第271話 臥竜門
僕たちを乗せた馬車二台は知恵の大樹イギュノームから一度カナン大河へ出て、そこからカナン大河沿いを西に進んだ。
このデカすぎるカナン大河は、河と呼ばれているが、実際には海に近い。
二つの大陸を隔てるように流れているこの河の西端と東端は海に繋がっている。僕には地形学の知識はないが、大陸から流れる雨水や川の水でカナン大河の水質は汽水になっているので、その実態は河というより『細い海』と言う方が正しいような気がする。
そして正午には、臥竜門へ到着した。
臥竜門はカナン大河の河幅が最も狭い場所にある。
ここはカナン大河が地下水脈の暗渠とぶつかる場所にあるため、南方大陸との距離が近いのだ。
臥竜門は五階建てのビルほどの高さがあり、横幅は4、50メートルはあるだろうか。
門の両側は河を遮るように高い石壁が並び、広大な荒野に聳え立つその威容は魔物でも尻込みするほどだ。
臥竜門から離れた場所で馬車は停まり、エルフのケルビンとセフィロムは馬車を降りた。
「我らの見送りはここまでと命じられております。願わくば我らも南方にお供したいところではありますが……」
ケルビンは頭を下げて言った。
「いや、助かった。プリンシパリアには礼を伝えてくれ」
僕の言葉に、ケルビンは深々と頭を下げる。
一方蒼髪のエルフ、セフィロムはイズリーに向かって跪く。
「師匠の教え、このセフィロム・イギュレーター、生涯忘れません!」
彼のことなどすっかり忘れていたが、セフィロムは奮闘の末にイズリーの軍門に降り彼女に弟子入りしていた。
イズリーに弟子入りなんてのは、ほんの僅かにプライドがあれば出来ないだろうに、彼のガッツは敬服に値する。
得意満面のイズリーは「にっしっし! しょ、しょ、焼身? するんじゃぜ!」なんて、ジジイの真似をする。
火だるまになってどうする。
「はい! 精進します!」
通じていた。
さらにイズリーは「お前さんはちょっとのことでカッとなるから魔力がすぐに乱れるんじゃぜ」なんてドヤ顔で語り、セフィロムはイズリーに「は、はい……。この癖、どうすれば治りますかね?」なんて聞く。
ジジイのような口調のイズリーは顎に手を当てて答えた。
「そりゃあ、そのう、あれじゃぜ、何て言った? ち、ち、ち、ちんこきゅう? ……じゃぜ」
やめてくれ。
不意に下ネタをぶち込むのはやめてくれ。
それに対してセフィロムは「深呼吸……。確かに、落ち着くには一番の方法ですね!」と、合点のいったような顔をする。
イズリーは満足気に頷いている。
そんなイズリーとセフィロムの脳筋トークを尻目に、僕は臥竜門へと歩き始める。
ニコとライカがすぐに僕に追従し、他の仲間も臥竜門に向けて歩みを進めた。
「鉄鎚殿、暴鬼殿はいつもあのような様子か?」
僕の後ろを歩いていたギレンがモノロイに問いかけた。
二人は同じ馬車だったので、それなりに仲を深めたようである。
「今日は大人しいほうであるなあ。ギレン殿もご注意召されよ。イズリー殿の魔法はどこに飛ぶかわからぬ故、我など数えきれぬほど死にかけておる。この前など、震霆パラケストの秘伝たる
そこからは、モノロイの死にかけ自慢が始まった。
「そ、そうか、王国屈指の魔導師たる鉄鎚殿がそこまで……。忠告、感謝する」
ギレンはモノロイの言葉にドン引きのご様子だ。
そんなギレンは、僕にこんなことを言った。
「臥竜門には余の旧い知り合いがおる。交渉事になった際は、任せては貰えぬか」
僕は頷く。
「ああ、そん時は任せるよ。こっちもこんなところで油を売ってるわけにもいかないからな」
その時、遠くに見える臥竜門が少しだけ開いた。
