第254話 直感

「……」


 僕とギレンを不思議そうな顔で見つめる衛兵。


 議場の扉の前に立つ衛兵と僕たちの間に、なんとも言えない微妙な空気が流れる。


「……こ、こんちは〜」


 耐えられなくなった僕がそう言うと、ハッと何かに気付いたように衛兵は背筋を伸ばした。


「こ、これはグリムリープ卿……? と、マルムガルム殿下……? い、いつの間に外に……」


 僕が臨戦体制を取った時、この人はいの一番に議場に駆けつけて来ていた。


 が、その記憶はミザハの絞首の忘却スリップノットによって封じられている。


 議場に扉は二つ。


 一つはここで、もう一つはエルフの王宮に通じる扉。


 彼からすれば、一度部屋に入ったはずの男がまた入りにノコノコやって来たわけだから、訳がわからなくもなるだろう。


「……えーと」


 僕がどうやって言い繕おうか迷っていると、隣に立つギレンがぶっきらぼうに言った。


「とっとと扉を開けるが良い、他国の元首の時間を浪費させることが、貴様の仕事か?」


 ギレンの言葉に、衛兵はすぐさま扉を開いて叫ぶ。


「マルムガルム帝国皇太子、ギレン・マルムガルム様! 並びにリーズヘヴン王国宰相、シャルル・グリムリープ様! ご入室です!」


 ついでに陰陽の具現アストロノーツで姿を消したニコもいるはずなのだが、当然彼にも僕にも姿は見えない。


「あらあら〜、どちらに行ってらしたので?」


 緑色のモンスター……じゃなくて、エルフの女帝が言った。


「ふん」


 ギレンは不機嫌そうに自分の席に着く。


 背後のデュトワが何事かを耳打ちするが、ギレンはそれを片手を上げて制した。


「……シャルル殿、何をされてあったのです……一時、議場は騒然としましたぞ」


 ミキュロスの背後に立った僕の隣で、モノロイが小声で話しかけて来た。


「……戦闘になるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」


 僕も小声で返すと、モノロイは怪訝そうにしながらも黙って頷いた。


「余とシャルル・グリムリープ殿が断りなく中座した件は詫びよう、それよりまずは会議だ」


 我が物顔でそう言うギレンの言葉は、まるで反論を許さないような威圧を含んでいる。


 僕はここぞとばかりに援護射撃にまわる。


「私とギレン様の中座はやんごとなき理由故、ですので、それをここでお話しするわけにも参りません。どうぞ会議を続けて下さい」


 獣人国のミザハは当然と言わんばかりに頷き、もう一つの獣人国代表ユリムエルは蒼白い顔で僕を見ている。


 皇国の大教皇、ルーゴン・ゴンドールはすでに拷問きょういく済みなのもあって『では、会議を始めましょう』などと言って話を進めようとしている。


そんな議場の空気を悟ったのか「ふうん、まあ、いいですわよ〜、会議を始めましょ〜」などと殿堂入り級のブスが言う。


 しかし、見れば見るほど不細工なツラだ。


 このレベルまでいけばブスを通り越して、もはや趣があると言っても過言ではなかろう。


 もし僕の転生先がコイツだったら、乳歯が生え揃った瞬間に舌を噛んで自殺しただろうと断言できる。


 僕の顔も超絶イケメンとまでは言わないがしかし、童顔なこともあって少なくともコレよりは大いにマシだ。


 なので僕は少しだけあのクソッタレな女神に感謝することにした。




 ようやく始まった北方諸国共栄会議は、めちゃくちゃつまらなかった。


 新たに建国されたミザハ率いるクロウネピアに関する他国との協定の締結、これまでの慣例に倣った協定の再確認。


 僕の必要性など1ミリもない話し合いだ。


 イズリーを護衛に連れて来なくて本当によかった。


 こんな話合、彼女は2秒もあれば立ったまま居眠りを始めるだろうし、起きたら起きたで癇癪を起こすに違いないからだ。


 会議はその後、何度かの休憩を挟みながら数時間かけて行われた。


 そして、この長すぎる会議に終わりが見えたその時、エキセントリックな顔面の女エルフ(?)が言った。


「最後に、南方の魔王についてですがぁ──」

 

 僕の背筋がパリッと伸び、ギレンの眉間に皺が寄る。


「──我々、エルフ国としてはぁ、当面の不可侵条約の制定を提案いたしますぅ〜」


 ミキュロスがそれに対して口を開きかけたが、それをクソブスの言葉が遮る。


「マルムガルム帝国とは既に話がついておりますぅ〜。獣人国がこのような状況ですしぃ、皇国と王国間でもいざこざがありぃ、北方を守る我々人類がやることはぁ、まず我々が一致団結することではないかとぉ〜」


