墓守りと死神(5)

 日が暮れて参霊客も途絶えると、グレイは番小屋で質素な夕食を用意した。

 ハロオと食卓を囲む。


「勝手なことしちゃいましたね」

 頭を下げるハロオに、グレイは言う。

「基本的には間違ってはいなかった。……ああいう場合、死者のほうが、ことが多いんだ」


 窓の外の、暗くなりつつある墓地を見ながら、言葉を続ける。


「悪意があって取りく霊なら聖職者の出番となるが、大抵は無意識で、寂しさや恋しさでやってしまう。

 仕方ないよ。死んだばかりだと経験も少ないというわけさ。そういう新入りさんたちの面倒を見るのも、墓守りの仕事なんだよ」


 教会に属する聖職者にとって、墓地に出てくる霊たちは、言ってみれば「黙認事項」だ。

 多くの宗派にとって、死者とは安らかにとむらうべきものであり、生者の世界へ呼び出してはならない。度を過ぎると、良からぬ霊として「除霊」されることになる。

 しかし現実問題として、しばしば現場の墓地ではこういうことが起こる。

 教会も完全に取り締まることはしない。

 人情というものもあるが、完全に禁止して、降霊術者や死霊術師などに頼られるよりもいい、という現実的な理由もある。


 ゆえに、おおっぴらに認めるわけにいかない聖職者に代わって、生者と死者の仲介をするのが、墓守りというわけだ。

 霊たちに度が過ぎないようにしてもらい、墓参りに来て死者に会うことを手助けして、見守りつつ、間違いが起こらないように注意し――。


(……ハロオくんは、いい人材だ。墓守りとしての資質がある)


 グレイは夕食を口に運びつつ、内心思う。


(後は……“あいつ”とうまくやっていけるなら、合格だ)


 グレイは、自分が馴染み深い、黒衣の者のことを考えた。

 それは、一般には「死神」と呼ばれる存在だ。


 グレイは「向こう側」における、墓守りに似た存在なのだと理解していた。

 死神とうまく付き合うことが、墓守りにとっては不可欠だったし、その交渉や情報交換もまた仕事だった。

 グレイ自身、死神とは長年の付き合いだ。いまは番小屋で茶を出して世間話をする程度の仲になっている。

 今夜は、それが訪れる夜だ。予定や約束があるわけではないが、長年の感覚からグレイには分かっていた。


「そろそろ、来る頃合いだな……」

 夕食を片づけると、すっかり暗くなった窓の外を見ながら、グレイは告げた。

「ハロオくん、きみに紹介したい者がいる」


「へえ。楽しみだな。誰ですか?」

「会えばわかる」


 グレイは内心、うまくいって欲しいと願っている。

 が、こればかりは、自分にもハロオ自身にも、どうにかできるものではないことも知っていた。本人の能力や性格ではなく、相性のようなものだ。好きとか嫌いという感情の問題でもなければ、慣れや訓練でなんとかなるものでもない。


 何しろ、死神は“死”そのものを体現したような存在だ。

 そして本来、人間は――いや生きるもの全ては、死というものを本能的に恐れるように出来ている。頭では分かっていても身体が受け付けないのだ。


 グレイは思い出す。

 これまでにも、墓守りとして見込みのあった見習いたちが、死神を目にした途端に恐怖の絶叫をあげ逃げてしまったことが何度もあった。

 夜の墓地や、霊や食屍鬼もまったく恐れないような者でも、心の奥底から本能が伝えてくる死の恐怖に、耐えることができないのだ。

 グレイのように、死神を恐れない人間のほうが、そもそも少数派なのかもしれない。


(……ハロオくんはどうだろう。うまくいくといいのだが)


 番小屋の扉がノックされた。

 部屋の温度が、すっと下がる。グレイは部屋の明かりを消した。

 死神は、暗い場所で迎えるのが礼儀だ。


 グレイは扉を開ける。黒い人影が立っていた。


「……紹介しよう」

 グレイは、生と死との間に立ち、手を掲げる。

「こちらは、新しい墓守りのハロオくんだ。ハロオくん、こちらは――」


 死神が一歩踏み出し、暗闇に白く光る顔を見せた。

 ハロオと視線を合わせる。

 死神の顔は、美しい女性のそれだったが、この世のものではなかった。

 その瞳はどこまでも深い闇だった。その蒼白の肌は見ているだけで温度と生命力を奪われるようだった。

 見かけの美しさとはまるで逆の、命ある者なら本能的に恐怖する存在。


 ――恐ろしい絶叫が響いた。


(……ダメだったか)


 グレイは、少なからず落胆する。

 最初から半ば覚悟はしていたはずなのだが、どうやらハロオという人物には、自分もかなり期待したことに改めて気付く。

 あの真面目な青年は、何年かすれば、いい墓守りになっただろうに。参霊客からも、霊や食屍鬼からも好かれるような。抜けているように見えるが、どこか安心できる雰囲気の……。


 ……と、そこでふと気付く。

 ハロオを見ると、いままでと変わらぬのんきな顔で、首をかしげている。


 とすると。


 絶叫をあげているのは、死神のほうだった。


 ……グレイも、死神の悲鳴など聞くのは初めてだ。


 死神は恐怖にかられたのか、悲鳴をあげながら逃げだした。

 グレイはあわてて、それを追いかける。


 あちこち探し回ってようやく見つけた。

 墓守りになって長いが、こんな経験はしたことがない。探すのに苦労した。


 死神は墓地の片隅にうずくまって、がくがくと震えている。


「……どうしたんだ、モーリ」


 死神の名を呼ぶ。

 グレイ自身からしても、彼女のこんな様子を目にするのは初めてだ。


「お、お前は気がつかないのか、グレイ……」


 死神モーリは、哀れなほどうろたえた顔でグレイを見た。


「い、いや。人間のお前にはわからないか。

 ……あの男は“生”が強過ぎる。われわれ死神は“生”を本能的に恐れるのだ。

 すまないが、あんな奴と仕事は出来ない。

 いや……私の好みやわがままで言っているわけではない。好きとか嫌いとかいう問題でもなければ、慣れでどうこうなるものではないのだ。これは相性の問題だ。本能の奥からわき上がってくる、どうしようもない、抗しがたい恐怖による……」



     ★     ★



「……というわけで、就職できなかったよ」


 翌日。

 ホリックの就職斡旋所を再び訪れたハロオは、説明した。


「なるほど」


 ホリックは、眉をひそめた。

 すでに墓守りのグレイからも連絡を受けている。彼も『資質があるのに残念だ』と言っていた。

 死神と相性が悪いとは、彼女も思い及ばなかったことだ。


 そういえば、勇者といえば死を超越した存在で、前の戦いにおいても、何度も蘇ったりしていた。

 アンデットモンスターはもちろん、死神を何体も倒しているし、死んだ人間を連れ戻すために冥界へ乗りこんで暴れたこともある。

 死神の界隈かいわいではとんだ危険人物だろう。《改変》によってその事実と記憶は書き換わっているかもしれないが、それでも死神たちが本能的に恐れる存在であることは変わりあるまい。


 まあ、ハロオの自業自得であるとも言える。


 元魔王ホリックは、いくぶんかの皮肉が混ざった声で告げた。

「残念だったな」


「うん……。残念だったよ」

 元勇者ハロオのほうは、心からそう言った。


「いままで、魔物たちもさんざん殺してきたからね。

 この仕事に就くことで、その償いになればと思っていたんだけど」



               (『墓守りと死神』……おわり)

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