第252話 お友達
ギレンの様子は気になったが、僕はひとまず話を進める。
「……とりあえず、次のことを考えよう」
気持ちを切り替えたように、ギレンは強く頷いた。
「エルフの女帝になりすました魔物を、どうやって討伐するかだな」
「いや、そうじゃない……と思う」
僕の中ではまだ考えが纏まってはいなかったが、ギレンの言葉で何に引っかかっているのかには気付いた。
「そうじゃないだと?」
ギレンの問いに僕は答える。
「お前が言うように、エルフの女帝が本当に魔物なのだと仮定しよう。何故、エルフは滅びていないんだ?」
「……どういうことだ?」
「魔物はその本能で、人類を滅ぼそうとしているはずだろう? なら何故、国の最高権力者とまでなったあの魔物は、未だにエルフ国を……いや、エルフという種族を滅ぼしていないのかってことだよ。今まで僕たちは深淵エンシェント、奈落アビス、首無し騎士のデュラハンみたいな強力な魔物と戦ってきたが、アイツらに理性があったとは思えないんだ。けれど、あの女帝は回復魔法を唱えようとした。魔法が使える魔物ってのも驚きだが、あそこまで理性的な魔物には出会ったことがない」
「……ふむ、確かにあの魔物は異質だ。だが社会性に似た性質を持った魔物自体は確認されている。オークはその代表例であるし、コッカーのように低俗な魔物ですら人の武器を拾って使うであろう」
「人語を解すわけではないだろう? それに、オークもコッカーも群単位で動くだけで互いに意思の疎通はしていないんじゃなかったか?」
「それは当然そうだ。奴らに文明などないのだから、言語など持ちようはずもない。だが、オークが時折連携して集団戦術を用いることは確認されている」
僕が以前、カルゴロスをランザウェイの当主に据えた際、王国南部を襲ったオークも連携しているように見えた。
しかし、アレは南方の魔王がデュラハンを介して操っていただけなのだ。
だが、この情報を知る者は少ないはずだ。
何故なら、それはデュラハンから伸びていた魔力の糸を念しで辿るという、本来ならあり得ない方法で偶然、掴んだ情報なのだから。
あの時、たまたま運が良かっただけだ。
南方の魔王が直接操る魔物にパラケスト秘伝の四則法の念しを使える魔導師が遭遇し、さらに魔物から伸びる魔力の糸に気付いてそれを手繰るなんてことが起こる確率。
考えるまでもない、宝くじにでも当たるようなものだ。
僕はギレンにそのことを話すか迷ったが、敢えて伏せておくことにした。
ギレンがこの先も仲間だとは限らないし、何よりコイツは南方の魔王討伐には消極的だからだ。
「魔物が文明を持たないのだとしたら、やっぱりあの女帝が魔物なのに文明に溶け込んでいるのはおかしいだろう。やっぱり、ただブスなだけなんじゃ……」
「あ、主さま……」
ニコは言葉にしないが、流石にそれはないだろうと考えているようだ。
ただのブスにしちゃあインパクトが強過ぎる見てくれだからだろうか。
ニコには女帝の容姿は見えていない筈ではあるが。
「グリムリープ、貴様も見たであろう? アレは無器量という範疇を逸脱しておろう」
「おま……。お前なあ、もし本当にあの女帝が魔物じゃなくて、ただのキングオブ不細工だったとしたら、めちゃくちゃ酷いこと言ってるぞ!?」
「肌が緑色で下顎から牙が頬まで伸びている人間がいるものか! それに貴様の方がよっぽど酷いことを言っておろうが!」
「僕もあんな人間初めて見たよ」
「だから人間ではないと言っている!」
「主さま……此度ばかりは、おそらくギレンさまの言が正しいかと。わたくしは眼が見えませんが、モノロイさまやミキュロスさまには普通のエルフに見えていた様子でした。おそらく、ムウちゃんの持つ
俄には信じがたいが、ニコが言うならそうなのかもしれない。
しかし、疑問が晴れたわけではない。
文明に順応した魔物の存在。
