第269話 玉座
知恵の大樹、イギュノーム。
今日、僕たちは大樹を出る。
目的地は南方。
魔物の巣窟。
魔王の棲家。
僕は旅の仲間を引き連れてイギュノームの出入り口である大門まで歩いてきた。
慧姫ハティナ、暴鬼のイズリー、凍怒のミリア、鉄鎚のモノロイ、戦姫ライカ、聖女ニコ、賢者ムウちゃん。
今、僕が用意できる最大の戦力である。
──そして。
「グリムリープ卿」
大門の前に、勇者ギレンとデュトワが立っていた。
「ギレン……」
僕はギレンに聞きたいことがあった。
質問はシンプル。
本当について来るのか、だ。
ギレンは微笑んで「何か含むところがありそうだな?」なんて言う。
「あー……いや……別に、なんでもない」
素直に聞くのは、なんだか負けた気になる。
「ふん、意地を張るな。今日より我らは仲間であろう」
「ああ? お前、仲間ってもんを──」
僕の悪態を遮って、デュトワが言う。
「兄弟、陛下を頼む」
ギレンはともかく、コイツに頭は上がらない。
だから、僕はこう返す。
「コイツが死んだら連絡するよ、その時は僕の下で働いてくれ」
「ふん、余はそう簡単に討ち取られたりはせぬ」
ギレンは余裕の笑みである。
こいつ、こんなキャラだったか?
僕は努めて訝しげな視線を送るが、デュトワはくすりと笑って言った。
「陛下は人見知りだしキザだし敵には容赦ない、その癖、心を開いたら急にお人好しになる。ほら、アレだ、よくいるだろ、日頃はツンケンしてるのに恋仲になると急に従順になる女が」
「ああ、王国ではそれをツンデレと呼ぶ」
「余に下卑た呼び名を使うな!」
ギレンは本気で怒っているようではないみたいだ。
演武祭で戦った時の、張り詰めるような視線じゃない。
デュトワは一連のやり取りに笑った。
「だから、仲良くしてやってくれないか? 俺は足手まといになっちまうだろうからついては行けないが、帝国の内部からサポートする。それに、残りの会議もミキュロス陛下とアスラ卿と共に足並みを揃えることで一致している」
僕は深いため息を吐いてから首を縦に振った。
「ああ、そっちは頼む。……もう政治戦はうんざりなんだ。間怠っこしいったらねーからな」
「ほう? 陛下が認めた政治の天才が土俵か
降りるなら、俺たち帝国の将来も明るいってもんだな」
僕を持ち上げるデュトワにギレンが同意する。
「全くだ、余としてはグリムリープ卿には早めにご隠居願いたいところだ。余が帝位を継いだらすぐにでも」
「あっちの魔王を倒したら、宰相職はすぐ辞めるよ。だってめんどくせーもん。代わりにニコに政治をやってもらうんだ。面倒なことはぜーんぶニコがやってくれて、僕は日がな一日、遊んで暮らすんだ」
ニコが僕の後ろで「御意」なんて返事をした。
「シャルルより、よっぽど厄介なんじゃないですか……?」
デュトワは肩を落としてギレンを見る。
「うむ。グリムリープ卿、引退は少しばかり早急すぎるであろう」
ギレンはそう言って深く頷いた。
僕たちが大門を開けて大樹の外に出ると、そこに二台の馬車が停まっていた。
エルフの男が二人、跪いている。
僕たち王国勢を獣人国国境から護衛した防人のエルフ。
蒼髪のガッツ溢れるエルフ、セフィロムと、その兄貴分のケルビンである。
ケルビンは丁寧な態度で言った。
「臥竜門までお供いたします。我れらが王は議会の準備がございます故、お見送りができませぬが、グリムリープ卿の野望の成就を願っていると……。それから、呪いの件に関して最大の謝意を……」
政治的な体裁として、プリンシパリアは僕たちの南方入りを公認することができないのだろう。
僕たちは北方議会の承認を得ずに南方入りするのだから、当たり前ではある。
「……頼もうか」
僕はそれだけ告げて、早々に馬車に乗り込んだ。
馬車の外でイズリーとセフィロムが戯れあっていたが、僕は目を瞑って思考を巡らせる。
臥竜門。
あとはそこだけ突破すれば、南方入りが達成される。
南方のユグドラシル、生命の大樹カレンロウはカナン大河を渡りきってからそう距離はない。
やっと。
やっと辿りつく。
やっと殺せる。
目指すは、もう一人の魔王の玉座。
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