治安官 Public Saver
自由治安官の夢(1)
┌────────────────────────────────────┐
│『自由治安官』
│ 条件:戦闘能力を持ち、荒事に対応できる
│スキル:戦闘能力(内容は問わず)、束縛・無力化の魔法/特殊能力など優遇
│勤務時間:朝~夕、あるいは夕~早朝の夜勤あり
│労働環境:危険多し
│報酬:能力に応じた固定給+犯罪者逮捕ごとの歩合制。危険手当・保証金制度あり
└────────────────────────────────────┘
自由治安官フェンシルは、朝の訓練を終えると、日課としている市街の巡回へ出た。
あざやかな青の制服に、黄金の髪。
道行く人々は彼女の姿を見て、ある者はかしこまり、ある者は尊敬の念をこめて挨拶の声をかけてくる。
フェンシルの動きは、こうやって歩くときも規則正しく、乱れもない。
堅過ぎる、と評されることも多かったが、彼女自身はそれぐらいで丁度いいと思っていた。
この街の平和と秩序を守る、自由治安官という職に就く者としては。
顔の造型もその身体も美しいと言えるものだったが、美女というより美しい剣のような印象だった。実際、剣の腕もこの街の地上で一番だと言われている。
剣が剣を振るっているようなものだ。そのおかげか言い寄ってくるような男もいなかった。……同性には人気がある。今朝も街娘たちが歓声をあげ、花を差し出してくる少女もいた。
(いまは仕事が一番だ。色恋
フェンシルは内心思う。
(それに、私には……)
冷静沈着にして質実剛健な彼女の心に、ぽっと小さな火が
彼女には密かに理想とする男性がいる。強くて
(……勇者さま)
名を心のなかでそっと呼ぶと、思わず自分の頬が熱くなるのを感じた。
街の人々に気取られないよう、平静を保とうとする。
もっとも、自由治安官フェンシルが顔を上気させていたとしても、誰もが鍛錬の後であるか、あるいは世の悪に対して正義の怒りを燃やしているとしか思わないだろう。お堅い彼女が淡い恋心を胸に秘めているなどとは誰も想像すまい。
ましてや「勇者さま」などとは……。
ともあれ、これほどの「理想の男性」が心のなかにいる彼女にとって、世にいる男たちなど――剣を持つ者として敬意や友情を抱くことはあっても――恋愛対象などには全くならないのであった。
「フェンシルどの。おはようございます!」
庁舎に着くと、
フェンシルは事実上、治安団の長官と言える立場だが、あえて第一隊長――建前上は現場の隊長のひとりという地位を己に任じていた。
身体が達者な内は現場で働きたかったためである。
見渡すと、整列する治安官のなかに見慣れぬ男がいた。見習いの制服を着ている。
そういえば、今日から新入りが来ると聞いていた。
「ハロオです。よろしく」
その男はぺこりと頭を下げた。少年のような目でにっこりを笑う。
「うむ」
フェンシルは軽く礼を返しつつ、内心思う。
(のんきそうな男だ。治安官などつとまるのか?)
