墓守り Grave Guard

墓守りと死神(1)

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│『はかり』

│ 条件:夜に強く、死者を恐れない

│スキル:掃除、穴掘り、鎮魂、対霊交渉

│勤務時間:勤務時間:終日。夜~深夜の勤務も多し

│労働環境:静閑、闇多し

│報酬:固定月給500G+埋葬・参霊代からの歩合

│備考:住居(番小屋)あり

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 墓守りのグレイは、緑の芝生の墓地にスコップで穴を掘る。


 何度も繰り返してきた作業だ。

 一度に多く必要なときは、専用の穴掘り人に依頼することもあるが、幸いそういうことは少ない。グレイは、なるべく自分で掘るように心がけていた。これから迎え入れる死者のための場所であるから。


 穴を掘り終えると空を見上げる。

 くもり空だった。埋葬まいそうにはいい天気だ。


 石工から届いたせきを設置したことを確かめると、礼服に着替え、僧侶クレリックの率いる葬列そうれつを迎え入れる。

 墓穴の前でひつぎふたが開けられた。

 最後の別れが行われる。見送る生者せいじゃたちの悲しみの声と嗚咽おえつが響く。

 グレイはいつものように平静を保ち、聖職者せいしょくしゃと共に所定の手順で祈祷きとう動作をする。見送る者にとっては悲しみの別れだが、自分たちにとっては遺体の確認作業であるからだ。

 棺に横たわるのが年寄りだと知ってグレイは少なからず安堵あんどする。子どもや若者の死は辛いものだ。同時に自分をいましめる。

 墓守りは、どんな死者も等しく扱うべきだからだ。


 棺の蓋が閉じられ、穴の底に下ろされる。

 遺族や参列者が土をかけていく。

 僧侶が聖経せいきょうを唱える。

 おごそかな空気のなか。悲しみの嗚咽、泣き声が静かに響く。

 グレイは少し離れて控えめに立ち、心を静かに保つ。悲しむ者たちに対して淡泊たんぱく過ぎてもいけないが、過度に同情することも禁物だ。


 最後の土がかけられ、花が並べられる。

 僧侶が最後に、冥福を祈る言葉を唱え、埋葬は終わる。

 墓標の前で、帰らずに悲しみ続ける者もいるが、やがて他の者にうながされ、去っていく。

 グレイは、僧侶と参列者たちに頭を下げ、見送る。

 人々が去り、墓地が再び静かになると、新しい墓標のほうを向き、軽く礼をする。


 ようこそ、新入りさん。


 僧侶にとって埋葬は仕事の終わりだが、墓守りにとっては始まりなのだ。


 そして、墓地の隅に立っている黒衣こくいの人影のほうを向いた。

 埋葬のあいだ、ずっと密かにただずんでいたのだ。墓守りのグレイは、その馴染みの人物に会釈した。



     ★     ★



 元魔王ホリックが、ハロオに新しく斡旋したのは「墓守り」だった。

 前々から街の教会から、墓守りに適した人材がいれば紹介してくれと依頼されていた。

 緊急を要する案件でもないが、何しろ墓守りという職種はなかなか適材が見つからないものだからだ。

 墓地の管理が主な仕事だが、この世界で「墓地の管理」と言えば、すなわちアンデッドモンスターの対処も不可欠となる。

 昼夜共に仕事があるという、結構大変な仕事でもあった。

 小さな村では、聖職者が兼任するか、あるいは聖職者の助手として墓地の手入れや掃除をしていれば事足りる「墓守り」だが、この街のような都市では専門職として必要とされていた。

 何しろ、都市において聖職者は、祭礼さいれい神事しんじ冠婚葬祭かんこんそうさいに加え、施療せりょうや衛生といった業務のほうが主になる。さらにこの街においては、ダンジョンにおける冒険死ぼうけんしからの蘇生そせいという特殊業務も発生する。

 本末転倒なようだが、「自然死」のほうの面倒を見る人材が必要、というわけだ。


「ふむ。このあいだは気がつかなかったが、あいつに向いていそうだな」

 ホリックは資料を見なおして、つぶやく。

「あいつは、アンデッドモンスターにも慣れているだろうし、昼夜問わずに働くのも苦にならないだろう」

 ホリックは、ちょっと意味ありげにほくそ笑んだ。

「なに。今度はきっと大丈夫だ」


「ナァ~ゴ」

 答えるように、竜猫キャッドラゴのトラが鳴き声をあげた。



     ★     ★



「……さて。大丈夫かな」

 墓守りのグレイはつぶやいた。

 彼の墓地には、今日から墓守り見習いとして試験採用となったハロオがいる。

 広い墓地のなか、飽きることもなく掃除をしていた。

「……性格は真面目なようだが」


 ハロオに最初会ったときは、いつも微笑みを浮かべているのが気になった。

 しかし、墓地という場所が厳粛げんしゅくであるべきことや、悲しみと共に訪れる者の前で笑っているのはよろしくない、と説明すると、彼は表情を引き締めた。

 元来の性質がそうなのか、それでもどこか笑顔が消えきってないようだったが、グレイはこの青年を良しと評価した。軽薄けいはくというわけではない。大笑いでもしなければ、墓守りが陰気である必要もないだろう。


「墓石はただの石じゃない。死者が安らぐ家だ。丁寧に厳かに敬意を持って扱うんだ」

 そう説明すると、ハロオは神妙にうなずき、手入れや掃除をするときも、ゆっくりと丁寧にやっている。

 動作がずいぶんぎこちないように見えたが、形ばかり早くやろうとしていい加減な仕事をするよりも遙かにいい。


 もっともグレイは想像もしていないが、ハロオがぎこちないのは、元勇者ゆえの身体能力を本来の千分の一に抑えているためである。

 一方ハロオからしても、この職場は都合がよかった。墓地の静謐せいひつな雰囲気とグレイの静かな態度のおかげで、力を抑えよう、という意識が働く。

 これがもっと陽気な場所だったり「力を入れるんだ」などと言われたりしたら、ハロオもつい調子に乗って、墓石の十や二十ぐらい、つい壊してしまったことだろう。


 夕暮れが迫ってきた。グレイは静かに歩いてハロオに近づき背中を叩いた。


「掃除はそれぐらいでいい……。番小屋に戻って夕餉ゆうげにしよう」

「はい!」

「声が大きい」

「……はい」


 素直な反応だ。根が陽気なのか、二度目の声もやや大きかったが、グレイはそれ以上は注意しなかった。

 それにしても、声をかけなければずっと掃除を続けてそうな様子だった。真面目だし、体力もあるようだ。

 きっと墓穴掘りの作業も、正直にこなすことだろう。


(まずは、昼の仕事は合格かな……)

 グレイは内心思った。

(……しかし、墓守りには「夜の仕事」もある。そちらがどうか次第だな……)


 墓地に付属している質素な番小屋で、グレイとハロオはふたりで夕食をとる。

 墓守りの食事はつつましいものだ。

 匂いが強いものや音を立てるようなものは避けるのが原則だ。獣肉は禁じられているわけではないが、自然控えたものになる。聖職者の食事に似ていた。


「一息ついて軽く眠っておくといい。夜も仕事がある……」

 グレイは静かに言った。

「ああ。見回りですか? 僕は夜も大丈夫ですし、暗い場所も慣れています!」


 ハロオは笑顔で答えた。また声が大きい。

 グレイが口に指を立てて「しー」と制し、言葉を続けた。


「……それもある。しかし、それ以外の厄介やっかいな仕事もある」

「厄介? なんですか?」


「何事もない夜もある」

 グレイは静かに言った。

「……今夜もそうならよいのだけどね」

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