 僕は反論しようと思ったが、それより早く背筋に悪寒が走る。


 陰陽の具現アストロノーツで隠れたニコの存在や彼女の殺気を僕が感知できるわけもないが、しかし彼女ならこのタイミングで事に及ぶのではないかという直感。


 まさに第六感が、僕にニコの行動をいち早く伝えたような気がする。


「……待て」


 僕は考えるより早く、そう呟く。


 ニコに向けて言った言葉だが、ブサイク特有の自意識過剰さを持つ、一周半まわってオシャレな顔面の女が反応した。


「あらあらぁ〜、グリムリープ卿ぉ? 何か意見をお持ちですかぁ〜?」


 ニコがその気だったら、まるで『面倒見が良く気立の良い姉御肌ではあるがビジュアル面に難のある女上司が、やる気はあるが経験不足でポカをやらかす新入社員』に対して発しそうな「あらあらぁ〜?」などという感嘆詞を言い終わる前にこの第三次世界大戦的ブスを仕留めていたはずだ。


 僕の読みが合っていれば、ニコはコイツが人間だったとしても殺していただろう。


 僕の魔王討伐の邪魔になる人間を、彼女が捨て置くはずもないからだ。


 ひとまず、ニコが僕の言葉を察して止まったことに安堵する。


 そして、僕の言葉と同時にギレンがすぐに動ける体勢を取ったのがわかった。


 この先は、いつ戦闘になってもおかしくない。


 このモンスターフェイスが本当に魔物であれば、の話だが。


「エルフ国が女帝殿──」


「プリンシパリアと申しますぅ〜」


「プリンシパリア陛下、できれば私と二人でお話する機会をお与え下さいませんか? おそらく、貴女の力になれると思うのです」


 僕の申し出に、一番驚いたのは僕自身だろう。


 僕は下らない議論で疲弊したことで、逆に冴え渡った直感を信じることにした。


 この女は魔物ではない、という直感。


 魔物より醜悪な顔面ではあるがしかし、中身は人間に近い存在であるという直感だ。


 思えば、初めて会った時のモノロイは強面でマッチョなイメージだった。


 それがあんなに弱いなんて思わなかったし、こんなに強くなるなんて思わなかった。


 見た目も行動もクソッタレなミキュロスと刎頸の交わりの如く一連托生になるとも、彼と出会った時には思わなかった。


 ニコのように可憐な美少女が、こんなに残虐で苛烈な思想の持ち主だとは思わなかった。


 僕はこれまで何人もの敵や仲間と出会ったが、彼らのイメージが通り一辺倒で終わったことはなかった。


 こんな言い方は大それていて甚だしいが、人間はいつだって僕の期待を上回る。


 だとすれば、僕が最初に抱いたこの圧倒的ブスに対するイメージも……。


 僕の申し出に、ギレンは困惑した様子だ。


 しかし彼は何も言わない。


 ニコがこの部屋に潜んでいることを警戒しているのかもしれないし、全く違った理由かもしれない。


 僕は続ける。


「これまで我がリーズヘヴン王国は弱小国家だと思われてきましたが、国内での我々世代の台頭でその認識は改めていただかねばなりません。……我が国の獣人国戦役での情報は既に各国の間謀の知るところでしょうから敢えて明らかにしますが、我々が新設した特殊部隊、魔王の精鋭アザゼルはこの世界の軍事を根底から覆す存在です。……なぜなら、魔王の精鋭アザゼルの兵士は魔法を克服した存在だからです。こちらは魔法で敵を掃討できるが、敵からの魔法は我らには通じない。つまり、現時点で世界最強の軍隊は帝国の不死隊サリエラではなく、リーズヘヴンの魔王の精鋭アザゼルなのです」


「……」


 初めて、ブスが黙った。


 僕は思う。


 ブスは黙っていてもブスだなあ。


 思考を切り替えて続ける。


「はっきり言うが、戦争になれば魔法戦に優れるエルフ国では我が国の相手にはなりますまい。……とは言え、我らも互いに潰し合うことを望むわけではありません。そこで、話し合いを所望します。これからの百年、いや千年を左右する大切な話し合いです」


 他国の元首たちを前に、エルフ国との会合を望むのは無礼な行いだろう。


 エルフの女帝の背後に立つ文官が、彼女に何かを耳打ちした。


「……。わかりましたぁ、会議の後に会合を受け入れましょ〜。当事者である帝国ギレン殿下もご参加いただきましょうかぁ〜」


「……無論だ」


 ギレンは不服そうな顔だったが、僕はそれを敢えて見ないことにした。


 最後までブスのぶりっ子にイラついた僕ではあったが、ひとまず女帝との話し合いを取り付けることに成功した。


 

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