墓守りと死神(2)

 夜が更けてくると……墓地のほうから、騒音がしてきた。

 風のような音と人や獣がうめくような声。これからパキンとかパンッという破裂はれつ音が聞こえる。


「やれやれ……。何事もない夜ではなかったようだな……」

 グレイは立ち上がり、片手にランタン、片手にスコップを持った。


「なんですか? 誰か墓地に入ってきて騒いでいるのかな?」

 とハロオ。


「いや」

 グレイは否定だけして、番小屋の扉を開け、ハロオに付いてくるよう言った。

 内心、思う。

(……墓守りになるならこの仕事に慣れてもらわねばならないし、これに耐えられないようなら、早めに分かったほうがいい)


 音のする場所へ、ふたりで向かった。

 誰かが騒いでいる、という意味ではハロオの推測が正しかった。

 ただし墓地に『入ってきた』わけではない。


 騒いでいるのは、この墓地の住民――幽霊たちだった。


 ラップ音を鳴らす、騒霊ポルターガイストというやつだ。

 グレイもよく知る、この墓地の古株の死者たちである。

 昼間ハロオにむけて『死者の安らぐ場所だから丁寧に扱うよう』といましめた墓石を、死者たち自身が騒がしく叩きまわっている。


 やれやれだ。


「……へえっ。夜の墓地って、いつもこうなんですか?」

 ハロオが尋ねてきた。


「いや……。毎晩、というわけじゃない。……せいぜい週に何回かだ」

「騒いでいる幽霊を、どうするんですか?」

穏便おんびんに話して説得するのさ」


 グレイは答える。


「除霊の祈祷きとうをしたり、聖水をあびせることもあるが、余程のことがない限り、そういう強硬手段はとらない。何しろ、これからも付きあうことになる相手だからね」

「ははあ、なるほど」

「とはいっても見過ごすわけにもいかない。調子に乗ってどんどん騒ぎを大きくするからね。

 死者のなかには騒ぎたい連中ばかりじゃない。静かに過ごしたい者も多いんだ」


 まあ、そのへんは生者の社会と同じだ。

 騒いでいる連中をほうっておくわけにもいかない。


「……でも、おじいさんたち。新入りの歓迎会だから今夜は特別だって言ってますよ」

「そんな言い訳など、毎回言ってるよ……」

 グレイは溜息をつく。

 生者の酔っ払いと同じで、何かと理由をつけて騒ぎたいだけだ。

 ……と、そこで気づく。


「……ハロオくん。のかい?」


 霊は、見ることが出来ない者のほうが多い。

 まれに霊感があっても、ぼんやりとした影が見える程度というのが一般の常識だ。

 霊をはっきり認識し、その言葉まで聞き分けることができるのは、聖職者か、あるいは巫子シャーマン死霊使いネクロマンサーなどの専門家に限られる。

 グレイもその資質を有していたが、それでも霊の言葉を聞き分けるまでは、墓守りになってからかなりの経験を要したものだ。


 そういえば、ハロオが先ほどから全く霊を怖がっていないことに、グレイは気がついた。

(……これは、墓守りの資質があるかもしれないな)

 グレイは内心思う。


 それはそうと目の前の霊たちの対処が先だ。根気よく説得して、なだすかし、どうにか騒霊たちを説得すると、今度は墓地の反対側のほうから、うなり声が聞こえてきた。


「……行こう。ハロオくん」

 グレイは、ランタンとスコップを再び手に取った。


 夜の墓地を静かに足早に駆け、唸り声の主を照らす。

 それは、恐ろしい形相ぎょうそうの人影だった。

 暗闇に赤く目を光らせ、裂けたような口には鋭い歯が並んでいる。人間に似ていたが、両腕が妙に長く、ナイフのように長い爪を持っている。

 その爪で真新しい墓石の下の土を掘り起こそうとしているのだ。


「……食屍鬼グールだ」

 グレイは静かに言う。

「死体を掘って食べようと、こうして墓地にやってくるんだ」


「夜の墓地には、よく出るんですか?」

 再び、ハロオが尋ねてきた。


「いや……。せいぜい月に何回かだ。……今夜は重なってしまったようだな」

「……死体をあさりにきた食屍鬼をどうするんですか?」

「そりゃあ、大事な遺体を食べられては困る。やめてもらうさ」

「じゃあ、戦って倒すんですか?」


「……戦って、倒す?」

 グレイは首をかしげた。

「ダンジョンじゃあるまいし。話をして説得するに決まっている」


 手に持ったスコップをちらりと見る。聖なる力が付与ふよされた墓守りの武器でもあるが、これはあくまで非常手段だ。

「そりゃあ、なかには邪悪な食屍鬼もいるが、大抵はの匂いで理性を失っているだけだ。

 話せば大抵わかってくれる。食うのに困っているならば、仕事を紹介すればいい」


「へー。食屍鬼の仕事って、なんですか?」

「ダンジョンでは引く手あまただよ。戦闘も出来るし腐肉ふにくも掃除してくれるからね。安穏とした職に就きたいなら、残飯や腐敗物処理など仕事はいくらでもある。……ホリックさんが紹介してくれるよ」


 この街では常識、とまでは言わないが多くの者が知ってることだ。

 ハロオは最近この街に来たばかりと言っていたから、まだよく知らないのだろうとグレイは理解した。


「それより死体を盗みにくる死霊術師のほうが厄介だよ。やつらは、悪いことだと分かっていて盗みにくるし、巧妙だからね」


 もっともグレイは、この事象が、目の前のハロオによる《改変》の結果だとは知らない。

 もう記憶にも残っていないが、彼を含めた墓守りたちは、墓地を襲う食屍鬼を文字通り退治して滅するのが仕事だった。

 文字通り食屍鬼と死闘を続けていた。聖なるスコップで多くの食屍鬼を倒したが、命を落とした墓守りも少なくはなかった。


「そうか。いまはそうなんですね」

 ハロオが微笑み、嬉しそうな顔をした。


 グレイは食屍鬼の説得をこころみる。

 幸い、一般的な善良な食屍鬼だったようで我に返ると、腹を空いて正気を失っていたのだと平謝りした。

 だが、今度はいつも空腹であることや、仕事がないことを愚痴ぐちり始める。グレイは食屍鬼を番小屋に連れて行き、こんなときのために用意してある腐肉でもてなし、言いぶんを聞いた。

 根気よく話に付き合い、一時間もすると握手を交わすまでになった。

 もちろん墓守りのグレイは、麻痺まひどくを持つ食屍鬼の長い爪の害を受けないように握手するすべを修得している。


 そうして落ち着いた頃、先ほどの場所から、今度はうめき声と奇妙が音が響いてきた。地面が揺れ土を割って何かが出てくるような……。


「……行こう。ハロオくん」


 グレイはみたび、ランタンとスコップを持って、そちらに向かう。

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