墓守りと死神(4)

 日が出てからは、墓守りの「昼の仕事」が始まる。


 埋葬の準備と立ち会いや、墓地の管理と掃除、手入れといった業務のほかに、重要な仕事として、墓参りの対応がある。


 墓参り。

 参霊さんれいとも言う。墓石でなくそこに埋葬された死者に会いに来るわけだから、そう称するほうが適切かもしれない。

 ともあれ、死者を参りに来る生者は多い。その対応は墓守りの大切な仕事だ。

 さまざまな感情を持って墓地に訪れる生者たちを、厳かに礼儀をもって迎えなければならない。


 より世俗的な話をするならば、そういった者たちがもたらす寄付や参霊代、墓地で販売している献花やロウソクなどの売り上げが墓地の貴重な収入源になっており、管理や墓守りの給金に使われる。

 そういう意味でも重要な仕事だ。


「……周忌しゅうきや死者祭式典のときなどは、聖職者を呼び儀式や祈祷きとうをしてもらうことになる。しかし、普段の参霊には、墓守りが対応するんだ」

 グレイは説明する。

「この対応も仕事だ。厳粛にね」


 参霊客はひっきりなしに訪れる。

 年齢層も身なりもさまざまだ。

 早朝に、日課のように参りにくる老人もいれば、礼服を身につけ厳粛な面持ちで訪れる者もいる。賑やかな様子でやってくる親子連れもいた。


「確かに寝てるヒマもないですね」とハロオ。


「これでも慣れてくると分かるが、客が途切れる時間というものがある。その隙に少しずつ寝ておくのさ」


 やってくる生者たちの顔もまたさまざまだ。

 多くはもの静かな表情だが、そのなかにそれぞれの感情が見える。

 深い悲しみをたたえているのは、死なれて間もない者だろう。

 悲しみよりも懐しさが色濃く出ている者もいる。こちらは年月を経たためだろうか。


 喜びの表情をたたえた者も意外と多い。

「……今日はめでたいことがあってな。死んだ親父と一緒に飲もうと思ってね」

 そう言って酒瓶を持って訪れる男もいた。


「……ああ。いいですね」

 墓石へ向かう男を見送りながら、ハロオは言う。

「……あまりよくない」

 グレイは渋い顔をした。

「親子揃って酒癖が悪い。ああ言ってちょくちょく飲みに来るんだ」


 確かに見ると、墓石の前には幽霊が現れ、男が差し出す酒杯を持ち、一緒に酒を飲み始めていた。早くもふたりで騒ぎ始めている。


「父親のほうは、昨晩騒いでいた騒霊ポルターガイストのひとりだ。

 夜も昼も飲んだくれている」

 グレイは、やれやれという顔をした。

「他の霊や生者の迷惑になるし、さりとて参霊客だから追い返すわけにもいかない。目を離さずにいて、大事おおごとになりそうなときには対応するのさ」


 ハロオが墓地を見渡すと、確かに墓参りに来た者の前に、それぞれ霊が現れている。言葉を交わしている死者と生者も多い。

「ふーん。お墓参りに来た人たちには見えているんですか」

「親しい間柄だとね。見えなくても大抵感じることはできるようだ。何度も訪れていると、次第に見えてきて、互いの言葉も明確に分かるようになる場合もある」


 グレイは、ある墓石を示した。

 商人らしい老人が墓参りをしている。相手の霊は若い男だった。

 死んだ息子の墓参りか……と思ったら、逆のようだ。

 先代である父親に、後を継いだ息子が商売の報告をしているらしい。

 まめに訪れ、こうして言葉を交わしているのだろう。互いに複雑な会話が成り立っているようだ。


 ……そのうち、若者の幽霊のほうが老人に小言を言い始めた。

 老人のほうは静かに聞いていたが、小言がだんだん厳しくなって

「だからお前は、若い頃から商売下手だったのだ」

 などと言い始めると、老人のほうも言い返し始めた。

「先代は確かに商才はあった。だが若くして無責任に死んだ後、誰が身代を継いで苦労したと思っておるんじゃ!」


「……えーと。止めなくていいんですか?」

 ハロオが、その様子を見てあわてたが、グレイは落ち着いた様子で答える。

「彼らにとってはいつものことだ。ああ見えて良好な関係さ。長年見ているから知っている」


 それから、墓地の別の方向をそっと示した。

 花を墓石に捧げている若い娘がいる。

 彼女は呆然とした表情だった。それは深い悲しみというより、無気力に見えた。


「ああいうほうが、注意をしないといけない。

 あの娘は、ただひとりの肉親を失ったばかりだ。死者のほうに引っぱられることもある。……そういったことを防ぐのも、墓守りの仕事だ」


 グレイの話を聞くと、ハロオはすたすたとそちらへ歩いていった。

 墓石のそばで、ぼんやりとたたずむ若い娘に声をかける。


「やあ。こんにちは」

「……どうも」娘は生気のない目で答える。

「さびしそうだね」


 娘は初対面でいきなりそう切り出すハロオに、軽く驚いたようである。

 少々苛立いらだつように言葉を続けた。


「……それはそうよ。ひとりになってしまったのだもの。……姉さんと、また会いたいわ」

「さっき聞いたんだけど、何度も通うと、だんだん見えるようになるそうですよ」

「……時間がかかるわ。それに……これからは、いつも一緒にいられるわけじゃない」

「この墓地も結構にぎやかだし、ひとりじゃないと思うよ」


「…………そうね」

 娘の顔に、ようやくかすかに表情のようなものが生まれた。

 墓石に捧げられた花にいとおしげに手を伸ばす。


「ええ。そうね……。

 姉さんも、いつかはへ来るのだし、それは遅いほうがいいわ。見守りながら気長に待てばいいかしら」


 そして、迷いがなくなったように、笑みを浮かべた。



 ……一方。墓石の前にいる、その花を捧げた娘のほうは、先ほどからあっけにとられていた。

 ハロオがいきなりやってきて、ぶつぶつと独り言を言ってるようにしか見えないためである。

 先ほどまで無気力だった表情から、われに返り、いぶかしげに声をかける。

「あの……さっきから、なんでしょうか?」


 ハロオは、そちらにも微笑んで伝える。


「きみのは、きみを見守りながら、気長にまた会えるのを待っているってさ」

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