そして人間になりすまし、社会に溶け込んでいる魔物。
もし、そんな魔物がいるとしたら、人類にはなす術がない。
内側から蝕む毒のように、人類は文明に溶け込める魔物によって徐々に消されていくことになるだろう。
それに、もしも理性を持つ魔物がいるのだとしたら。
僕たち人類から見たドワーフやエルフ、あるいは獣人といった亜人種と何が違うと言うのだろうか。
そのことに、ギレンは気付いているのだろうか。
人種と亜人種の境界線なんてものは、僕の中にはほとんど存在しない。
前の世界にも人種という括りはあったが、せいぜいが肌の色や宗教による色分け。
この世界ほど多様性に富んでいたわけでもない。
こう見えて、僕はエルフの男以外は差別しない主義だ。
もしも人間に近い魔物がいたとすれば、おそらく僕はあっさりとそれを受け入れてしまうだろう。
ましてやそれが、美少女なら尚更。
「ひとつ、魔物かどうかを見分ける策がございます」
ニコが言った。
それに対して、ギレンが返す。
「誠か!? ならばすぐに行動に移るぞ!」
食い気味のギレンにニコはしれっと答える。
「嫌です」
「……は?」
ギレンは虚をつかれたような声を漏らす。
「嫌です」
続けて言うニコに、またもギレンは食い気味に返す。
「……嫌って、何故だ!?」
「わたくしは聖女だからです」
「聖女……。皇国が欲していた特別なジョブか。なるほど、それで皇国は王国に戦を仕掛けたわけか……で、それが何の理由になる」
「わたくしは
「……
「ですから、聖女ニコも
「……」
「……」
僕もギレンも黙った。
……それって今言うべきことなのだろうか。
僕より早く、ギレンは口を開く。
「今言うべきことか!?」
ギレンと同じ思考なのは釈然としないが、全くその通りだ。
「わたくしにとっては、自らの命より大切な矜持にございます」
「正気か貴様! このうつけの何処にそんな魅力がある!? こんないい加減な人間のどこにそこまで惹かれると言うのだ!」
さすがに言い過ぎじゃない?
僕はひっそりと傷つく。
ギレンは続ける。
「貴様ほどの知恵者なら、他の有力者から引く手数多であろう! そうだ! 余の元に来い! 俸禄は弾むし──……!」
ギレンの首を、ニコの小さな手が掴んだ。
「ギレン様こそ正気ですか?」
ニコの短い言葉の節々に、怒りと憎悪が滲んでいる。
ニコは暗く濁った眼を開いて言う。
「これまでわたくしにその手の取引きを持ち掛けた者の中に、生きて次の日の朝を迎えた幸運の持ち主は一人たりとておりません」
ギレンは苦しそうに充血した目で僕を見る。
僕は咄嗟に口を開く。
「に、ニコ! 早まるな! そ、そうだギレン、お前のことは嫌いだったけど僕たち友達になれる気がするんだ! これまで色々すまなかったな! まあ、水に流してくれ! 僕たちの間には大きな誤解や価値観の相違があるが、僕たちはそれを乗り越えて友達になれるはずだ! そうだな!? ギレン!」
ギレンは口の端に泡を浮かべながら、コクリと頷く。
ニコは少しだけ不服そうに、ギレンの首から手を離す。
ギレンの首筋には、小さな手形が残っている。
ギレンは内出血して紫色になった首筋を抑えながらゲホゲホと咳き込んだ。
うずくまるギレンに、ニコはさながら理性を持たない機械のように囁く。
「主さまとお友達になれなければ殺す主さまの期待を裏切ったら殺す主さまを怒らせたら殺す主さまに従わなければ殺す主さまに楯突けば殺す主さまのご機嫌を損ねたら殺す。……それでもいつか、絶対に殺す」
僕は暗い地下室の闇を背にしたニコに思う。
……ニコちゃんや。
……君にもいつか、素敵な友達ができると良いね。
それより魔物か人かを見分ける策ってのを教えちゃくれないものだろうか。
僕のため息は、薄暗い地下保管庫の闇に消えた。
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