フェンシルは、ハロオの身体にすがりついて、叫んだ。


 ――なぜ、勇者さま。

 なぜ、私なんかのために。死ぬのは私であるべきなのに――。


「お願いだ。目を開けてくれ!」

「……はい」


 泣きじゃくるフェンシルの前で、ハロオが目を開けた。

 少年のような澄んだ目で、にっこりを笑う。


「これが“続き”だよ、フェンシル。悪夢は、もうおしまい」

 よく見れば、ハロオの身体は無傷で、血を流してもいなかった。

 フェンシルがあっけにとられていると――笑顔のままハロオは、気を失った。


「聖職者を呼べ。施療師だ!」

 治安官たちの声が響く。



     ★     ★



 後日――。

 自由治安団本部で、フェンシルに報告する、治安官ランスの姿があった。


「治安官見習いハロオが倒れたのは、暴漢の刃物のためではありません。

 それは、“たまたま”逸れていたようでした。服が切れてましたが身体に傷はなかった。彼は幸運でしたね」

 ランスは、たんたんと告げる。

「倒れた原因は疲労です。全身がとんでもない疲労状態で、危なかったらしい。

 のんきな顔をしてましたが、治安官の任務が、実は彼にとってはかなりの激務だったのでしょうな。訓練でも相当な無理していたようです。

 いまは回復し、命に別状はないようですが……残念ながら、治安官の職を続けるのは不可能でしょう」

「そうか。残念だな」

「それより、貴女に言いたいことがあります」


「ああ。無茶はするな、ということだろう」

 治安官フェンシルは、にっこりと笑って、ランスに言った。

「私もこれからは、自分が死んでもいいなどというような行動はしないようにするよ。治安官なら、冷静で安全な対処法を考えなければな」



     ★     ★



 元勇者ハロオは、元魔王ホリックの就職斡旋所に訪れていた。

 もう命に別状はない状態に回復し、そしてまた無職になってしまったからだ。

「またダメだったよ」


「無理をするからだ」

 元魔王ホリックは、呆れた声で言った。


 元勇者であるハロオの身体能力は常人の約千倍に及ぶ。

「犯罪者を傷つけないように捕らえる」ためには、手加減が必要なわけだが、その手加減の度合いも「千分の一の力でそっと行う」ということになる。

 例えるなら、ピンセットを使って小さなピンセットを操ることによってさらに小さなピンセットを操り、極小サイズの針仕事をする……というのに近い。

 訓練時も同じだ。生身の人間相手には模擬刀であろうと傷つけないためにはそうする必要がある。

 そんな超精密な作業を続けていては、確かに身体がまいってしまうだろう。


「手加減もほどほどにしておけばいいのだ。どうせ相手は悪人なのだろう?」

「そういうわけにもいかないよ」

 ハロオはあいかわらずの屈託のない笑顔で答える。


 ホリックは肩をすくめた。これ以上この話を続けても苛立つだけだ。

 話題を変える。

「あの、元女騎士は……なぜ、そんなに罪の意識にさいなまれていたのだ? お前は女騎士をかばって死んだが、その後、結局生き返っただろうが。

 それはあいつも知ってるはずで……そうでなくても、この世界の『勇者の伝説』にも語られているから、わかっているだろうに」


 元魔王にとっては、面白くない記憶だ。

 女騎士だけでも倒して戦力を削げればおんの字と送り込んだ暗殺魔獣。ところが、勇者自身が間抜けにも身代わりになって死んでくれた。おかげで思わぬ儲けもの……と思ったのも束の間。勇者の奴めは、冥界の獄卒ごくそつも番人も薙ぎ倒し、強引に生き返ってしまった。


 結果としては、勇者陣営の戦力減少は全く皆無で、むしろ結束が固まって上がってしまった。

 勇者め、それを見越しての計算だったのか……いや。こいつは何も考えておらず、目の前の仲間を救おうとしただけだ。いま思い出しても苛立つ。

 その後、勇者を確実に殺す方法を研究することになり、魔王の大迷宮の最後の部屋での決戦以外にないと判明したわけだが――。


「分かってはいるけど、ずっとそのことが重荷だったんだろうね。かわいそうに」

 ハロオは言った。

 この後に及んでなお、仲間のことを心配しているハロオに心底呆れた。それよりも無職であることを心配して欲しい。

 その話題にもそれ以上触れる気になれず、ホリックはまた話題を変えた。

「お前のかつての仲間が、お前のことを覚えていないことが、悲しくはないのか?」


「えっ。なんで?」

 ハロオは、意外そうな顔をした。

「『夢』と思っているなら、もう重荷じゃないだろうし。……まあ、『伝説の勇者』に混ざっているというのは、照れくさいけどね」




                     (『自由治安官の夢』……おわり)

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