第250話 勇者パーティ結成。

「ひょわー! おい! ギレン! 今のは危なかったぞ!」


 ギレンの斬撃が額を掠めて僕は叫ぶ。


「……黙って戦え! これが狂言だと見抜かれるわけにはいかん。ある程度は急所への攻撃をせねば……。どこか人目に付かぬところへ行ければ良いが」


 今、ギレンと僕は戦っているフリをしている。


 フリと言っても僕の方はコイツに隙さえあれば殺る気満々なのだが、それは相手も同じだろう。


 僕とギレンは魔法と剣戟の応酬を繰り広げたまま、エルフの王城を駆け回った。


「……む。地下室か! こっちだ、グリムリープ!」


 ギレンが見つけた地下──と言っても樹をくり抜いて造ったであろう一室だが──に入る。


 どうやら食料を貯蔵しておくための保管庫のようだ。


 ギレンはすぐに剣を背中の鞘に収めた。


「ここなら人目には付くまい。……が、場所を察知されるのは時間の問題であろうな」


「……」


 僕は押し黙る。


 戦闘開始と共に、ギレンは僕に言った。


 エルフの女帝が魔物だと。


 確かに彼女は僕の前世、つまり地球で言うところの70年代後半に天才クリエイターが創作した、ヒキガエルとチェシャ猫を混ぜた異星の化け物そっくりだった。


 いや、より直接的に言えば、ドレスを着てお嬢様口調のジャバザハットが二足歩行しているような感じ。


 ブスと言うには明らかに人間の範疇を超越した存在。

 

 しかし……。


「グリムリープ、お互い厄介なことになったな。お前はエルフ国内でその国の元首に刃を向けた、これは確実に戦になるぞ。それに、あの魔物がエルフを支配しているのだとすれば、我ら帝国とエルフ間の取引も……」


「ギレンよお、女帝を見たお前の感想には全面的に賛成だがな、流石に女の人捕まえて魔物呼ばわりは……。せめてモンスターとかそんな感じに──」


 僕はギレンとの戦いで冷静さを取り戻していた。


 いくら顔が化け物染みた造形でも、いくらエルフには似つかわしくない百貫デブでも、女性を魔物呼ばわりは気が引けるというものである。


「な……。グリムリープ、貴様も見たであろう。あの女の醜悪な姿を!」


「ギレンさあ、お前、彼女いないだろ? そーゆーのはさ、思っても口に出しちゃダメなんだぜ?」


「ふざけている場合ではなかろう!」


「わかってるわかってる。お前は真面目な人間だ。でもな、女性はそーゆー悪口には敏感なんだ」


「埒が明かん!」


 どうやらやはり、僕とギレンは分かり合えないらしい。


「主さま」


 地下保管庫の暗がりから、不意にニコが現れた。


「うわあ! びっくりしたあ!」


 僕は口から心臓を吐き出すような思いである。


「誰だ!?」


 ギレンが背中の剣を素早く抜く。


「ニコ! 何でここに! いつから!? めちゃくちゃ焦ったんだけど!」


「わたくし、会議には出席できませんでしたので近くの部屋で耳を澄ませて待機しておりました。するとご主人様とそこの愚物……失礼、勇者ギレンさまが戦闘を始めたので助太刀に参ろうとしたのですが、戦いの音色が演舞に近かったので何かお考えがあるのかと一度議場に寄ってからこちらに先回りしてお待ちしておりました」


「愚物だと!? 貴様! 余を帝国皇太子勇者ギレン・マルムガルムと知っての──」


「お待ちしておりましたって……。ここに来たのは偶然なんだけど!?」


「そこの愚物の……失礼、勇者ギレンさま如きの浅はかな考えを読むことくらい、なんてことはありません。五年後の今日この時間にそこの愚物……ではなく、勇者ギレンさまが何をしているかくらいまでなら正確に当てて見せますとも」


「マジかよすごいな君……」


「余の話を聞け! グリムリープ! 貴様の従者か!? 無礼であろう!」


 ギレンが突きつけた剣を、まるでジッと見るように瞼を開いた盲目の美少女獣人は言った。


「あまり挑発しないで下さい。でないと、今すぐにでも……壊したくなってしまいます」


「……!」


「……!」


 僕とギレンは同時に口を閉じた。


 血と臓物を混ぜ込んだヘドロに纏わりつかれるような殺気。


 心なしか、彼女の背後に大きな髑髏が見えるようだ。


 コレだけでもう、それなりの強者でも戦意を失うだろう。


「勇者ギレン様、お初にお目にかかります。リーズヘヴンがグリムリープ家メイド長、ニコと申します。巷では悪辣姉妹、あるいは血塗れの聖女、またの名を悪徳の魔女などと呼ばれております」


 ニコはメイド服のスカートの端をちょこんと摘んで礼をした。


 見た目は優雅で気品溢れるが、しかしこちらに感じさせる印象は邪悪そのものだ。


 まるで殺意と悪意が美少女の皮を被っているかのようである。


「……グリムリープ。……貴様」


「な、なんだ? ギレン」


「一体、どんな化け物を飼い慣らしているんだ……。我らが束になっても、この少女にはおよそ……」

 

 ……勝てないだろうね。


 まず間違いなく勝てないと思う。


 ニコは魔法をほとんど使わないが、うちのエロジジイ……じゃなくて、震霆パラケスト・グリムリープでも勝てない。


 ジジイ本人が言ってたから本当だ。


 ジジイ曰く。


『万が一、いんや、億が一にもニコの嬢ちゃんとケンカするようなことになったらな、全面降伏して慈悲を請うんじゃぜ。ありゃ、戦う為に生まれ殺す為に生きるかのような存在じゃぜ。世が世なら武神やら戦神やら呼ばれるような存在じゃぜ。グリムリープはおろか、リーズヘヴンは滅亡じゃぜ。こんな俺でもな、そりゃ流石に心が痛むってもんじゃぜ』


