墓守りと死神(3)

 その場所に着くと、先ほどの真新しい墓石がひっくり返り、土のなかから人影が這い出ているところだった。

 食屍鬼が襲おうした墓から、別の魔物が出てきたようだ。


「……ゾンビだ」

 グレイがつぶやく。

「埋葬されたばかりの死体が、よみがえってしまったんだ」


「夜の墓地には、よく出るんですか?」

 みたび、ハロオが尋ねてきた。

「いや……。せいぜい年に何回かだよ。

 ……三つも重なるなんて、今夜は実に珍しい」


 グレイは、ハロオに説明した。


「そもそも葬儀のときに僧侶様が聖なる祈祷きとうを行うから、そうそうゾンビ化したりはしないんだ。

 ……いや。教会に手落ちがあるというわけじゃない。

 どんな仕事でも完璧なことなんてないし、生への執着が強過ぎる死者という場合もある。どれほど厳重に葬儀をしても、何パーセントかは、ソンビ化してしまうのさ」


「ゾンビも……戦って倒すわけじゃないんですよね?」

「ああ、もちろんだ」

 グレイはうなずく。

「ただし、こっちの場合『元人間』だから厄介やっかいなんだ。

 まずは話を聞いて、生前と人格が連続しているか断絶しているか調べる。

 断絶していた場合は、教会名簿のなかでは死者のままで、新しい別のゾンビがひとり生まれたという扱いになる。

 ……人格が連続していた場合は、本人の意思を確認しないといけない。

 大抵は、人間としては死んだ扱いにして、ゾンビとして第二の人生を歩もうと決める場合が多いんだが……遺族のために働きたいという者もいたりするのさ」


 ハロオは感心してうなずいた。


「ゾンビも仕事があるんですか?」

「ダンジョンで職があるのはもちろん、坑道や火山など人間が入れないような場所でも働ける優秀な肉体労働者だよ。

 むしろおかげで不当に働かされることもある。しっかり手続きをしてやらないといけないのさ。ゾンビ専門の法律家もいるぐらいだ」


 それから、肩をすくめて、ハロオに言った。


「まあ結局は専門家に紹介することが多いんだ。

 しかし、現場である墓地で対応するのが、われわれ墓守りの仕事でもあるのさ」


 そのゾンビは埋葬されたばかりの老人で、人格は連続していた。

 彼は遺族に仕送りして助けたいが、ゾンビになったことは知られず匿名とくめいで送金することを望んだ。

 遺族への気遣いもあったが、自由にもなりたいらしい。


「死ぬ前に弱っていた身体が、こんな元気になったぞ」

 と自慢げに言ってる。

 グレイは、たくましくなった老人の話に相づちを打ちながら、魔物系の専門法律家に紹介するための手続きをした。


 老人にして新生ゾンビとの話が終わる頃には、空も白み夜が明けつつあった。



     ★     ★



「……普通は、一晩でこんなに一斉に起こることはない」


 番小屋に戻ってようやく一息つくと、グレイはハロオに言った。

「しかし、墓守りの夜の仕事は、こんな具合だ。

 ……どうだい、大変だと思ったかい?」


 実際、この仕事を知って逃げだしてしまう墓守り見習いは多い。

 深夜の重労働であることだけでない。アンデッドモンスターが相手では恐怖しないはずはなく、なによりも神経が参ってしまうのだ。


「いえ」

 ハロオは微笑んで答える。

「夜働くのも慣れてますし。それに、倒さなくていいとわかって安心しました」


「ほう」

 意外な言葉に、グレイのほうが一瞬途惑った。

 そういえば、ハロオが霊も食屍鬼も、ゾンビも恐れてはいなかったことを思い出す。


「だって、どんなに大変でも、相手にとっていいことになるわけですし。

 いい仕事じゃないですか」


「……ああ。そうだな」

 グレイはうなずく。

 確かにその通りだ。わがままな霊やら面倒くさい食屍鬼を相手にして、感謝されることも少ないが、自分が誇りを持ってこの仕事が出来ているという理由に気づく。


 ハロオの澄んだ目を見ながら、グレイは打ち明けた。


「俺は時々、夢を見るんだ。

 夜の墓地でスコップを手に、食屍鬼やゾンビと殺し合いをしているという悪夢をね。……確かに、面倒くさくて辛い仕事だが、そんな悪夢よりずっといい」


 それから、静かにハロオに告げた。


「……さて、お互い少し寝ておこう。墓守りの仕事は朝からもある」

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