自由治安官の夢(3)

 それから、十数日後の朝……。


(また、勇者さまの夢を見てしまった……)


 治安団の詰め所でフェンシルが想いにふけっていると、声をかける者があった。


「うわっ。……なんだ、ランスか」

「なんだとはご挨拶ですね。例の新入りについて話があります。確か第一隊長の管轄だったかと」

 治安官ランス、すなわち治安団第二隊長は、渋い顔で切り出した。


「治安官見習いハロオがどうしたのかな?」

 彼は、フェンシルの付き人を終え、いまは各所で任務に就いているはずだ。


「あの男、大層よろしくありません」

 ランスは渋い顔で説明した。

「留置場で見張りをさせたら、犯罪者を逃がすところでした。

『改心します』とか見えすいた言い訳を疑いもしなかったらしい。

 注意をしたら聞きましたが、またすぐに同じ手に引っかかってました。どうやら、疑うということを知らないようですな」


「ふむ。……それは、確かにまずいな」

 フェンシルも渋い顔をした。

 彼女も結構騙されやすいほうだが、さすがに二度も引っかかることはない。

「まあ。善意からなのだろう。

 人を信じること自体は悪いことではない。よく言い聞かせればよいことだ」


 フェンシルは〈伝説の勇者〉のことを思い出す。

 彼も人の善意を信じるあまり、悪党の嘘にだまされてたり、命乞いする相手に剣を下ろすことしばしばだった。ハロオの行動は確かに問題だが、あまり責める気にはなれなかった。


「話に続きがあります」

 ランスはますます渋い顔をした。

「そんなわけで、巡回任務に回したんですが……もう七日になるのに、彼は何の検挙もしていない、という有様ありさまです。これは問題でしょう」


「問題?」

 フェンシルは意図をはかりかねて、首をかしげた。

「犯罪に出会わないなら、結構なことではないか。

 きっと街が平和だったのだろう。成績を上げるために、無理やり検挙をしたりするやからのほうが問題だ」


「第一隊長も人が良すぎますね」

 ランスは大げさに肩をすくめた。

「理想論としてはそうかもしれませんが、確率的には一定の犯罪者に出会ってるはずなんですよ。

 この街の犯罪頻度はご存じですよね?

 全く検挙がないとは、よっぽどの怠け者か間抜けか……。

 そうでなければ、ワイロでもとって見逃しているのかも知れません」


「まさか。そんなことはないだろう」

 さすがにフェンシルは言い返したが、ランスの言うことも一理あった。

 人の良すぎるハロオが騙されているのかもしれない。

「わかった。そうまで言うなら、今日はこっそり後を尾けてみよう」


 そんなわけで変装したふたりは、その日、巡回中のハロオを尾行することになった。


 結果は……シロだった。


 ハロオは真面目に市街地を巡回し、手を抜いてる様子は全くなかった。

 老人が荷物を運んでいたら持ってやり、泣いてる迷子がいれば手を引いて親を探して、届けていた。はては木の上にから下りられない猫まで助けていた。

 そのとき触れた木が倒れてしまったが、きっと古くて枯れかけていたせいだろう。


「今度は治安官か。がんばれよ」

 街のパン屋が、親しげに声をかけてくる。

「おじさん。今度は就職できそうね!」

 飛行する郵便配達人の少女も上空から声をかけてきた。


 ハロオは運が悪いのか、なぜか、あちこちでさわった壁が崩れたり、つまづいた石畳が壊れたりする事故があったが、それ以外はいたって平和な様子だった。

 いつもフェンシルやランスが市内巡回すれば必ず出くわしている、スリや強盗などの犯罪者に一切出会うことがない。まるでハロオのまわりだけ平和な街ででもあるような錯覚を覚えてしまう。


 ……実はこの現象は、元勇者であるハロオの能力だった。

 勇者としてのレベルが高くなると、低レベルのモンスターが本能的に怖れをなして避けるようになり、遭遇しないのと同じように、治安官という職に就いた状態では、レベルの低い軽犯罪者などに遭遇しなくなるのだった。

 しかし、そんなことは、フェンシルもランスも、そして当のハロオ自身も想像すらしていない。


「……私の間違いでした。彼を疑っていたことは取り下げます」

 夕暮れ。一日の尾行を終えると、変装の髭を外したランスは、渋々と口にした。


「見ろ。そういうこともあるということだ」

 フェンシルは憤然として言った。しかし、ふと気になってランスに聞く。

「にしても、たかが新入りひとりの素行を探るのに、第二隊長ともあろう者が一日かけて尾行しようとは、どうしたのだ?」


「たかが新入りひとりの潔白を晴らすため、第一隊長ともあろう人が付き合ったのと同じ理由ですよ。……あの男は妙だ。気になって仕方ない」


 言われてフェンシルも気がつく。

 確かにハロオは、どこか妙に気になる存在だった。

 彼に出会ってから「勇者さまの夢」を見る回数が増えたような気がする。

 心の奥になんとも妙な気持ちが湧いてきたような――。


 そう……。伝説の勇者は、女騎士である私をかばって死んでしまった。

 私はその罪を背負っている。治安官である私は、いつか罪を償わなくてはならない。

 そうだ。私も勇者さまのように人をかばって死ななければ……。


「――しっかりしてくださいよ。フェンシル隊長」

 ランスの声がして、フェンシルは我に返る。

貴女あなたは、我らが治安団を背負っているのですからね」



     ★     ★



 結局、ハロオは見習いの立場のまま、捕り物や災害救助任務の出動要員に回された。

 さすがに、検挙率がゼロのまま巡回を続けさせるわけにはいかなかったからだ。

 普段は待機状態で、備品の整備をしたり模擬刀もぎとうによる訓練を行って過ごし、大きな犯罪や災害などの有事には動員され出動するという人員だ。


 こちらでは、ハロオは大きな問題にならなかった。

 とは言っても活躍したわけではない。出動した現場では、ぎこちない動きで、いつも出遅れ、犯罪者の捕獲にも余り役には立っていなかった。

 日々の訓練においても、打たれ強くはあったが、動作はぎくしゃくとして動きで鈍い。怠けもせずに訓練を続けているのだが、いっこうに動きは素早くならない。

 しかし、真面目に文句もいわず訓練も出動もこなすので、悪評もなかった。


『何しろ真面目だし、続けていれば芽も出るだろう』というのが、現場の評価だった。

 やがて、この変わり者で動作が鈍い見習いの存在は、治安団の日常の一部となっていった。


 フェンシルも、庁舎や現場で、ハロオに出会うたび、やはり何か気になり、心の奥底がざわめくのは止まらなかった。

 勇者の夢を見る回数も増えていったが……表面上は普段通りの日々に戻った。


 いつもどおりに、規律を持って市街を歩く、美しき剣のような彼女。

 自由治安団第一隊長に、住民たちは信頼を寄せ、街娘たちは歓声をあげた。



 事件が起きたのは、ある晴れた日のことだった。

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