パン屋とモンスター(3)

 昼食のあと……。


 ハロオが商店街を歩いていくと、同じ通りのさほど離れていない場所に、なるほど別のパン屋があった。

 看板も店構えもベイクの店より立派できらびやかだ。店の前では、ハデな衣装の女性がチラシを配っている。お客もたくさん詰めかけていた。


「……別の街でも成功している、大手のチェーン店らしい」

 店に戻ると、ベイクが苦々しげに教えてくれた。


「売り子さんもみんなきれいでしゃれているのよ。私なんかと違って」

 ルヴェが溜息ためいきじりに言う。

「いや。それは関係ない」ベイクは、その言葉には首を振った。

「客がとられたのは、俺のパンが古くさいからだ」


「ふーん。あっちの店のパンもおいしいんですか?」

 とハロオ。


 ルヴェが何か言いかけたが、ベイクは手籠てかごに入ったいくつかのパンを取り出して見せた。

「あの店のパンだ」


 色や形もさまざまなパンをテーブルの上に並べる。彼も敵情視察てきじょうしさつというわけか、買っていたようだった。

「うちの店と違って、色々と新しい。客の目も引く」


 確かに、ハデな赤や緑などの色をしており、見た目も多彩だった。


「例えば、これは『回復草』入りパンだ。疲労回復、ケガも治るらしい」

 緑色のパンを差し出す。ハロオはそれをかじった。

「ああ、確かに」


 ハロオもよく知っている、冒険者が使う薬草だ。

 ハーブ系回復薬のなかでは一番ランクが低いから、遠い昔の駆け出し勇者だったとき以来使ってはいないが。


「こっちは『竜炎りゅうえんそう』入りのパンだ」

 今度は赤いパンを差し出す。

「『竜炎草』?」


 ハロオは首をかしげた、それをほおばった。彼も覚えがある刺激味しげきみと共に、口からボッと一瞬火が出た。

『竜炎草』は、むと一回だけ、ドラゴンのごとき炎の息を吐けるというアイテムだ。それなりに高価で稀少である。効果的なタイミングで使えば強力なものだ。

 もっとも、このパンに入っているのはごく少量らしい。本来の使用目的の分量に対し千分の一程度といったところだろう。出る炎も実用的というより、宴会芸のようなものだ。


 どうやら大手チェーンのパン屋の製品は、本来、冒険やモンスター討伐に使用するアイテムを希釈して、パンの風味にしたものが多いようだった。

 うずまき模様の『眩惑げんわくパン』は一瞬酩酊めいてい状態のようになるし、鳥の翼のような形をした『飛行パン』は、一瞬だけ身体がふわりと浮かぶ。『バーサークパン』は気分が高揚こうようするし、『氷結ひょうけつパン』は身体が一瞬凍りついたように涼しくなる。


 どれも実用性はない。

 ……もっとも、実用性があったら、パンの値段の材料費はとんでもないものになるし、実際にドラゴンブレスを吐いたり眩惑状態になるようなパンだったりしたら、街も大混乱することになってしまうことだろう。


「うーん」

 一通り食べたハロオは、首をかしげた。

「こんなパン、みんな、なんで食べたがるんですか?」


 元勇者のハロオからしてみると、これらの薬物系アイテムはさんざん使った経験があったから、目新しくもないし、大体味覚を楽しむものではないから、実用性もないのにわざわざ食べるという気が知れない。

 勇者や冒険者の経験がない一般人からすれば、物珍しくて刺激的でもあるということなど想像もつかなかった。


「なんでって、そりゃあ……」

 ベイクは口ごもった。

 言われてみれば、ベイク本人も、なんでこんなパンが売れているのか納得できてない、と自分で気づくが、あえて言葉を続けた。

「酒やキセル草のように、気分がよくなって愉快なんじゃないのかな。それに、魔鉱式の窯で大量生産しているから、安くて安定している」

 口数の少ないベイクにしては珍しく言葉が多い。


「ともかく、売れていることは事実だ。おかげで、古くさくて面白みのないウチのパンは売れなくなった」

 ルヴェが、口ごもりながらまた何か言おうとしたようだが、気づかずにベイクは続けた。


「それで、こっちでも、もっと売れるパンを作ろうと思った。人材募集をしたのもそのためなんだ。……ハロオくんの力を借りたい」

「僕の? こういう薬品アイテムを混ぜたパンを作るんですか?」

「いや。こういうパンは……真似しても、その、どうせ及ばないだろう。

 そこで俺も考えた。モンスターの形の『モンスターパン』っていうやつを作ろうとね」

「モンスターのパン?」

「ああ。モンスターというのは、種類が多いようだから、色々作ることが出来るだろう。ただ、俺は実際に見たことはなくてね。……ハロオくんは、モンスターというやつには詳しいのかな?」