「主さま……」
後ろでニコが僕の名を呼ぶが、鈍感な僕でも気付いていた。
肌がひりつくような……殺気。
日焼けの痕を指でなぞるような感覚。
門から現れた五人の守護者が歩みを揃えて向かってくる。
僕は隣で歯噛みするギレンに言う。
「……どうやら、アイツら全員立ち塞がるつもりらしいぞ」
「……うむ、無念だ」
「お前の知り合いはいるのか? どれがそうだ?」
「……うむ。あの、最も老齢の魔導師だ」
ギレンの視線の先に、白い髭をたくわえた魔導師がいる。
佇まいから理解できる。
とんでもない強さだ。
まるで吹けば飛ぶような気配の中に、隙が一切存在しない。
ジジイと相対した時を思い出す。
ジジイも同じ気配を持っていた。
強そうじゃないのに、勝てなそうな雰囲気。
言葉で説明するのはとても難しい。
本物の、強者の気配。
「やばい、ギレン。……あれ、僕じゃ勝てないかも」
「……余も同じ思いだ。何故ならあれは、余の師匠だからな」
ギレンの師が臥竜門にいた。
「……ウチのジジイと同世代か」
「うむ、それに……あの魔導師はかつて王国との戦で震霆パラケスト・グリムリープと灰塵モルドレイ・レディレッドの軍勢を退けたことがあるほどの強さを持っておる」
「ジジイより強いってこと?」
「……少なくとも、樹海での戦で灰塵モルドレイの守る砦を攻め落とし、援軍として現れた震霆パラケストを討ち取ったとされていたのが、あの魔導師だ。
樹海での戦の話は、トークディアに聞いたことがあった。
かつてモルドレイの守る樹海の砦に攻め寄せた帝国軍。
援軍に向かったパラケスト。
その時、帝国軍を率いていた男。
やばいかもわからん。
できれば、戦うことなくここはパスしたいところである。
守護者は僕たちの前に立つ。
五人の守護者のうち、最も高齢な男は口を真一文字に結んでいる。ギレンの師匠のレンブラントとはコイツのことだ。
守護者は様々な国から選出されている。
背中に大きな斧を背負ったドワーフの男は両眼に大きな切り傷がある。盲目なのだろうか。
祭服を纏うシスターもいる。守護者唯一の女性だ。僕たちを見てもその表情は石のように変わらない。まるでつまらない物を見るように、死んだ魚のような目で僕たちを見る。
ライカと同じ薄紅色の髪をした兎族の男の守護者は、ジッとライカとニコを睨む。兎族ということは、ヴァレンの谷間と繋がりがあるのかもしれない。
そして、守護者の真ん中に立つのは、若い少女の魔導師だ。
金髪に翠の瞳。
長い耳。
エルフだ。
整った顔立ち。
年齢は僕より少し下だろう。
しかし、僕は知っている。
「真ん中のお前、男だな?」
エルフの女はみんなデブだ。
顔は美少女のそれだが、若木のような細いエルフの美少女は存在しない……と思う。
エルフの魔導師は笑って答える。
「ボクのことかい? 無論、性別は男だ」
その言葉を聞いて僕は頷いてニヒルに笑う。
「……やはりな、僕の目は誤魔化せないぜ」
「……え? いや、ボクは別に何かを誤魔化そうとはしていないんだが……」
エルフの男はイカ臭いセリフを放つ。
そんなエルフに僕はこう返す。
「ぷんぷん臭うぜ、テメェのチンコの臭いがなあ」
「シャルル殿……?」
モノロイから心配そうな声が漏れる。
「お前の性別は既に見抜いた」
モノロイを無視して僕は言う。
「……?」
エルフは首を傾げる。
「臥竜門は通してもらうぜ」
「……あ、ああ。……え?」
「じゃ、そう言うことで……」
そそくさと彼らの間を進もうとした僕の前に、守護者のエルフが慌てて立ち塞がった。
