第253話 ニコ

「で、ニコ。その女帝が魔物かどうかを確かめる方法って何なんだ?」


 僕は隣で蒼白い顔をしているギレンを横目に尋ねる。


「はい主さま。わたくしのスキルに、創造の結実クリエイションというものがございます。このスキルの権能は魔物化の解除という特性を持つため、エルフの女帝に創造の結実クリエイションを使えばその正体も判明するものかと愚考します」


 ニコの言う通り、創造の結実クリエイションは南方の魔王が創り出した魔物を無力化し、魔物からその特性を取り除く効果を持つ。


 トークディア老師曰く、南方の魔王の持つスキルの中に想像の結実イミテイションという名のスキルがあるらしい。


 これはその名から推測するに創造の結実クリエイションの反対の作用、つまり、魔物化を促すスキルなのではないか。


 ニコのステータスプレートを見たトークディアと僕は、そんな仮説を立てていた。


 確かに、特別なスキルである創造の結実クリエイションを使えば、エルフの女帝の正体を見抜く、あるいは簡単に滅ぼすことかできるかもしれない。


 しかし問題もある。


 エルフの女帝が人間であれば、人間に対して何ら効果を及ぼすことのないこのスキルで害を受けることはないが、もし本当にエルフの女帝が魔物で、ニコの創造の結実クリエイションにより滅んでしまった場合。


 エルフに対して断りなしにその国の元首にスキルを使い何かあれば、これはもう戦争だけで済むか分からないレベルだ。


 暗殺と呼ばれても過言ではない。


 相手がたとえ、魔物であっても。


創造の結実クリエイションを使うにしても、どうやってエルフの女帝に接近するんだ? 僕とギレンは議場に入れるけど、ニコは──」


 入れないんじゃないだろうか。


 ……なんて考えは、どうやら杞憂だったらしい。


 ニコは何でもないことのように「わたくしには陰陽の具現アストロノーツがありますから」と言った。


 陰陽の具現アストロノーツは、僕がこの世界で最も欲しているスキルの一つである。


 相手の認識から自身を隠してしまう能力。


 つまり、実際にはそこにいるのにいないものだと錯覚させてしまうスキル。


 むしろ、その場にはいないことすら他者には認識できなくしてしまうスキル。


 姿を隠すような、例えば透遁ミラージュのようなチャチな代物じゃない。


 他者の認知そのものに影響を与えてしまうチートスキルだ。


 僕はこれを使ってミキュロスと一緒に女湯を覗……ではなく、えーと、なんだ、……ほら、なんかわからんけどこう、すげー賢い感じの使い方……? とかなんかわからんけどそんな感じの雰囲気でこのスキルを世界の平和の役に立てられればどれほど幸せかと願って止まないスキルなのである。


 ニコは目を閉じたまま、言う。


「わたくしが陰陽の具現アストロノーツで姿を消したまま女帝に接近し、かの魔物に創造の結実クリエイションを使えば万事丸く収まります」


 ……やっぱ頭いいなあこの人。


 僕だったら陰陽の具現アストロノーツの使用方法なんて、覗きくらいにしか使えないぞ。


 まず間違いなく、ニコはこの世界で無敵の存在だろう。


 一対一の戦闘で、ニコに勝てる強者がこの世界にいるとは思えない。


 陰陽の具現アストロノーツなんて代物がなくても馬鹿みたいに強いのに、他者から姿を認識できなくさせるスキル、魔物を無条件で倒してしまうスキル、死んでさえいなければどんな怪我でも治してしまうスキル。


 攻守に渡って隙がないのだ。


 彼女を見ていると、僕が魔王としてこの世界に生まれ直す必要など全く無かったのではないかとすら思えてくる。


「グリムリープ、時が惜しい。それが良策であるならばすぐに実行に移すぞ。とっととそのメイドに命ずるが良い」


 謎の理由で負傷した首筋を未だに摩りながら、ギレンは僕に向けてそう言う。


 ニコのことは見ようともしない。


「ギレンさま、主さまに命令しないでいただけますか?」


「う……うむ、無論だ。これは命令などでは……ない。断じてない、なんだ……、これは、そのう……」


 困り果てた様子のギレンに、僕は助け舟を出す。


「た、頼み事だろう。そーゆーのを、友人への頼み事と言う」


「それだ! グリムリープ、珍しく冴えているな!」


 僕とギレンの間には、これまた謎の同盟関係が築かれていた。


 ギレンはもう、ニコに逆らうほどの戦意はないだろう。


 さすがの勇者と言えど、解ってしまっているはずだ。


 ニコという存在の持つ真の意味に。


 一騎当千。


 有智高才。


 彼女はそんな生温い言葉では言い表せないほどの力を持っている。


 生物としての一個体が持ち得る力を超越した存在なのだ。


 冠前絶後。


 彼女以上の存在はこれまでも、そしてこれからも、この世に生まれはしないだろう。


 今では僕もまた、ギレンがニコに殺されてしまうのは忍びなくなってきている。


 かつて僕を殺そうとしたこの男を、僕は何故か守ろうとしている。


 僕にとっては、それまた謎の心境なのだ。


 少し前までは、隙あらば殺してしまおうなんて考えていたと言うのに。


 今まさに目の前に存在しているニコという圧倒的な強者。


 悪く転べば、人類の最大の脅威となるであろう強者。


 そんな彼女の存在が、まるで僕とギレンの間に置かれたパンドラの箱のように、僕たちを影から結びつけている。


 僕は、もしかすると魔物とも分かり合えるかも知れないなんてことを考えてから、その考えを捨てるように首を振った。


「ニコ、ギレン、とにかく何をするにも僕たちはあのドブスの前に行かなければならない。……議場に戻ろう」

 

 ニコは頬を緩めて頷き、ギレンはそんなニコを横目で見ながら、彼女につられるように首を縦に振った。

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