 あの馬鹿強いジジイにそこまで言わせる存在だ。


 それに、彼女は着実に強くなり続けている。


 日を追う毎に強くなるのだ。


 いや、そんな生温いもんじゃない。


 戦いの最中に成長する。


 自分より強い相手と戦っても、その相手を上回るまでその場で成長するようなイメージ。


 僕はそんなことに考えを巡らせながら、ニコに向けて言う。


「とにかくニコ、ギレンが変なこと言うんだよ。エルフの女帝が──」


「畏れながら主さま、その者の申すようにアレは魔物かと」


「それ見たことか! 余の申した通りであろう!」


 ギレンが鬼の首を取ったように言う。


「マジで? え、ただのカタストロフ級のブスじゃなくて?」


「まだ言っているのか! 肌が緑色のエルフがいるものか!」


「いや、だってエルフの女の子見たことないし」


「エルフは男女共に皆白い肌だ! だからこそダークエルフが蔑まれる!」


「へー! え、美人? やっぱ美人なの?」


「……今はそれどころではあるまい」


「いーや、それどころだ! 美人じゃないとヤル気が出ねえ! 美人か? 美人なのか?」


「……美醜は主観的な感覚であって、余が他者の──」


「ウダウダうるさいね君は! どーなん? ギレンの感想で良いよ、どーなん?」


「……まあ、見ようによっては」


「はあ? どっちだよ! むっつりかお前は! そーゆーのいらないんだよ! こう、社会一般的に見てどっちかって話だよ!」


「……アレを好む者は少なくなかろう」


 ギレンは一拍置いてから、そう言った。


「美人なのか! 美人なんだな!? 信じるぞギレン! よおーし! 俄然、殺る気が湧いてきたぜえ!」


「貴様というやつは……」


「しかしなあ、あの女帝が魔物ってのは信じられないんだよなあ。でもアレだ、どちらにせよ、ムウちゃんの仲間のダークエルフは救わなければなければならないし、没交渉なら戦もやむ無しだ」


「主さま、ですが状況は極めて逼迫しております。このままではエルフたちはご主人さまを捕らえようと動くでしょうし、ミキュロス王やモノロイさんも捕らわれるかもしれません」


 そうか。


 たしかにそうだし、それは非常に不味い。


 実質人質を取られることになるわけだし、そうなれば戦う以前の話になる。


 なぜなら、僕にモノロイとミキュロスを見捨てるという選択肢は存在しないからだ。


 それに、王国勢と言えばイズリーとハティナがいる。


 もし、あの二人が人質に取られたとすれば、僕は迷わず白旗を上げるだろう。


 僕は最悪の結末を想像し、ニコに向けて言う。


「……ニコさん、そのう、何か手はないものでしょうか?」


 隣でギレンが「家臣に取る態度とは思えぬな」だとか「王国のコウモリとは、かくも誇りを持たぬものか」なんて言うがそんなモンは一切気にしないし持たない。


 奢りと誇りで南方の魔王が倒せるなら苦労しない。


 僕は使えるものは何でも使うし、卑怯な手でも躊躇わないし、最終的に自分の得になるなら国だって命だって奪ってやるスタンスだ。


 僕とギレンが相容れない点はその辺にあるのだろうし、ギレンの弱点もおそらくその辺にあるのだろう。


 目的を果たすために必要なのは、如何にその目的に真っ直ぐであるか。


 それだけなのだと、僕は考えている。


 ただし、僕もコウモリのはしくれ。


 他者を陥れることなど朝飯前だし、裏切りなんて家業みたいなものだが、友を見捨てることは絶対にしない。


 かつて僕の祖先であるエリファス・グリムリープが親友である王国魔導師、アナスタシア・ワンスブルーのために帝国を裏切ったのと同じ。


 僕たちコウモリは、信念のために忠義を捨てる。


「先程議場に立ち寄った際にひとつだけ、策を弄しました。上手くいっていれば、王国の皆さまに危害が加えられることはないでしょう。しかし、通るかどうかは五分の策です」


「ニコをもってしても五分か……。通らなければ、どうなる?」


 僕はニコに問う。


「通らなければ王国勢がエルフに人質として捕らえられます。それに比べれば些細なことですが、近い将来獣人族の一切合切が滅びます」


 なぜ無関係の獣人族という人種そのものが滅びるのかは気になるところだが、今はそれどころじゃない。


 僕とニコの話を聞いて、ギレンは言った。


「とにかくシャルル・グリムリープ、余は反吐が出るほど貴様が目障りだが、魔物はそれを遥かに超えるほど目障りだ。……ここは一時休戦といこう」


 女帝が魔物かはさておき、僕も魔物は嫌いだし、そもそも僕の目的は南方の魔王の命ただひとつ。


 ここで争い合っても益はないのでひとまずギレンの申し出を受けることにした。


「気が合うな。僕もお前は嫌いだが、魔物はお前を遥かに超えるほど嫌いなんだ。……その申し出、受けようか」


「主さまの望みを叶え、主さまの思し召すままに在るのがわたくしです。主さまが滅ぼせと仰せならば滅し、護れと仰せならば護りましょう。……微力ながらわたくしにも、お手伝いさせてください!」


 ひょんなことから僕とニコとギレンのパーティが結成された。


 この世界で特別な存在である三人。


 魔王と聖女と勇者が、何やかんやで仲間になった。

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