「待て待て待てい! 何が『そう言うことで』だ! 意味不明がすぎる! ここは通せぬ!」
「なんでだ! お前は男じゃないのか!?」
「いや、ボクは男だ!」
「……」
「……?」
「……だろ?」
「……?」
「男だろ?」
「ああ、男だ」
「なら、臥竜門は通させて貰うぜ」
「なぜそうなる!?」
「チッ」
僕は舌打ちして男を睨む。
『話の通じないヤツ』を演じてふわ〜っと押し通ろうとしたがこの作戦はダメだったらしい。
「グリムリープ卿、流石にそれは無理であろう」
仲間の視線が痛い。
「と、とにかく、臥竜門を通しはせぬ! ここは人類守護の最初で最後の防衛線、ボクたちは守護者の誓いに則り、内からも外からもこの門を通させる訳にはいかない!」
「待たれよ、守護者殿。其方の言い分は解るが──」
ギレンが交渉を始めた。
旧知の師との挨拶も交わさず、ギレンは少女みたいな少年と問答するが、交渉は芳しくない。
「おい、一ついいか?」
ライカが口を開いた。
意外な人物である。
ニコならまだしも、ライカが口を挟むのは珍しい。
「何故、御身らは主様が通ると仰せの道を開けぬのだ? 意味がわからぬ、主様が通ると仰せなのだから、礼を尽くしてお通しするのが自然の摂理であろう? 主様が死ねと仰せなら死ねば良いし、生きよと仰せなら生きる。……当然のことではないか?」
心底不思議そうなライカのIQ20くらいの質問にミリアが追随する。
「犬っころにしては全く道理に通ったことをおっしゃいますわね。全くもってその通りでございますわ」
この流れでイズリーが黙っているはずもなく「全員ぶっ飛ばせばいいじゃんね? ね? モノロイくん?」なんて言い始めた。
それが面倒だから僕は……。
しかし君たちは黙ってなさいとは言えない。
そのくらい、先程の僕の作戦は稚拙だった。
……かもしれない。
僕が脳内でイズリーみたいな言い訳をしていると、ギレンが「君たちは黙っていてくれないか!?」と言った。
「どうやら、ボクたち守護者は舐められているようだ」
股の間からチンコが生えてそうな顔のエルフが言う。
「舐めてんのはテメェの性別だよ、ハゲ。竿ごと割礼してから出直せハゲ。」
と思ったが僕は何も言わない。
「……なりませんぞ、シャルル殿!」
モノロイが僕の口を慌てて抑えた。
心の声はあっけなく漏れていたらしい。
「そうだよシャルル! ハゲって言うのはねえ、モノロイくんのことなんだよ? あの人はねえ、髪が生えてるから、ハゲじゃないんだよ。それにねえ、お師さんも少しハゲてるけどね、お師さんが言うには、あれはお師さんがハゲてるんじゃなくて、前進するお師さんに生え際? が、追いつけてないだけなんだってさ!」
ジジイの生え際について語るイズリー。
……まったく、今日もこいつは可愛いぜ。
僕たちの会話を聞いていたエルフの雰囲気が変わる。
「ムカつくんだよなあ……。弱い癖に南方に手を出そうなんてのはさあ……。殺っちゃおうかなあ……!」
すぐさまギレンが飛び退いて戦闘体勢を取り、ライカが曲剣『牙』に手をかけ、モノロイが僕を守るように前に出る。
「筆頭、その辺になされよ。これでは交渉も何も無かろうて」
無言だった老魔導師が初めて口を開いた。
「ふん、でも見たろ? レンブラント。少しの殺気でこの通りさ。……君たち、本物の強者の殺気は初めてかい? ボクはねえ、強いよ?」
エルフは余裕の笑み。
僕は思う。
このチンコ……確かに強い。
それに、パラケストとモルドレイを倒すほどの魔導師が守護者筆頭ではない……?
まさかこのチンコが守護者筆頭だとは……。
このチンコ臭い男エルフが、守護者最強なのだろうか?