「ああ。なるほど」

 話がつながった。ハロオはようやく納得したようにうなずく。

「確かに、僕はいろんなモンスターと戦った経験がありますけど」


 ベイクとルヴェは、ぱっと顔を明るくした。

「すると……ふむ。スケルトンとか、スライム、とかかな?」

 ベイクは、ひとまず頭をひねって思いつくモンスターの名前をあげた。……普通は、一般の人間は、モンスターなど馴染なじみはない。


「それとも、ええと。……パンとか?」

 ルヴェも、あまりない知識をしぼって言った。パンという名の妖精のことだ。小麦のパンと名前が似てるから覚えていただけで、どんな姿をしているかもよく知らない。それこそ手足の生えたパンのような魔物かと想像している。一般人の知識などこんなものだ。


「ええ。知ってます。ドラゴンなんかとも戦ったことがありますよ」

 ハロオは言った。


「ははっ。それは心強いな」

 ベイクは、ようやく笑顔になった。

 さすがにドラゴンという有名モンスターのことは知っている。それが強大きわまる存在であり滅多に姿を見せないことも。

 ハロオの言葉は冗談か、あるいは大トカゲ程度のモンスターのことを言ってるのだと理解した。


「じゃあ、さっそく午後から商品開発をしてみよう。……なに、客もろくに来ないからヒマだ」

 ベイクはそう言うとルヴェに店を任せて、ハロオを製パン室へと連れこんだ。



     ★     ★



 ところが……。


「なんだ、こりゃあ」

 ベイクは、ハロオがパン生地をこねて作り上げたものを見て、思わず声をあげた。

 子どもの作った粘土細工のような――いや、商店街のもよおしで、近所の子どもを集めて「パン作り体験会」をやったときに、子どもたちのつくったもののほうが、はるかに形を成していた。


 パン生地をただデタラメに、ぐにゃぐにゃとつなぎ合わせたようにしか見えない。

「えーと。これは……スライムというやつか?」


「いえ。ドラゴンです。火を吹き、飛行するタイプの」

 ハロオは真面目な顔で言った。

「スライムはこっちです」

 そう言って、別のパン生地のかたまりを見せる。


 そちらは、やや不格好な形の団子だんご状に、生地を丸めただけのものである。

 知識のないベイクでも、スライムというのはもうちょっと、ぐねぐねした形をしているもののように思えたが……。


「はあ。……じゃあ、こっちもスライムかね」

 その隣りにある、似たような丸いものを指した。

「いえ。これはスケルトンです」


 ベイクはまたも首をかしげる。スケルトンとは生きた骸骨がいこつが動くモンスターのことだ。

 実際に見たことのないベイクでも、しゃれこうべの形にするとか、もう少し芸のあることをするだろう。ハロオの作ったのは、ただの団子にしか見えない。


「ふむ。すると、ゴースト?ってやつも、そんなふうに丸いのかね」

「ゴーストですか?」


 ハロオは少し考えて、別の生地を手で練り上げると、ベイクに見せた。

「こんな感じです」


 それは、無作為にヒモ状やトゲになったパン生地をつなぎ合わせたような塊だった。ハロオが最初に見せた“ドラゴン”と、さほど変わらぬものにしか見えない。


「うーむ」

 ベイクはうなる。ハロオが嘘や冗談を言ってるようではない。


「ああ。そうか」

 と手を叩いた。

「ハロオくんは、パン生地をこねるのも初めてだ。モンスターの姿を知っていても、それを形にするのは難しいんだな。よし、じゃあ絵で描いてくれないか」


 ところが、この考えもうまくいかなかった。

 ハロオの描く絵は、先ほどのパン生地の作品と大差ない。……それどころかもっとひどかった。


「すみません。実際に形にして見せるならいいんですが、絵を描くなんてちょっと」

 その言葉自体にはベイクもうなずいた。

 考えてみれば絵を描くにも技術がいる。見たものがそのまま描けるというなら誰だって画家になれるだろう。ベイクだって、いつも作っているパンを絵で描けと言われても、その通りには出来ないと気づいた。


「よし、わかった」

 ベイクは腕をまくりあげた。

「俺が作るから、指示をしてくれ」

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