第267話 君臨する魔王
森の奥から、焦げて燻ったローブを纏った大男が現れる。
元から色黒のモノロイだが、煤で余計に黒くなっている。
ボロボロになったモノロイは呟く。
「シャルル殿は無傷でしたか……」
切ない。
実に切ない。
モノロイは花火のように見事に打ち上げられて錐揉み回転していたが、僕には魔法の対象になった感覚はなかった。
そもそも僕は
仮説は二つ。
イズリーが僕とモノロイを同時に攻撃し、僕は
僕の訝しげな視線に気付いたのか、イズリーはぴょんぴょんと跳ねながら言った。
「あたし、シャルルしか攻撃してない!」
「……」
「……」
「……」
この瞬間の僕とモノロイとライカは思考を共有していたはずだ。
僕たちの脳裏に浮かんだ言葉は『ホントかお前』だ。
「ほんとだよ!? ほんとのほんとにシャルルを狙ったの! だけどねえ、なんでかなあ、モノロイくんに当たった」
「なんでこの距離で撃った魔法が逃げてったモノロイに直撃するんだよ!?」
僕は皆を代弁してそう言った。
「然り! イズリー殿! あんまりではないか!」
僕に便乗してモノロイも不平を漏らす。
「そりゃ、モノロイくんに魔法が当たった方が面白いけどさ、でもほんとのほんとのほんとなんだもん! 今はシャルルの……ぷぷぷ、シャルル、変なカッコ」
イズリーは真っ黒なフード付きポンチョを頭からかぶってコウモリの羽を生やす僕を見て笑いを堪えるように口を抑えた。
「今現在の僕のビジュアルのことはいい!」
猛烈に抗議する。
イズリーとは言え失敬だ!
せめて中学二年生が見たら憧れそうとか何とか言ってほしい!
「もう一度、今度は小さな魔法で試してみては如何でしょう?」
冷静なライカの言葉に、僕たちは頷き合った。
「いきます!」
イズリーが準備万端とばかりに叫ぶ。
「
僕のしつこすぎる念押しに、イズリーは肩をすくめた。
「心配性だなあ、あたしだって魔導学園卒業生なんだから、そのくらいわかってるよ」
「卒業しても自分の名前を書けなかったじゃないか!」
イズリーは四浪五浪当たり前のリーズヘヴン王国最高学府である王立魔導学園を一発合格で入学し一度も留年せずに卒業した。
学歴だけ見れば秀才だし、実技試験の得点は天才的だったが、同時に筆記テストは全て赤点で卒業した生粋の、いや、奇跡の馬鹿である。
「にしし、王国のカラスを舐めないでよね! 今は書けるようになったもん、近くにタグライトくんがいればね!」
「それ書いてるのタグライトだろ絶対!」
「まあまあ、細かいことはいいじゃない。じゃ、いきますよー!」
僕の抗議には全く耳を貸さず、イズリーは僕に指先を向けて
ふと、モノロイが気になって目線を移す。
不運にも再度モノロイが犠牲になることはないだろうが、ちゃんと隠れているのかが気になったのだ。
大柄な益荒男が、木の影に隠れてこちらを伺っている。
──すこーん!
鹿威しのような軽快な音が森に響いた。
「うぐぅ」
久しぶりに聞いた声が、遅れて僕に届く。
モノロイの額に、小石が直撃した音だった。
「あれ……どゆこと?」
イズリーは僕を指差したまま、キョトンとして仰向けに倒れたモノロイを見つめる。
ライカは顔を驚愕に染めて叫んだ。
「主様! 魔法の軌道が……!」
僕はその瞬間を見逃していたが、ライカはしっかりとイズリーの放った
「どうなってる? またモノロイに当たったぞ!」
新型
ライカは考え込むように逡巡し、そして僕の目を見て口を開いた。
「イズリー様の魔法が主様の目の前で消えて、次の瞬間にはモノロイの眼前に現れました。これは、魔法の軌道が逸れたなんて次元の話ではなく……、まるで魔法が──」
ライカの言葉の途中で、額を赤くして仰向けに倒れていたモノロイがムクリと起きた。
「な、何故、必ず我に……」
そこまで言って、彼の鼻から血が垂れる。
モノロイの顎から鼻血が地面に落ちる前に、彼は気絶して再び仰向けに倒れて動かなくなった。
「モノローイ!!!」
倒れたモノロイは一旦ソフィーで
そして判明する、
コウモリのような形状の羽を六枚生やす魔法。
そのうちの二枚の羽が、ボロボロのフード付きローブを形作る魔法。
そして、自らに向けられた魔法を吸収し、自身の視線の先に再度放つ魔法。
このスキルを起動するとどうなるか?
敵の魔導師は僕を魔法で害する術を失い、そして僕の視線の先から逃げない限り、自らが放った魔法が回避困難な至近距離で自身を襲うことになる。
この魔法を起動に必要な条件はただ一つ。
フーブランシュ。
伝説の杖。
火の枝。
龍の延髄。
あるいは──
──魔王の杖。
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