「そうだね、ここを通りたかったら、ボクたちを倒さなければならない。守護者の掟はこの門を通る魔物も人間も撃退することが鉄則なんだ。つまり、ボクたちを倒せば、魔物も人間もここを通れるわけだ」
チンコは言った。
それに、ドワーフの守護者が反論する。
「筆頭、通せば良かろう……? 死にたがりを助ける道理はない。我らは魔物から人間を守るのが本分であって──」
そんなドワーフに、兎族の男が言う。
「覇斬侯、そいつは違うなあ。コイツらが門を壊そうとする人類の反乱分子じゃないって保証がねえ以上、ここは通せねえ。……それに、ココを通ろうとする魔物を倒せばその分報酬が出る。……そりゃ、ここを通ろうとする人間を倒しても出るんだろ? だったら、俺はコイツらを通さないことに賛成するぜ。……いや、待てよ? 違うなあ、それじゃあダメだ」
兎族の男はしばらく考えてから言った。
「そうだ! お前ら、ここを通れ! 俺はそれを倒す! これで報奨はたんまりだ! 我ながら名案!」
「……ふん、金の亡者め!」
覇斬侯と呼ばれた盲目のドワーフが嫌悪を隠しもせずに言った。
「なんとでも言えや。俺は金のために守護者やってんだ、だからこそ、ここは譲れねえ。レイセフ、てめえはどうだ?」
「わたしは何でも良いよ、ブラッド。神がお赦しになるなら、どちらでも」
あくびをしながらレイセフと呼ばれたシスターは答えた。
エルフの男は言う。
「そう言えば、名乗りが遅れたね? 守護者筆頭、トランキュール・サタルフェルだ。シャルル・グリムリープだっけ? 君の噂は聞いているよ、演武祭を優勝したって?」
「……」
僕は何も答えない。
「……ふん、まあいい。臥竜門を通りたければ、ボクたちを倒すことさ」
なんか戦う感じになってしまった。
心の中でチンコって呼んでごめんと謝ったら、通してくれるだろうか?
ひとまず、僕はトランキュールに尋ねる。
「なあ、なんで臥竜門を通るのがダメなんだ? 通るだけなら、あんたらに迷惑はかけないだろ?」
「いいや、迷惑だ。聖女メディア・コルギスの南伐が失敗に終わった直後、南方からスタンビートと呼ばれるほどの魔物の大群が押し寄せた。君たちがここを通って南方に入り全滅した後、またスタンビートが起こらないとは限らない。ボクたち人間は南方を刺激しないに越したことはないんだ」
「でもそれ、いつか北方も滅びるじゃん。今でもリーズヘヴンの南部はたまに魔物の大群に襲われてるんだ。今でこそ守り切れているけど、それがいつまで持つかはわからないだろ」
「いつかはいつかだ、今ではない」
つまり、自分の世代が滅びるわけではないから、現状維持で良いと。
僕の前世の日本の政治家みたいな思想だ。
「話にならんな」
「同感だ」
トランキュールは腰からワンドを引き抜いた。
……無理そうだな。
こちらも譲る気はない以上、戦いになるのだろう。
しかし、それはそれで良いのだが、勝てるだろうか。
このトランキュールと老魔導師の男は特に強い。
当たり前ではある。
守護者は人類最強の五人がなるというのが、設立当初の決まりなのだ。
つまり、名目上はこの五人が、人類最強の強者なのだ。
「……そっちから五人出すと良い。ボクたち五人が受けて立とう。どうだい? 受けるかい?」
一対一の戦いを受けると言うことだろうか。
どうせなら八対五の方が……。
「受ける! 殺ろう!」
イズリーがぴょんぴょん跳ねながら言う。
「よし、なら決まりだ」
「ふふふーん、全員でかかってきてもいいんだよ!」
調子に乗りまくるイズリー。
「守護者が寄ってたかってではこちらも格好がつかないからね」
……今さら八対五でとは言えない雰囲気である。
「そこの犬耳、お前の相手は俺だ」
兎族のブラッドがライカを指名した。
やはり、何か因縁があるのだろうか?
「ほう……? 主様」
殺る気満々のライカに見つめられては、僕もどうにも断れない。
「あ、うん、頑張って」
「はい!」
ライカとブラッドは獣人同士、その場から離れた。
臥竜門の前に広がるのはだだっ広い荒野なので、この場からでも見える距離ではある。
「グリムリープ卿!?」
ギレンが『え、戦うの!?』みたいな顔で叫ぶ。
イズリーにこの手の話を聞かれた瞬間から、僕はほとんど全てを諦めている。
それに平和的な解決は無理そうだ。
「姉さまだけそれはズルいです。わたくしは……そのドワーフにしましょう」
ニコだ。
意外にもニコのワガママが発動した。
まさか盲目のドワーフを選ぶとは思わなかった。
盲目対決というのは、若干興味がある。
見ることもなく相手の種族を言い当てたニコを盲目と呼べるのかは謎だが。
できれば強大な戦力であるニコはトランキュールかレンブラントに当てたかったが……。
ニコに指名されたドワーフは不承不承といった雰囲気で、ニコと共に離れる。
それを横目で追っていたシスターが、ムウちゃんを指差して言う。
「はあ……めんどくさ。わたしはそのダークエルフにする。なんか一番キャラが濃いし。彼女なら神もお赦しになりそう」
「むう?」
「ムウちゃんが指名された!」
イズリーが飛び跳ねる。
「ムウちゃんて言うんだ……。変な名前。神の救いがあるといいね……。さ、あっちでやろ」
気怠そうなシスターにムウちゃんが連れて行かれた。
全てを諦めたのか、ギレンは一人の守護者を見つめる。
「……致し方なし。レンブラントは余が何とかしよう。守護者筆頭は任せるぞ、グリムリープ卿!」
そう言うと、ギレンと老魔導師のレンブラントはその場を後にした。
残されたのは、僕とトランキュール。
イズリーが「よーし! ヤル気出てきたあー! あ、そだそだ、オルとロスを装着しなくちゃ! にしし、ちゃんと昨日磨いておいて良かったですねえ」なんて言いながら、自分の荷物をごそごそと漁って得物のグローブを探している。
「さて、コチラも始めようか?」
トランキュールは僕に言う。
あれ……?
