第274話 七色の魔法
巨大な鉄の板が嵌められている臥竜門が揺れた。
ガリガリと鉄を引っ掻くような音の後に、門の上に巨大な亀の頭が現れた。
ワニガメのように先が尖った嘴、ギョロリとコチラを見つめる大きな眼。
「魔物か!」
ギレンの言葉を掻き消すように、亀の顔面に雷撃が撃ち込まれた。
イズリーの放った
イズリーの強襲が巨大な亀の魔物の額に直撃したことで、魔物は仰け反るように門の向こう側へ消え、遅れて落石のような音と地響き。
「ありゃ、仕留め損ねた! 敵襲! 戦闘態勢! ムウちゃん行くよ!」
驚くことに、それはイズリーの声だった。
「魔物を前にイズリーがマトモな言葉を……!」
僕は大いに感心した。
あの個人プレーの王様とも言うべきイズリーが、敵の急襲に対して即座に対応したばかりか、部隊を即座にまとめ上げるような軍令まで──
「……シャルル、感心している場合じゃない! ……モノロイ、ミリアを起こして!」
ハティナが冷静に、それでも語気を強めて言った。
「お任せを!」
モノロイがなぜか失神しているミリアのもとに向かった。
ハティナに叱責され、僕は腰からフーブランシュを引き抜き門へ走る。
「わかった! ライカ、ニコ! 聞いたか、イズリーのプリチーでキュートな……じゃなくて、急げ! 門に上がるぞ、続け!」
僕の声に姉妹が「御意!」と続けた。
臥竜門の脇にあるレンガ造りの側塔を駆け登り、防壁の上に出て門の向こう側を覗く。
門をそのままよじ登ったのか、既にイズリーとムウちゃんは防壁の淵に立って魔物を見下ろしていた。
巨大な甲羅から生える太い四肢の先に、大地を抉り出しそうな爪が生えている。
三階建てのアパートくらいはありそうな巨大な亀が、焦げた額から煙を出しながらコチラを伺っていた。
「あの亀、硬い」
猛禽類のように鋭く魔物を睨むイズリー。
「むうー……」
何を考えているのか、ムウちゃんはやる気のなさそうな声を漏らす。
すると、ニコが「主さま、嫌な感じがします」なんてことを言った。
「確かにデカいが、倒しようはあるだろう」
僕は体内で魔力を廻しながら答える。
「いえ、あの巨大な魔物ではなく……もっと別の──」
ニコの言葉を遮るように、亀はその口を大きく開いた。
亀の口の両脇から液体が霧吹きのように噴射され、それが口の中心で火炎に変わって放射される。
魔力感知が働かず、
臥竜門の防壁に遮られた火炎が天高く立ち昇る。
僕はローブのフードを引っ張られて後ろに引き倒された。
「無事か、グリムリープ!」
僕を救ったのはギレンだった。
ギレンと僕は二人で尻もちをつき、顔を見合わせる。
「あの亀、口から炎を吐きやがった!」
まるで物語のドラゴンだ!
男の子の永遠のロマンだ!
「何を興奮している! 死にかけたのだぞ!」
ギレンの言葉に僕はハッと気付いてイズリーを見る。
「あちち、びっくりしたあ! シャルル! あの亀! 魔力なしで火魔法を使ったよ! ハティナの絵本のドラゴンみたい!」
イズリーと同じレベルの感想だったのは心に効くが、君が無事で何よりだよ……。
僕は心の中でため息を吐く。
「主さま! ご無事ですか!」
「あんの亀えええ! 主様に向けて何たる無礼!」
悪辣姉妹も無事だった。
「シャルル殿! ミリア殿を連れて参った!」
「ご主人様! 今の炎は──ぎょわあああ! あの大亀は!」
ミリアとモノロイ、遅れてハティナも側塔を登ってきた。
「……ツルカメア」
ハティナが呟く。
「ハティナさん、その通り! まさしくツルカメアですわ! 魔力もなしに火炎を吐くそうなのでご注意あそばせ!」
……本当にご注意あそばしたいところではあったが、もう少し早く教えてほしかったものである。
「ミリア、あの亀の弱点とかは!? イズリーの
「ご主人様! これまで人類によるツルカメアの討伐数はたったの一頭のみですわ! かつて北方諸国の南伐連合軍を率いた聖女メディア・コルギスだけが、かの魔物を滅ぼしたそうです!」
ニコならどうにかなるか?
