元魔王の就職斡旋所

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│『就職しゅうしょく斡旋あっせんじょ』                             │

│ 条件:市議・商工会とのコネクション、信用

│スキル:事務処理、適性判断                      

│勤務時間:朝9時~夕5時(残業、アフターサービス多し)

│労働環境:処理案件、クレーム対応多し

│報酬:仕事紹介による、雇用側からの成功報酬契約制

│その他:ペットあり

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「なんで、お前が……」

 元・魔王であるホリックは、肩をいからせた。大声でまくし立てようとするが、言葉が続かない。いつもの冷静沈着さを取り戻して思いとどまった……のではなかった。むしろ、頭に血が上って、声が出てこない状態だ。

 彼女の美しく赤い髪と同じぐらい、顔が紅潮する。


「いやあ。あちこちの村や街へ行ったんだけど、どこでも仕事につけなくてさぁ」

 元・勇者のハロオは、あいかわらず屈託くったくのない笑顔で言った。

 んだひとみはあいかわらず少年のようだったが、もう中年期――人間で言うところの「おっさん」に片足を突っこみつつある年齢のようだ。

 前に会ってから、それほど長い年月が過ぎてないとホリックは認識していたが、何しろ人間は魔族に対して歳を取るのが早い。いつまでも少女のような自分とは違うのだろう。

 そして、こんな歳になって「無職」とは、人間社会においては大層よろしくない。ありていに言えば「やばい」状態である。少年のような澄んだ瞳で笑っている場合ではない。


「それで、この街に来たんだよ。……そうしたら、評判のいい就職斡旋所があるって聞いてね、ここに来たんだよ」

「なるほど」


 ホリックはうなずいた。

 確かに、この世界――《改変》後の、戦乱もなければ、魔族やモンスターが理由なき差別も受けない世界においては、勇者など職にあぶれてしまうことだろう。倒すべきモンスターも、英雄として活躍できる戦場もないのだから。


「ふん。自業自得だな。あんな《願い》をするからだ」

 思わず口に出る。口調はいつもの冷静な彼女に戻ったが、つい本音を言ってしまう。


「きみだったとは知らなかったよ。仕事を紹介してくれないかな?」とハロオ。

「ああ、もちろんだ。それがいまの私の仕事だからな。どんないけ好かない輩でも、差別することなく適した仕事を紹介してやろう」


 言いながら、ホリックはその言葉が、現在の自分としては辛辣過ぎないかと気づく。これでは、まるで魔王だったときのようだ。


 しかし、ハロオは屈託ない笑顔をくずさなかった。

「うん。お願いするよ」


 ホリックは内心、少々あきれる。かつての仇敵きゅうてき意趣いしゅ返しをしないと、どうして信頼できるのだろうか。それとも、こちらが現職にほこりを持ってることを知っての行動か?

 ……いや。こいつはそんなことを考えていないのだろう。前に会ったときと同じで、ただ人を疑うことを知らないだけだ。無職のくせに。


 ホリックは、用意していた「職業適性シート」を取り出し、質疑応答をする。

 ハロオとは、互いの生命と信念を懸けて剣を交わした仲だったから、その能力も適性もよく知ってはいたが、手順を怠るわけにはいかない。それに彼も《改変》後にどう変わっているか分からないからだ。


「ふむ。それなら……この仕事はどうだ」

 たちまち、ハロオに向いた仕事の候補が見つかった。

 ホリックは、所定の手順で職業紹介状を用意し、ハロオに確認の上で、署名させた。

 これを持って雇い主の所へ行けば、一件落着だ。

 晴れて就職となれば、報酬は雇い主のほうから支払われる。


「へえ。すごいねえ」と、元勇者は素直に感心する。


 彼女自身が考案した、この独自のシートと方法によって、この就職斡旋所は大きな実績をあげていた。

 ほかの多くの同業者も真似しているようだが、彼女ほど洗練はされてはいない。それに、ホリックはこの方法を独占するつもりはなかった。

 魔の者や、かつての世界とこの世界でしいたげられていた者たちが、何らかの天職に就き、生きる道を見いだすことこそが、彼女の悲願であったから。


「……そうか。きみは、自分の仕事が見つかったんだね。よかった」


 ハロオが、にっこり笑った。ホリックの胸が妙にざわつく。揶揄やゆや含みはなく、彼は本当に祝福しているのだろう。しかし、彼女はとげのある言葉で返す。


「ふん。恩を着せるつもりか?」

「恩を着せる? 僕が? ……なんで?」


 元・勇者は首をかしげた。どうやらとぼけているのではなく、本当にそんなことを少しも思っていないらしい。続けて、変わらぬ笑顔で言った。


「だって、きみが自分の能力で就いた、きみの仕事だろ?」

 ホリックは、再び頭に血が上るのを感じた。

「それに、きみのおかげで僕の仕事も見つかりそうだ。ありがとう」


「……さあ、これを持って、もう行け」


 ホリックは目をそらせて、書類をハロオに突きだした。

 元勇者は、あいかわらずの心からの感謝を述べて、ドアチャイムを鳴らし出て行った。



     ★     ★



「……もう少し、話をしてもよかったかな」


 元勇者が去った後、元魔王の少女は溜息ためいきをついた。

 オフィスのなかはひとり。デスクには積まれた書類の山。壁には、この街のさまざまな職業を図案化したステンドグラス。あとは、竜猫キャッドラゴの「トラ」がいるだけだ。


「ナァ~ゴ」とトラは鳴く。

「ああ。そうだな」ホリックは、トラに語りかけるようにつぶやく。


 竜猫キャッドラゴの言葉が分かるわけではない。言葉をもたぬ猫族動物を飼う者の多くと同じように、こんなときは素直に本音をもらすだけだ。


「そうだな……。どうやら《改変》前の記憶を有しているのは、私のほかは、きっと彼だけだろうしな。この世界のなかで」


 ホリックは、ステンドグラスからの光に照らされたシートを見る。


「……嫌がらせに、向いてない仕事でも回してやればよかったかな」

 そんな、心にもないことをつぶやく。

「ナァ~ゴ?」

「ふふ。冗談さ」ホリックは、答えるように語る。


「私自身で考案したこのシートとシステムは優秀だ。彼は斡旋した仕事に就き、そこで新たな人生を見いだし……やがては、私のことなど忘れてしまうだろう」


 ちょっとさびしそうに、そう言った。



 

 ……しかし、そうはならなかったのである。

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