ところがなぜか、ふいに胸が、とくんと大きく鳴った。
目の前のハロオという男に、どこかで会ったような気がするが……思い出せない。
★ ★
元魔王ホリックが、このたびハロオに
「そういえば
ホリックはひとりごちる。
「あいつは戦闘能力はあるし、身体は無闇に頑丈だし、ぴったりだ。最初からここを紹介すればよかったのだ」
自由治安官とは、いうなれば警察組織である。
自警団とか防犯隊とか、各所で色々な名前を名乗っているが、大抵の街や村には、犯罪者や襲撃者から人々を守り、治安を司る武装集団がいるものだ。
古き良き王国などでは、騎士団とか
《改変》によって、戦争は消え去ったが、悪事や犯罪は依然として存在する。
魔物は差別されるることはなくなり、かつての魔王軍のような大規模な闇の勢力はいなくなったが、知性のない魔獣や怪物は人々を襲うし、悪事をする者は魔にも人にも存在するのだった。
(皮肉なものだな。ハロオが願った世界においても――悪も争いも消えない)
しかし、同時にそんなものだろうと、ホリックは思う。
世界には善も悪もあって当然だ。
もし、ハロオが「悪事も犯罪も、どんな争いもない」ことを条件に加えていたとしたら、いまよりマシな世界になっていたかどうか。
それこそ、人か魔のどちらが、あるいは両方が一切存在しない世界になっていたかもしれない。
あるいは、あらゆる生ける者が、意志のない「平和で無害な」人格に改変されていたかもしれない。とんでもない世界だ。
ともあれ、治安官のような職業は、以前の世界で戦争や怪物退治に従事していた者たちの受け皿として有効だった。
騎士や兵士、そしていくらかの冒険者たちが、その職に就いている。
……いや。正確にはこうだ。悪や犯罪が存在すること自体と、それに対抗するための秩序側の組織が必要になったこと、その両方が新しい仕事の受け皿となっている。
かつて戦争と怪物退治を仕事としていた者たち、いうなれば闇と光に分かれて争っていた者たちが、いまは、いうなれば「混沌」と「秩序」という二陣営に分かれて、新しい職を得ているわけだ。
かつての騎士や兵士で犯罪結社の構成員になっている者もいれば、逆に治安官として秩序を守っている魔物たちもいる。
「まあ、いい。あいつが望んだ世界だ。苦労するといい」
元魔王ホリックは、ちょっと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
この街の自由治安官には、もうひとつ因縁があった。
フェンシルという融通の利かない女がいるのだ。かつて魔王軍に煮え湯を飲ませてくれた「勇者の仲間」のひとりである、女騎士が。
「ナァ~ゴ?」
★ ★
「ほう。例の呪いの手紙を未然に防いだのは貴殿か」
フェンシルは話を聞いて、ハロオを見なおした。
「身を挺して住民の安全を守るとは天晴れなことだ。貴殿はいい治安官になるであろう!」
そう言って大きくうなずく。ハロオのほうは苦笑いして頭をかいた。
「まあ、その呪いも大した威力じゃなかったわけで。たまたまうまくいっただけでしょう?」
キザたらしい男が横から口を出した。
治安官ランス。隊長のひとりである。
「何を言う。結果を見た後なら何とでも言える。
ランス。貴殿は死ぬ危険があるかもしれないとわかって、身を投げ出すことが出来るか?」
「出来ませんね。そんなの愚か者のすることだ。治安官なら冷静に、安全で確実な対処法を考えますよ」
「だから貴殿は情けないと言うのだ。もし、勇者さま――いや。勇者どのであればな」
口論を始めるフェンシルとランスに、ほかの治安官はヤレヤレという顔をした。
どうやら、いつものことらしい。
「でましたよ。フェンシル様の『勇者どの』」と声をあげる者もいる。
「……勇者、だって?」
ハロオが、思わず声をあげた。
「あれっ、フェンシルは覚えているの?」
「おやおや。第一隊長フェンシル様を呼び捨てとは、大した新入りくんですねぇ」
ランスが耳ざとく聞きつけ、ハロオの首に腕を回した。
「覚えているも何も、第一隊長殿はぞっこんなんですよ。『伝説の勇者』にね!」
聞こえよがしに言う声に、フェンシルは顔を赤くした。コホンと咳払いをすると、姿勢を正し、話題を切り替えるように宣言する。
「雑談はここまでだ。全員、
フェンシルがそう告げると、再び治安官たちは整列して姿勢を正し、敬礼した。
それぞれの隊に分かれ、
「えーと。僕は?」
きょろきょろしているハロオの前に、フェンシルが立った。
「貴殿は、私の管轄としよう。ハロオどの」
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