自由治安官の夢(2)

 それから、しばらく後。

 自由治安官の第一隊長であるフェンシルは、ハロオを連れて市街を歩いていた。


「治安官は、市街各地の詰め所におり、通報があれば犯罪や事故や騒乱に対応する。暴れている酔っ払いの取り締まりなどもな。

 火事や大風などの災害時に人命救助をするのも仕事だ」


 歩きながら、ハロオに説明する。

「こうして市街を巡回することも、日々の大事な任務である」


「ああ。困っている人がいるのを探したりするんですね」

「うむ、そうだ。

 それに犯罪の抑制という意味もある。……こうして治安官の姿ありと見せておけば、悪事をしようとする者も減るし、善良な人々は安心するというわけだ」


「それはいいですね。悪いことは起きないならそのほうがいい」

 ハロオはにっこり笑った。

「うむ」

 フェンシルも笑顔になってうなずいた。


「犯罪をしている悪人がいたら……倒すんですか?」

「うむ」

 第一隊長は神妙な顔になった。

「必要ならば倒すことに躊躇ちゅうちょはせぬ。善良な住民に被害を出すわけにいかないからな。しかし、やむなきとき以外は殺さずに無力化させることが規定だ。そして正しい裁きを受けさせて、相応の罰を下し、更正の機会を与えるのだ」

 フェンリルは言う。

「私自身も、そうするべきだと考えている。相手にもやむなき事情があるやもしれぬからな」


「ええ。僕もそう思いますよ」

 再びハロオは微笑んだ。安堵したような顔だった。

「安心しました。殺さなくていいんですね」


 フェンシルの胸が、とくんと高鳴る。


「おお、貴殿とは話が合いそうだな。ハロオどの!」

 思わず声の調子もあがる。

「そう。勇者どのも同じ考えであった。その強さばかりが伝説に伝わっているが、本当は悪であっても殺したくはないという、優しき方であったのだ!」


「……知ってるんですか?」

 ハロオは、子どものような澄んだ目で見返す。

「あっ、いやその」


 フェンシルはあわてて咳払いをした。

「もちろん伝説の話だ。その……私は『勇者の伝説』を、人生上の典範てんぱんとしているのだ。そう、剣を持つ者としてな!」


 彼女なりの言い訳だった。

 嘘ではないが、手本というよりも熱烈な心酔……いや、熱愛しているというのが本当である。それに、『勇者の伝説』は誰でも知ってるし、芝居や絵巻でも人気の題材だが、どちらかと言うと子ども向けのおとぎ話と一般には思われている。


「……いい年をして、幼な過ぎると思うかもしれないが」

「いや。思いませんよ。嬉しいですよ」

「うむ?」

「あっ、いや。伝説の勇者も、嬉しいと思いますよ。立派な治安官のお手本になって」

 ハロオは、言葉を選ぶように言い直した。なぜか少し顔が赤い。


「うむ。貴殿はいい奴だな!」

 フェンシルは、急に嬉しそうな顔になった。

 いかつい堅物として知られる彼女が、普段は決して見せない表情だ。

「さては、ハロオどのも『伝説の勇者』が好き――あ、いや。尊敬しているのだな?」


「えっ。ええ。まあ……」

 ハロオは照れたように頭をかいた。

 

 尊敬もなにもない。自分自身のことだからだ。


《改変》によって世界は書き換わり、勇者ハロオと魔王の戦いは、事実としては「無かった」ことになった。

 彼が成した冒険も偉業も「大昔の伝説」ということになっている。

 魔王や勇者と実際に出会ったり関係した者は「伝説を読んだり聞いたり芝居で見た記憶」ということに記憶が改竄かいざんされているのだ。


 この、目の前のフェンシルのように。


 しかし、フェンシルの記憶のなかの「勇者」はずいぶんと美化されているらしい。絵巻や芝居の勇者像の多くと同じように、現実のハロオよりも何割増しか立派な人物にされている。

 ちなみに改変前の世界にも『勇者の伝説』というものはあった。文字通りの、遠いの昔から伝わる、過去の勇者の物語だ。

 勇者になる前の幼少のハロオ自身も本で読んだり芝居で見て胸躍らせたものだった。


 いまこの世界にある『勇者の伝説』は、ハロオ自身の話と置き換わっていたり、部分によってはハロオも読んだことがある、かつての伝説の勇者の話と混ざったものになっている。


