第272話 体裁
夏のかき氷みたいに、
「も、も、も、もう限界ですわ」
なぜかミリアが気を失ってぱたりと倒れたのが視界の端に見えた。
ミリアはさておき、ハティナが止めてくれなかったら目の前の魔導師は凄惨な姿になっていただろう。
だがしかし、彼を殺すわけにはいかなかった。
臥竜門は北方諸国共栄会議与り、つまり守護者は前世でいうところの国連職員みたいな立ち位置なので、彼らを害せばそれは国際問題に発展しかねない。
果てしなく面倒なことになる。
そんなことを
だからこそ、ハティナのおかげで僕とエルフの魔導師は救われたのだ。
「主様──」
ライカだ。
彼女もどうやら勝利したらし──……。
……え?
彼女の右手にぶら下がる荷物に、僕は我が目を疑う。
「圧倒的勝利を我が君に捧げます」
彼女はそう言って、その荷物を僕に差し出す。
僕にはそれがどうも獣人の生首に見えて仕方ないが、まさかそんなことはないだろう。
ライカは喧嘩早いところはある。
あるがしかし、守護者の一人の首を文字通りに討ち取ってしまうことなどあるわけがない。
なので、この兎の獣人の生首にしか見えない荷物もきっと──
「我が叔父御の
──なにをやらかしとんじゃお前はああああああ!!
しかも叔父御!?
お前は自分のおじさん殺ったのかああああ!?
「グリムリープ卿、貴殿も勝利したようだな」
僕の思考を遮って、ボロボロになったギレンが僕の背後から声をかける。
「ギレン! 今それどころじゃない!」
「な! それどころとはなんだ、余は師との死闘を──」
「ライカが
「お褒めに与り光栄です」
深々と頭を下げるライカ。
もうツッコミたくもない!
僕は心の中で絶叫する。
「やったとは……。……!!! せ、戦姫殿、貴殿は正気か!?」
「む? ほう……御身は辛くも勝利を得たと言った有様だな。くくく、やはり主様の懐刀は私の方らしい」
懐刀が暴走しちゃってるんですけど!
エクスカリバーくらいの切れ味なんですけど!
国際問題に発展するくらいにキレてるんですけど!
「ニコを呼ぶんだ! 首だけなら、もしかしたら
「グリムリープ卿、流石の聖女と言えど死者の蘇生は……」
「まだ死んでない! 貴様らは知らないだろうがこの世には3秒ルールという絶対不変の真理が──」
「主様、このライカに抜かりはありません。あちらを……」
ライカの指差す方向に、真っ二つに両断された男性の肉体が見える。
「きゃああああああ!」
僕は叫んだ。
おじさんを三分割にするなああああああ!!
「……グリムリープ卿」
ギレンは憐れみの視線を僕に送る。
「そ、そうだ! ハティナ!? どうしたらいい!?」
僕はハティナの知恵を頼ることにする。
ニコかハティナに聞けば、大概のことはどうにかなる。
「……」
愛しの彼女は我関せずといったように分厚い本を読み耽っている。
僕のことをチラリと見ると、彼女は言った。
「……人はいつか必ず死ぬ」
……?
……。
……!
僕の脳内で点と点が繋がる。
「……寿命」
「……寿命?」
ポツリと出た僕の言葉をギレンが反芻した。
「ああ、そうみたいだな。恐らく、死因は寿命だろう」
「貴殿も正気か!? そんな言い訳が通用するか!」
「やっぱダメか!? だが可能性はゼロじゃないはずだ!」
「首を刎ねられた上に一刀両断された亡骸を見て寿命と診断する医者がおるものか!」
「じゃあ他殺だっていう証拠はあるんですかー!?」
「卿の臣下が物証を持っておろう!」
「医者が御入用でしたら、八黙のゲナハに遣いを出して呼び寄せますが」
ライカはちょっと黙ってて!
心の中の叫びも虚しく、誇らしげに胸を張るライカを叱ることもできない。
僕はダメな人間だ……。
僕は頭を抱えてうずくまる。
その時、ドスンと地響きが鳴った。
遠くでイズリーが飛び跳ねている。
近くにモノロイとムウちゃん、そしてニコと守護者のドワーフがいるのも見えた。
「ニコ!」
僕は急いで駆け寄る。
「イズリーさま、暫しお待ちを。……また壊れてしまったようです。──
ムウちゃんの相手をしていたはずのシスターが、
「も、も、もう限界……」
「は?」
威圧を含ませながら聞き返すニコに、シスターは首を振って「まだやれます」と答えている。
「当然です、さあ」
ニコに促され、シスターは泣きながらイズリーに立ち向かう。
「次はシャルル直伝の四十八の必殺格闘術を使いまーす!」
気をつけの姿勢で右手を挙げるイズリー。
正座の状態でぱちぱちとやる気のない拍手を送るモノロイと、まるで代表戦のサポーターのようにハイテンションのムウちゃん。
「がんばってください! イズリーさま!」
名前の通り『にっこにこ』の笑顔なのは、聖女ニコである。
「秘技! 『真っ直ぐいってぶっとばす、右ストレートでぶっとばす』!」
楽しそうに叫びながらシスターを殴り付けるイズリー。
またドスンと地響き。
なぜかイズリーの左手──右ストレートだったはずでは?──から繰り出された『ただのパンチ』をガードしたシスターの右腕が、まるで爆竹を仕込まれたスイカのように弾けて吹き飛んだ。
「ぎゃああああああああ!」
叫ぶシスター。
「え? またですか? 引くほど情けないですね、それでも人類の守護者ですか? もう少し根性をお見せくださいませ。さ、手当をしましょう。しかし、頑張っていただかないと次はわたくしも
どういう状況だああああああああああ!!!!
僕はすぐにやめさせた。
イズリーは暴れたりないらしいが、当たりどころが悪ければ『三分割された兎の獣人』より酷い有様の『爆散したシスター』という問題がこの場に増える!
ひとまずは落ち着いたが、ライカのやらかし……いや、殺らかしはどうすべきか。
僕はニコにそれを伝えたが、彼女は何やらぶつぶつと呟きながら考え込んでいる。
その時、隣のギレンがボロ雑巾のような状態になって泣きながらガチガチと奥歯を鳴らすシスターを見て「魔王のパーティーとはこうも凄惨なものか」と呟いた。
すかさず、ニコがギレンを見た。
見えないはずの目を開いている。
僕は勝利を確信する。
彼女が目を開く時、それは決まって、悪どいことを考えている時だからだ。
「いいえ、ギレン殿下。我らは打倒魔王を掲げるパーティー、それが魔王パーティーでは些か体裁に欠きましょう。それに、帝国皇太子を差し置いて王国貴族の主さまが上では、これもやはり体裁が……。つまり、我らは魔王パーティーではなく、勇者パーティーにございます」
──!!!!!
ニコ!
お前ってやつは!!!
僕は即座に口を開く。
当意即妙とはまさにこのことだろう。
そしてそれは、創造主たる女神の意向でもある。
「ギレン、このパーティーのリーダーは君だ。つまり、パーティーメンバーの犯した罪は君の責任に帰結する」
「……!!!!????」
ギレンは驚きと絶望をない混ぜにしたような表情で僕を見た。
臥竜門。
五百年もの永きにわたって北方を守護してきた、人類最後の防衛線。
そこに帝国皇太子、勇者ギレン・マルムガルムの「……じ、寿命では致し方あるまい」という静かな呟きが響いた。
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