待てよ?
こうなると、イズリーの相手は……?
ワンドを僕に向けるトランキュール。
ふとイズリーを見る。
両腕に無骨なグローブを装備したイズリーが僕とトランキュールを交互に見ている。
「あれ……あたしは? あたしの相手は……?」
先生の『二人組を組んでください』の無情な号令にあぶれてしまった切ない陰キャのようなイズリー。
「あらあら、私もご指名はいただけませんでしたわね。残念です」
ミリアはそう言うが、あまり気にしてはいなそうだ。
「ミリアちゃん! それどころじゃないよ! あたしすごいことに気付いちゃった! これねえ、あっちの人数が足りてない!」
「え、ええ、そうですわね……。え? 今さらですの?」
……イズリー。
「……イズリーはムウちゃんの戦いでも見てきたらいい。……ムウちゃんの相手はムウちゃんよりも遥かに強い。……ムウちゃんが負けたら、もしかしたらあのシスターと戦えるかも」
ハティナの冷徹な一言に、イズリーはパッと笑顔になる。
「そっか! よし! モノロイくん、あっち行こ!」
「ちょ、イズリー殿!? 我はシャルル殿の──ぬわぁ!?」
大男が少女に首根っこを掴まれて連れ去られた。
「やれやれ、騒がしいね。まあいい、さて、改めて自己紹介といこうか?」
トランキュールは言う。
「トランキュール・サタルフェル。史上最年少にして守護者に選抜され、史上最速で守護者筆頭の座を勝ち取った、不世出の魔導師さ」
「はあ、そっすか……」
僕の目にはスキンヘッドの大男を引きずりながら颯爽とムウちゃんの元に駆けていく美少女しか入っていない。
「……随分と余裕じゃないか?」
余裕と言うか、何と言うか。
僕は普通に、面倒だったのだ。
人間を救うために魔王と戦うのに、邪魔するのはいつも人間なのだ。
それがもう心底、面倒なのである。
だから、何だろう。
トランキュールの強大さは伝わってくるのに、全く怖さを感じない。
この魔導師は、強い。
きっと、彼が言っているのはハッタリじゃない。
僕はまた、苦戦を強いられるだろう。
ウォシュレット君との戦いのように、ギレンとの戦いのように、ベロンとの戦いのように、あるいは、ジジイとの戦いのように。
勝てるかどうかも、わからない。
それでも僕は彼に対して一切の恐怖心を、畏れを、抱いていない。
「さて、行くよ? 沈黙の大魔導師と呼ばれたトランキュールの無詠唱魔法を見せてあげよう!」
……え?
待って。
無詠唱!?
「ちょっと待て!」
僕は深呼吸してからトランキュールに言う。
「無詠唱が使えるのか?」
「初めてボクをちゃんと見たね?」
「そんなことより、本当に無詠唱が使えるのか?」
コイツも、
その時、僕の内側に
──トランキュール・サタルフェルを最優先討伐対象として認識。
──
──
──
──
──
あれ、なんだろう。
なんか変なスイッチ入っちゃった?
僕は心の中で彼の名を呼んだ。
──銀色の沈黙を騙る者に断罪を。
まるで普通のことのように答えた。
喋ったのだろうか、これは?
とにかく、僕は生まれて初めて
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