僕はそう思ってニコを見るが、彼女は目の前の亀より別の何かを探るように河の対岸をジッと観察している。
「……わたしが弱点を探る。……魔力は切れると思うから、後は任せる」
ハティナがポツリと呟き、首から下げたケロベロスのペンダントに貯蓄された僕の魔力をごっそり引き抜いて体内で魔力を廻転させる。
「ハティナ・トークディアが詠う──」
彼女の薄い唇から同時に七種の呪文が濁流のように流れ出す。
異種魔法同時詠唱。
本来、魔導師は一種類の魔法しか行使できない。
呪文を唱える口は化け物でもなければ一つなのだ、当然である。
一度の詠唱で一種類の魔法を複数行使する多重起動という技術は一般的だが、それでも並の魔導師では習得に長い年月の修行を要する。
異種魔法の多重起動は、その難易度を遥かに凌駕する。
同時に詠唱するか、魔法の起動より早く次の魔法の詠唱を終える必要がある。
ただ早口なだけでは意味がない、その属性に必要か魔力を体内から引き出さなけれはならないからだ。
まるでリフティングしながら野球のバットとゴルフのクラブを同時にフルスイングしてホームランとホールインワンを一度にやってのけるような難易度、つまり、ほぼほぼ不可能なのである。
ハティナは違った。
火、水、風、土、雷、光、闇。
本来、彼女にとって魔力適性の低い属性の魔法まで、彼女は同時に詠唱してのけた。
火魔法、
水魔法、
風魔法、
土魔法、
雷魔法、
光魔法、
闇魔法、
僕の知らない魔法が多いが、どれも破壊力は上級属性魔法のそれを軽く超える大技ばかりだ。
それを彼女は多重起動で三つずつ生み出した。
教わっていないはずの
光魔法と闇魔法に関しては、エルフから掻っ払った太古の魔導書から学んだはずだ。
熟練度が早く上がることで、数多くの魔法を扱えるのがハティナの持つジョブ、魔術師の特性だが、ここまで自分のジョブの長所を引き出せる魔導師は稀だ。
軍での戦働きこそ知略による戦功が多いが、彼女もまた、ホンモノの天才なのだ。
亀の周りに、まるで虹が混ざって爆ぜるように七種、二十一の魔法が炸裂する。
上下左右全方向から魔法を受けた亀は空中でクルリと一回転して腹から地面に叩きつけられた。
神業のような魔法を放ったハティナは、魔力を空っぽにしてその場にぺたりと座り込む。
「……お腹に当てた魔法が一番ダメージが通った」
腹が弱点らしい。
「なら、僕とイズリーの
僕の言葉に、彼女は首を振る。
「……雷の魔法に耐性を持ってるみたいだから効かないと思う。……弱点は水。……ミリアの大魔法なら、致命傷を与えられる」
ハティナは弱々しく、ミリアを見て言った。
「氷でもよろしくて?」
自信に満ち溢れたようなミリア。
「……問題ないと思う」
「で、あれば、まずはあの亀をひっくり返さなければなりませんわね」
ミリアが魔力を廻し始めた。
僕は固唾を飲んで成り行きを見守るギレンを見て思い立つ。
「僕に策がある。ギレン、協力して貰うぞ」
ハティナの攻撃に怒ったのか、これから起こる自身の不幸に何かを想ったのか、臥竜門にツルカメアの咆哮が響いた。
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