閑話――迷宮都市ケイオロス

 ケイオロスは、巨大ダンジョンをようした街である。


 現状、世界唯一のダンジョンが存在する都市。その巨大ダンジョンから得られる財宝を目当てに、世界中の「冒険者」と呼ばれる者たち、そして魔族・怪物たちが集まってくる。

 ここはそういった者たちにあふれ、それを相手にする武器商や道具屋、宿屋や酒場、財宝の買い取りをする商人などが集まっていた。結果、あらゆる種族が生活する、巨大で混沌こんとんとした一大都市を形成している。

 ダンジョンを中心に街が生まれ成長していったとも、ある日、真っ当に栄えていた都市の中心部に異界への扉が開き、ダンジョンが発生したとも言われている。


 しかし、いまではこの都市の起源を知る者はいない。

 このダンジョンがどのように生まれ、いつから存在したのか。そもそもなぜ、ここに財宝が発生するかという理由も……。


(……私は知っている)


 元魔王ホリックは、窓から見上げて思う。現在はこのケイオロスで就職斡旋所を営む彼女。

 その事務所は高台にあり、この混沌の都市を一望できる場所にある。


(あいつ――勇者が願った結果だ)


 かつての勇者ハロオは〈願いの宝珠〉にこう願った。


一、「異種族(魔物含む)の差別がなくなり」

二、「戦乱のない、平和な」

三、「誰もが生きていける」


 ……という世界を。


 少し考えるだけでも、この三つの条件は矛盾しており、並び立たないことが分かる。

 あのとき、魔王ホリックが「平和な世界」を願おうとする勇者ハロオに「魔の者の存在を抹消するつもりか」と問うたのは、皮肉でも何でもない。魔族のなかには、人間そのものを捕食する者もいるし、そこまで極端でないとしても、共存できない者が多いのだ。

 ところが、この《願い》は、全てが並び立つ形で実現された。いまでは、どの種族も、他者と共存可能な性質に《改変》されている。


 残る矛盾は、この世界に多くいた、将や兵士、モンスターハンター、冒険者といった人間。そして、同じような立場の魔族――魔将兵、人族マンハンター、迷宮にむ者……といった存在だ。

 条件一、二が実現されるということは彼らは存在意義が消えるということだ。そこでほかの職に就き、別の生き方が出来る者はいい。しかし、その生き方しか出来ない者は、人のなかにも魔のなかにも少なくない。元魔王であったゆえ、ホリックはよく知っていた。


(その矛盾を解決するために“生まれた”のが、この街というわけだ)


 そう。

 そういった「新しい世界で生きていけないあぶれもの」を受け入れるため、《改変》時に生まれたのがケイオロスなのだ。

 世界唯一の迷宮都市。ここには、いまやこの世界でただひとつの地下迷宮ダンジョンがここに存在し……結果、秩序があり平和な「街の外の世界」に適応できない者たちが集うことになった。

 その街で、職業紹介と就職斡旋業を営むのが、ホリックというわけだ。この混沌とした、はみ出し者たちが集う街で、魔も人も区別せず適職を斡旋する。

 彼女の天職であった。


(……いや。私自身、この街がなければ生きていけなかったかも知れぬな)

 元魔王、ホリックは思う。


 迷宮都市ケイオロス。誰も覚えていないほどの遙か昔から存在すると言われるこの街は、《改変》の瞬間に生まれたことを、元魔王だけが覚えている。

 ……いや、もうひとり。きっと元勇者も覚えているだろう。

 ふたりにとって、馴染なじみのある場所だから。

 ホリックの胸が、またざわつく。


(……ふん)


 ホリックは、夜の残業に戻る前に、もう一度、街の中心部を振り返る。


 この街が擁する巨大ダンジョン。《改変》前はこう呼ばれていた。


 ――魔王の大迷宮、と。

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