 ハロオからすれば、居心地の悪いことこの上ない。


 しかし、フェンシルはそんなこととはつゆほども思わない。ようやく同好の士を見つけたとばかり、水を得た魚のように語り始めた。


「――であったな。暗黒の森での冒険は、私も手に汗握ったものだ。しかし、あのときの勇者どのの機転は見事であった!」

「あ、うん。……思いついたのは、ぼ…いや、勇者、じゃないんですけどね」

「死の谷での敵の奸計かんけい。なんたる卑劣であったことか。しかし、勇者どのは窮地きゅうちを切り抜けた!」

「あ、いや。仲間がみんな怪しいと言ってたけど行こうといったのは本人だったし」

「生贄の村を助けた身代わりの策のときも、感動したものだ!」

「いやあ。あのときは、えーと、女騎士さんも大変だったんじゃないかと」

「ああ。私も恥ずかしかったがな。変装とはいえ、勇者どのと夫婦めおとになるとは――」

「……えっ?」

「……あっ」


 フェンシルは、顔を真っ赤にしてゴホンゴホンと咳払いをした。

 勇者の伝説の話をしているつもりが、いつのまにか自分自身のことのように話してしまった。調子に乗りすぎたと慌てる。


「ゆ、夢で見たのだ。その、勇者どのと冒険する夢を……そう。こ、子どもの時分にな。ハハッ。夢中になって懐しい話をしてしまった!」


 あわてて、そう言い訳をする。


 夢で見たというのは本当だったが、子どもの頃どころか、最近も、そして何度も見ている。

「生贄の村で勇者が、仲間の女騎士とふたりで変装して悪い魔物を倒す」エピソードは有名な話だ。それを自分に置き換えたのだろうとフェンシルは理解していた。


 夢見がちな子どもならまだしも、さすがにいい年してそんな夢を何度も見ているとは恥ずかしいことと自分でも認めていた。

 しかも、「勇者さまと夫婦に変装」など、乙女趣味な願望丸出しではないか。

 誰にも話すまいと思っていたのだが……ハロオという男には、なぜかつい漏らしてしまった。

 フェンシル自身も不思議だった。


 さすがにこれは引いただろう……とハロオのほうをおそるおそる見るが、彼は、呆れも笑いもしていなかった。

 なにか驚いたように、しかし真面目な目でこちらを見ている。


「子どものとき……なんですね。最近は? ほかに妙な夢は見てませんか?」

「う、うむ」

 ハロオの真剣な態度におされ促、フェンシルは言葉を続けた。


「実は……最近も見ている夢がある」


 秘密を明かした。こちらはずっと気になっている夢だ。

 悪夢といっていい。


 勇者さまが、女騎士である自分をかばい、死ぬという夢だ。

 かばって死ぬのは自分の役目であるはずなのに。

 勇者さまと女騎士である自分が共に冒険する夢は、たくさん見ている。荒野を越え、山脈を越え、悪を討ち、勇ましく。苦労もあるが楽しい日々。

 ――だが、いつも最後はその夢で終わる。


 自分が愛する勇者のなきがらにすがって泣き叫んでいる。重く悲しい夢。

 なぜ、勇者さま。なぜ、私なんかのために。死ぬのは私であるべきなのに――。

 この夢の話は、さっきの話より、ずっと秘密だった。


 その話を、ハロオは真剣なまなざしで聞いていた。

 こんな話は、秘密のなかでも秘密で、誰にも聞かせたことがない。ハロオに話して、少しだけ気が安らいだ気もした。


「……まあ、ただの夢だ」

 話が終わると、フェンシルは取り繕うように言った。 

「おそらく幼い頃の私にとって、よほど印象的な場面で、それがいまでも心のなかに残っているのだろう」

 言い訳だったが、そう言葉にすると、それが正しいような気がしてきた。


「私は勇者どのの、そんな高潔な生き様を深く尊敬している。私が治安官という職に就いたのも、そのためかもしれないな」

 それから、話は終わったとばかり、口調をいつものように切り替えた。


「さて。勇者の話もいいが、そろそろ任務に励まないとな。

 ハロオどの。巡回を続けよう!」

 そういうと、足早に先を歩き始めた。


「あっ。はい」

 ハロオも、今度は治安官見習いとして隊長を追いかける。


 フェンシルは、かつては女騎士として、勇者ハロオと共に本当に旅したことを、彼女自身は覚えていない。

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