郵便配達人 Mail Carrier
郵便配達人に大切なもの(1)
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│『郵便配達人』
│ 条件:誠実で守秘義務を守る、字が読めること
│スキル:移動能力(脚力の高い者、移動魔法、飛行できる者優遇)、記憶、読解
│勤務時間:出来高。フリー時間制
│労働環境:移動多し
│給料:契約料(月500G~)+配達ごとの郵便代からの歩合
└────────────────────────────────────┘
キャルはいつものように、急上昇した。
強い風のような音。上から下へ向けて抜ける大気を全身で感じる。風圧が気持ちいい。
キャルは、魔女である。
魔女といえば、みんなホウキで空を飛ぶものだと世間の人々は思いがちだが、必ずしもそういうわけではない。薬草を煎じるものや、占いをするもの、魔女術といってもさまざまだ。
キャルは自分が
上空へ達すると、街の全景が見える。おもちゃ箱をひっくり返したみたいな、ごちゃごちゃした、愛らしい風景。
市街の中央にある巨大なダンジョン(の地上構造物部分)すらも、自分より低いところにある。
そして、ここからだと遠くの海が青く大きく見える。いい気分だ。
『キャル。とばしすぎ』
ホウキのはじっこに立つ、キャルの相棒、魔女猫パケがニャアと抗議した。
「大丈夫。気をつけてるよ」
キャルは互いにだけ通じる言葉で答える。いつものことだ。
魔女が飛行するには、猫が不可欠だ。
猫なら何でもいいわけではない。こうやって言葉が通じる、特別な“つながり”のある魔女の猫が。
錬金術師たちは、大地の力のくびきを断ち切るため、魔女と猫が大地と月のような働きをするのだ、とか何とか言ってるが、キャルにはちんぷんかんぷんである。
キャルにとって飛ぶとは、幼い頃からやっていた、走るとか泳ぐとかと木登りするとかと同じことで、そこに猫が必要であるのは、ただふつうの、当たり前のことだ。
目をこらすと、空の向こうのほうに、はばたく巨大な生物の姿が見えた。
飛竜に乗る、竜騎士のライナーだ。
同世代のこの少年は、キャルと同じ職場の仲間でもあった。
キャルはホウキを足で叩いて、速度を上げる。
パケがフギャアと抗議の声をあげるが無視する。いつものことだ。
ライナーと、そして彼の相棒飛竜であるトランに追いつき、並行して飛び、手を振った後、さらに速度を上げて追い抜いた。
飛竜は、魔女のホウキよりもずっと長く飛べて、遠くまで飛行できるが、瞬間的な速度や小回りは、こっちのほうが優れているのだ。
『もうっ。またはりあっちゃって!』とパケ。
「張り合ってなんかいないよ」
キャルは涼しい顔で答え、これ見よがしに宙返りをした。
しかし、遊んでばかりいるわけにもいかない。
そろそろ職場――郵便局へ行く時間だ。
キャルは再び、最大速度で市街地へ駆け下りるように、急降下した。
「おはよう。今日から来た新入りだ」
職場へ行くと、上司であるスタンプ局長が、キャルに言った。
「しばらく研修扱いとなる。きみが先輩として面倒をみてやってくれ」
紹介された「新入り」は、彼女より結構な年上の男性だった。オジサンだ。
「ふぅん。飛べる人? それとも
「いや。
局長が言った。
ランドウォーカーとは、この業界において、飛行する能力がなくて、さりとて
(うえっ)キャルは内心思った。
ただのヒトという配達人も、まあ珍しいわけではない。
ランドウォーカーだからという理由で、とやかく言うつもりはなかった。
ただ、単純にほかの人の世話なんて面倒くさいと思っただけだ。
飛ばない相手の相手なんて、気ままに空を飛び回る時間が減ってしまう。
(……あれっ?)
しかし、紹介された人を改めて見て気がついた。
年齢はオジサンと言ってよいのに、その目は少年のように澄んでいる。
ライナーのような、空を飛ぶ少年が持ってるような目だ。
「よろしく、先輩。僕はハロオです」
澄んだ瞳の彼は、笑顔でそう言った。
自分よりずっと年下のキャルの後輩になることを気にもしていないようだ、
★ ★
元魔王ホリックが、ハロオに新しく斡旋したのは『郵便配達人』だった。
「今度こそ、うまくいくだろう」
これは、手紙などの文書や手荷物を届けるという仕事だ。
現在この世界では、さまざまな王国や商業組合が、公的に、あるいは民間において、組織的にそれを届ける「郵便」という事業を行なっている。
この街にもそういった組織があるが、ほかの地方の同種の組織よりも規模も大きく制度が整っている。そこで働く人材の求人募集は常にあった。
「飛行や移動系の特殊能力がある人材が優先される業種だから失念していたが……考えてみれば、元勇者にも向いているはずだ」
郵便配達人は、迅速で正確な配達はもちろん、守秘義務を守ることも必要だ。
「あいつは真面目だから、人の秘密を盗み見ようなどと思うはずがない。……それに、特定の場所を見つけることも『届け物』も得意だからな」
ホリックは、かつての魔王時代、仇敵だったハロオのことを思い出す。
自分たち魔王軍を倒すため、情報やアイテムを集めていた、旅する勇者。
面倒な場所や危険な場所へ物品を届けたり探しに行くという「お使い」のような仕事を無数にこなしていた。
情報は持っていても、魔物たちのいる危険な場所へはいけなければ、自然と勇者は頼られることになる。魔王軍の勢力下では、通常の伝令や兵士も役には立たず、国家の使いにされることもあった。
もちろん、世界を救う勇者のために、有益な物品の在処を教える善意の者もいたが、個人的な事情で頼る者も多かったし、あるいは人のよい勇者につけこんで無償で探索や運搬をさせようという者も少なくはなかった。
そんな無数の使いを、ハロオは分け隔てなくこなしたものだ。
断片的な情報から特定の場所を見つけるのも得意だった。
これは決して見つかることはあるまいという場所でも、強靭な身体能力と、飽くなき真面目さで必ず見つけ出していったのだ。
「……ふん」
ホリックは嫌なことを思い出したように顔をしかめる。
「まあ、今度こそ就職して、またそういう苦労でもするがいいさ」
「ナァ~ゴ?」
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