第278話 黒雷花

 ──懲罰の纏雷エレクトロキューション


 僕は自身が創り出した雷に焼かれながら魔物に突進する。


 至福の暴魔トリガーハッピーで強化された懲罰の纏雷エレクトロキューションは、僕にこれまでとは比にならないスピードとダメージを与える。


 膝まで濡らす河の水など何でもないかのように、僕は一瞬で魔物の目前に接近した。


 フーブランシュから伸びた黒い雷刃が、魔物の右腕を斬り飛ばす。


「逃さぬ!」


 上空に吹き飛んだ魔物の右腕を、跳躍したモノロイが掴んで自分の口に運んでバキバキと音を立てながら咀嚼する。


「……ま」


 魔物の右腕を一瞬で完食してから着地したマッチョが漏らした。


「……ま?」


 オウム返しにする僕に、モノロイは顔を顰めて答える。


「不味い!」


 そりゃそうだろうとしか言いようがないが、モノロイは続けた。


「今では我の主食は魔物、あの腐った肉のような味はむしろ癖になって美味に感じておる。が、これは……まるで──」


 モノロイの言葉を遮るように、片腕を失った魔物が跳躍して彼に右足からの前蹴りを放つ。


 今度は僕がモノロイと魔物の間に割り込むように身体を滑らせ、防御スキルの魔城フォートレスで魔物の攻撃を受ける。


 魔城フォートレスで創り出した見えない壁がメキメキと音を立ててひび割れる。


 腕は再生していない……。


 モノロイの攻略法は正しい……!


 僕とモノロイは言葉を交わすこともなく動き出す!


 雷刃グローザで斬りかかる!

 

 魔物は躱す!


 モノロイの拳が迫る!


 魔物は残った腕で受ける!


 返す刀の雷刃グローザがその腕を斬り落とす!


 モノロイが掴んで喰らう!


 一瞬のやり取りで、僕たちは魔物から両腕を削ぎ落とした。


 両腕を失った魔物の攻撃パターンは大きく二つしかない、蹴りか、ビームか……。


 知能があるなら蹴りは選択できないはずだ、両腕を失った上に片足も失うとなれば、その時点で決着がつく。


 立つこともやっとであのビームを放てるとも思えないし、避けるのも難しくない。


 ビームだ……。


 ビームだろ……?


 ビームのはずだ……!



 ──沈痛の彼岸ペインディスティネーション、起動準備



 目の前の魔物の頭部が膨らんだ!


 やはりビームの方だ!


 モノロイが僕の真後ろに滑り込んだ!


 ──沈痛の彼岸ペインディスティネーション、起動


 至近距離で放たれた魔物のレーザービームを再度、虚空に飛ばす!


 ──簒奪の魔導アルセーヌ 、起動


 ── 虚無の閃光イレーザーレイ、簒奪完了


 ……は?


 これ既存の魔法なの……?


 突如告げられる沈黙は銀サイレンスシルバーからの爆弾発言。


 胸の辺りで跳ね上がる僕の心臓は置いてけぼりに、戦闘は佳境を迎える。


 僕は魔法がぶつかり合った熱波を頬に感じながら、至福の暴魔トリガーハッピーの魔力を廻して絞る!


 ──界雷噬嗑ターミガン


 ノーモーションからの雷魔法が魔物の胸部に直撃した。


 魔物の胸から上が弾け飛ぶ。


 弾けて、そして僕たちは自分の眼に映るその光景に唖然とする。


 界雷噬嗑ターミガンで吹き飛んだ魔物の外殻、その内側に人の姿があったからだ。


 まるで胡桃の殻が割られて、その実が露わになるように、赤い鱗が破れた魔物の中身。


 血の気のない、女性。


 美し……かったのだろう。


 顔は枯れ木みたいに血の気がなく、頬は痩けて眼は窪んでいる。


 それでも、大きな目に通った鼻筋が、かつての美貌を彷彿とさせる。


「ア、ア、──」


 魔物の中身である女が、生気を失った唇を震わせながら声を発した。


「──!?」


 僕とモノロイは二の足を踏んだ。


 勝負を分ける好機の狭間に、歴戦の魔導師二人の動きが止まる。


「愛シテ……イタノニ……セ界ヲ……神ヲ!!」


 魔物の窪んだ両眼から、赤い血が滴れる。


「喋る……、魔物……?」


「シャルル殿、まさか……この魔物は……」


 南方の魔王は、魔物を創り出す。


 想像の結実イミテイション


 動物や植物を媒介に、対象を邪悪な魔物に変えてしまうスキル。


「人間を、生きたまま魔物化したのか……」


 しかも、これは──


 ──この人間は見るからに、まだ生きている。



 ……彼女の意識は混濁しているようだが、確かに自我がある。

 

「生きたまま……! 許せぬ!」


 ニコの創造の結実クリエイションがあれば、もしかすると助けられたかもしれない。


 しかし、ニコは……。


 周囲の魔力を吸収し続けていた至福の暴魔トリガーハッピーが、僕を急かすようにその呼吸を早めた。


 迫られる、決断。


「迷うな! 滅ぼす!」


 迅速果断。


 それこそが戦闘の原理原則。


 僕はただ、それに従う。


 握ったフーブランシュを振り抜く。


 ──絶影拳シャドウ


 ──鉄鎖縛陣チェーンロック


 目には見えない魔力の衝撃が魔物を吹き飛ばし、魔法の鉄鎖が魔物を縛る。


 火の枝と呼ばれるワンド、フーブランシュを手元でくるりと翻し、沈黙は銀サイレンスシルバーを通して唱えた。


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー


 足場は水。


 フーブランシュから雷撃の雫が垂れると同時に、自分たちが感電しないように、モノロイが僕の襟首を掴んで跳躍する。


 河の流れに揺らめきながら、地面が強烈な閃光を放ち、それが漆黒の光に変わる。


 至福の暴魔トリガーハッピーがこれまで蓄えた魔力を解き放ったのが分かった。


 大陸を南北に分つ大河の水を天高く巻き上げながら、魔物が黒い雷花に包まれた。


 帝国の砂漠でジジイが不死隊サリエラを吹き飛ばした震霆の慈悲パラケストマーシーが、静電気に見えるような威力だった。


  一瞬の浮遊感の後に、着地の衝撃。


 僕はモノロイに襟首を掴まれたままだ。


 母猫に持ち上げられた子猫のような状態。


 魔物がいた場所は、魔法に巻き上げられた水蒸気でよく見えない。


 モノロイと目が合う。


 彼はゆっくりと僕を降ろした。


 また、膝下まで河の水に浸かる。


 一息吐いた。


「やった……のか?」


「まるで星が割れんばかりの威力でござった、アレは流石に──!?」


 水蒸気が晴れ、魔物のシルエットが浮き上がる。


 すかさず身構えた、が、結果的にそれは杞憂に終わった。


 シルエットの正体は、魔物に取り込まれた女だった。


 厄介だった液体状の外殻の気配は感じない。

 

 ザブンと、大河の緩やかな水面に女が倒れた。


 モノロイが倒れた女に駆け寄って行く。


 僕は臥竜門を振り返る。


 変わらず聳え立つ臥竜門。


 人類を魔物の襲撃から守り続けてきた巨壁。


 綺麗な内側とは違って、臥竜門の外壁はこれまで人類が食い止めてきた魔物による夥しい爪痕が刻まれている。


 ……ニコ。


 彼女は無事だろうか……。


 止血していた氷は完全に解け、今は失った右腕から真っ赤な鮮血が滴り落ちた。

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