郵便配達人に大切なもの(2)
「じゃあ、説明するね、おじさん」
キャルはハロオを見上げて、言った。
いまは石畳の街路――すなわち地面に立っている。魔女のホウキは手に立てて持ち、相棒猫のパケは足元であくびをしていた。
「よろしく、先輩」
「先輩なんて言わなくて、キャルでいいよ」
「じゃあ、僕もハロオでお願いします」
キャルはくすっと笑う。
このおじさんは悪い感じではない。
「わかったよ。じゃあ、ハロオおじさん」
自分の肩かけカバンを開け、郵便袋に入った荷物を見せた。
多くは紙の封筒だが、紙に包まれた小包もある。
「これが郵便物だよ」
宛先の住所が書かれ、「切手」……すなわち郵便料金を支払ったしるしの
「それぞれを書かれた住所へ届けるわけ。
……って言うと簡単だけど、簡単じゃないよ」
いくつかの封筒は「
「封蝋かぁ。そういえば王様や貴族の手紙なんかには、そういうのがついていたね」
「知ってるなら話が早いよ」
王様や貴族の手紙を見たことがあるのかな、とちょっと思いつつ、キャルは手紙のの封蝋を示す。
「えらい人やお堅い役所なんかだと自分で封をするんだけど、郵便局でも別料金サービスでやってるの。手紙を見られたくない人や、中身を無事なままにしたい人は結構いるから。内容証明ってやつ」
キャルは袋のなかを探って、ひときわ立派な封筒を取り出した。
普通の封蝋よりも凝った意匠の、魔法円のような刻印が捺された封蝋が施されている。
「これは、さらに高額サービスの『魔術封蝋』だよ。届けた先の相手にしか開けることが出来ない魔法がかかっているの」
ランクの高い封印というわけだ。
公文書や契約書などの重要書類、あるいは本当に秘密にしたい手紙などに使用される。
「ふーん。どんな手紙に使われるのかな?」
「お役所や商人の大事な書類とかだよ。あと、本当に秘密にしたい手紙とかじゃない?」
キャルも、封蝋の施された手紙、ましてや魔術封蝋となれば、運ぶときに緊張するし、どんな内容なのか想像を働かせることもある。
古代の秘密が印された古文書であるとか、高貴な人々が交わす禁断の恋文であるとか……。
しかし、実際に中身を見ることは禁物だ。
「『魔術封蝋』は、届けた先の相手しか開けることが出来ないから、局長やあたしにも開けることが出来ないよ。
でも、出来るとしても開けたりしちゃダメだよ。
もちろん普通の封蝋もそうだし、封蝋がされていない手紙だって、絶対に開けて中身を見ちゃいけないよ。それは、あたしたち郵便配達人の掟であり誇りなの。
研修受ける前に聞いたでしょ?」
キャルは、自分の服に付けた郵便配達人の
郵便に従事する者の守護神である〈風の神〉をかたどったものだ。
移動、天候、情報伝達の神格であるこの神は、郵便配達人たちに信仰されている。空を飛ぶ者にとってはなおさらだ。
「『進むべき道に迷わぬ幸運と、良き天気をお恵みください。われらは風により伝わるものを正しく届けることを誓いますゆえに』」
キャルは手をかざし、おごそかに言った。
風の神への祈りの言葉だが、同時に郵便配達人の誓約でもある。
「いい言葉だね」
「……じゃなくて、ハロオおじさんも復唱するんだよ」
ハロオが、何回かつっかえながら、風の誓約を唱え終えると、キャルはうなずいた。
ハロオに荷物を確認させる。
郵便局支給の肩かけカバンと、そのなかには担当の郵便袋。そして街の地図を彼も持っている。確認を終えるとキャルは石畳の街路を歩き出した。
「あたしが最初は案内してあげる。この街って結構複雑だから、住所どおりの場所に行くのも大変でしょうし」
そもそもこの街は、無秩序に街路が広がり、建築物が継ぎ足され、ごちゃごちゃな混沌とした都市であった。
地図も正確とは言えず、そもそも描かれていない小路もある。
キャルは空から見ることが出来るからずいぶんと便利なのだが、それでも仕事したての頃は苦労したものだし、未だに見知らぬ住所が宛先の郵便でとまどうこともある。ランドウォーカーにとっては、大層苦労するに違いない。
……と、思ったのだが。
キャルの予想に反して、ハロオの能力はなかなか高かった。
地図だけを使って目的の場所を見つけることも出来るし、キャルも難しいと思った住所にもたどり着く。
迷宮のように入り組んだ路地も、なんとか抜けることが出来るようだ。
迷ったときは、キャルが「上空に飛んで」案内してあげようと思っていたのだが、その必要もなくて、拍子抜けである。
『なかなかやるじゃない。まぁ猫には劣るけどね』
パケが、ニャアと鳴きながら言う。
「まだまだよ。こんなやり方じゃ、時間がかかりすぎ」
キャルは相棒に答えた。
実際ハロオは、方向感覚が優れている、というわけではないようだった。
どちらかといえば不器用だ。
ただ、馬鹿正直に飽きもせず、地図と照らし合わせて探索するという作業をやっているだけだった。
「……まあ、基本は真面目なほうがいいかな。
わかったつもりになって
経験を積めば速くなっていくだろうから、わりといい配達人になるかも」
キャルは相棒猫にはそう言うと、あいかわらず飽きもせずに地図を手に路地裏を歩くハロオに声をかけた。
「おじさんさ、前は何の仕事してたの?」
「えーと。そうだなあ」
ハロオは、微笑んだまま答えた。
「あちこち行って、ものを探したり、届けたりする仕事かな。迷宮なんかもたくさん歩いたことがあるよ」
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