第255話 美醜
エルフの文官の「本日の会議はこれまでとし、また明日に再開致しましょう」と言う声で、この日の会議は解散となった。
各国の元首たちはそそくさと退室し、議場にはリーズヘヴンと帝国、そしてエルフ国が残った。
ギレンの『どういうつもりだ?』という目線が痛い。
僕は議場の全員に向かって言う。
「ここに残った皆様に問いたいのですが、北方諸国共栄会議の存在意義ってなんでしょうね? この会議は何百年も続く伝統、世界中の重鎮が集まるわけですから、仲良しこよしでこれまで行われてきたわけではないでしょう?」
皆が怪訝そうな顔で僕を見る。
「無論、大陸北方に残った人類の発展のために相違なかろう」
ギレンが言う。
「そうですねぇ〜、やはりギレン殿下の仰る通り生存圏を大陸の北方のみに追いやられた人類を守り発展させることこそ、この会議の本懐かとぉ〜」
うるせえブス!
僕は喉元まで出かけた暴言をグッと呑み込む。
「……人類の発展、なるほどよく聞く言葉ですが私にとっては綺麗事です。だってそうでしょう? 人類の発展に最も寄与するものがあるとすれば、それは大陸の南方という肥沃な大地に他ならないのですから。それを何百年も放置しておきながら、人類の発展のため……? ちゃんちゃら可笑しな話です。大言壮語も甚だしい、これからは『魔王という得体の知れない怪物が世界の半分を蹂躙している様を座して見守る会議』と改めるのが宜しかろう」
ブスとイケメンは黙ったが、エルフの文官が吠える。
「北方人類の幾百年を可笑しいとは何事か! 我らとて座して死を待つ気は一切ござらん! 南方不可侵の約定にはやんごとなき理由が──」
「ならば問おう──」
文官が良い終わる前に、僕がカットインする。
「──文明は誰の物か? 歴史は誰の物か? この世界は……誰が為にあるのか?」
僕の問いに、エルフの文官は口籠りながら答える。
「無論、我ら人類の物」
「我ら人類? くくく……おっと失礼、人類かあ。……そうかぁ、人類ねえ」
「何か、笑えるようなことを申しましたかな?」
文官が言う。
僕はそれを嘲笑ってから、続ける。
「貴殿らの言う人類ってのは、どこからどこまでを言うんだ? 例えば南方の魔王は? アレも元は人類だろう? そして、敢えて問おう。……果たして貴殿らエルフの言う人類に、知性ある魔物は入るのかな?」
僕の言葉にミキュロスとモノロイはクエスチョンマークを浮かべ、ギレンは静かに目を伏せ、エルフの文官と武官、そして女帝プリンシパリアは表情を強ばらせる。
「……知性ある魔物? ……そ、それは王国流の比喩表現か何かですかな?」
エルフの文官は頬を引き攣らせながらそう言った。
「僕のジョブは魔王、ギレン殿下は勇者。我らの持つ特別なジョブは、いわゆる戦士や魔導師のような一般的なジョブと大差はない。ないがしかし、一つの稀有な特性を有している」
「稀有な……特性」
「魔物特効。僕たちの魔力は魔物の魔力抵抗を受けない。僕らの魔法はいとも簡単に魔物を焼き、抉り、その腐った臓物を白日に晒して塵芥に変える。……つまり僕たちは魔物を殺し、屠り、滅ぼすためにこのジョブを授かった」
エルフ国の三人がごくりと喉を鳴らす。
「故に矮小たる魔物の稚拙な能力は……我らには効かない」
エルフの女帝は諦めたようにため息を吐く。
それを無視して僕は続ける。
「見えているんだよ、僕たちには。プリンシパリア、あんたの本当の姿が。……はっきり言うが、僕とギレン殿下の思う人類という区切りには、知性ある魔物は入っていない」
そこまで言って、エルフの文官はその場に跪いた。
「グリムリープ卿! どうか、どうかそれだけは!」
文官のアクションで、女帝プリンシパリアにただならぬ理由、もしくは秘密があるのはわかった。
正直なところ、未だに僕はこのブスを魔物だとは思っていない。
ギレンとニコは違うらしいが、僕にはどうしてもこのブスが魔物のような下卑た存在には思えないのだ。
ブスだがな。
他を圧倒するほどのブスだがな。
だから、これはハッタリ。
このブスの存在を測るためのブラフ。
このブスが人間側なら、僕は例えブスでも彼女を護ろうと思う。
この女帝が魔物側なら、僕は例え女帝でも彼女を殺そうと思う。
僕は僕の目的に真っ直ぐ進む。
真っ直ぐ、真っ直ぐ。
まわり道はしない。
壁があればぶっ壊す。
ぶっ壊せなけりゃ穴を掘る。
真っ直ぐ真っ直ぐ。
誰にも邪魔はさせない。
覚悟ならある。
罪も罰も平らげる覚悟。
悪名も不名誉も喰らい尽くす覚悟。
僕の目的は揺るがない。
揺るがせない。
何者にも。
何事にも。
世界。
人類。
主義。
矜持。
正義。
知ったことじゃない。
綺麗事はいらない。
お為ごかしは知らない。
僕は僕の目的のために在る。
僕の目的は僕のために在る。
そして僕自身は愛するあの娘のためにこそ、在る。
エルフの女帝プリンシパリアは跪く文官に向けて口を開いた。
「立ちなさい、エルフの誇りをお忘れですか」
そこに、ぶりっ子のブスはいなかった。
「全て、お話しします。それを踏まえた上で、私はエルフの女帝として在りましょう」
凛と背筋を伸ばしたエルフの女帝プリンシパリア。
僕は気高き彼女を、美しいと思った。
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