第249話 遠い昔、はるか彼方の銀河系で。

 エルフの女帝が淑やかに、そして厳かに部屋に入る。


 初めてのエルフの女性との邂逅に、僕の脳みそがフルパワーで現実を否定しようとしているのがわかる。


 靡く金髪。


 白に近いほど、透き通るような金。


 蒼い瞳。


 サファイアを思わせる程、蒼く煌めく両のまなこ


 身を包む純白のドレス。


 この世の穢れの全てを清めてしまうような白。


 僕は目を閉じる。


 ……そんなはずがないからだ。


 ……そんなことが、あって良いはずがない。


 僕は死んで、異世界に生まれ直した。


 最初に思ったことが、やはり異世界。


 世界のどこかにエルフと呼ばれる清廉な種族がいて、その種族の女性は軒並み美女なのであろう、ということ。


 それからこれまでの人生、色々な人に出会い、色々な種族を見てきた。


 しかしながら、僕のエルフ運は途轍もなく悪いらしい。


 ソシャゲで言えば大爆死。


 回せど回せど傷は深まるばかり。


 確率の収束という概念から見放されたかの様相を呈している。


 僕の異世界エルフガチャは、ほとんどいつも鮮やかな爆死を遂げるのだ。


 出会うエルフのほぼ全てが男性なのだから。


 ふざけんな。


 という話である。


 しかし、しかしだ。


 僕はこの溢れる才智で祖国の最高権力を手にし、エルフの女性たちの最高峰たるユグドラシルの女帝に直接会えるまでになったのだ。


 長く険しい道のりであった。


 苦難の歴史であった。


 しかし、僕は希望を持っていた。


 美人で可愛いエルフのお姉さんと、いつか会える日を信じていたからだ。


 そして僕の目の前に今、エルフの女帝その人がいる。


 僕は今一度、ゆっくりと目を開く。


 最初に大きな胸が目に入る。


 金髪、蒼眼、巨乳!


 三拍子揃っていやがる!


 僕はまたゆっくりと目を閉じ、再度ゆっくりと目を開く。


 エルフの女帝の腰。


 そこから下に視線をずらす。


 大きなお尻だ。


 純白のドレスが悲鳴を上げんばかりに、みっちりとボディラインに沿っている。


 巨乳!


 巨尻!


 恵体と言わずして何と言おうか!


 そこで、僕はまたも目を閉じて深呼吸する。


 美人の要素、否。


 僕の個人的な好みのタイプ全てを網羅した美女を、僕は見る。


 意を決して見る!


 現実逃避した僕の表層心理の裏側で、誰かが『逃げるな』と囁いた気がした。


 僕の開かれた両目に、まさしく光の速さでエルフの女帝の姿が映る。


 大きなお胸!


 大きなお尻!


 大きなお腹!?


 ボン! ボン!!! ボン!


 まるでダルマのようなシルエット!


 ダイナマイトバディーにしちゃあ爆発力が強すぎる!


 それこそ爆死してしまうくらいに!


 そしてイズリーを思わせる艶やかな金髪!


 まるでハティナを思わせる鮮やかな蒼眼!


 まさかのモノロイを思わせるぶっとい二の腕!?


 この世界の現実は、苛烈なまでに僕に厳しかった。


 僕は文字通り腰を抜かし、その場にへたり込む。


 音を立てて崩れ落ちた僕に、世界各国の首脳たちから視線が集まる。


 僕は最後の気力を振り絞り、エルフの女帝の顔を覗く。


 遠い昔、はるか彼方の銀河系のどこかにいそうな太った緑のナメクジのような化け物そっくりの容貌。


 というか、輪郭だけじゃなくて普通に肌が緑だ。


 あと歯並びも凄いことになっている。


 長い二本の牙が頬のあたりまで伸びているのだ。


 これは、なんと言うか、そう、まるで魔物みたいだ。


 魔物に似ている。


 とても魔物チックだ。


 君の瞳に完敗。


 なんて囁きたくなる。


 


 エルフの女帝の容姿は、魔物そのものの様な見た目と言ってしまっても全く過言ではないだろう。


 この世界の魔物とはつまり、南方の魔王が創り出した不思議生物だということを加味すれば、ここは敢えて魔物ではなくモンスターと言うべきだろうか。


 いや、僕だってアレだ。


 ブサ……失礼。


 人より少しだけユニークなフォルムの女の子を捕まえてモンスター呼ばわりするほど野暮じゃあないし、人を肌の色や容姿で差別するほど落ちちゃいない。


 ……と、思う。


 でも、でもだ。


 流石にあれだけ期待させといてコレはない。


 僕の勝手な言い分なのはわかってる!


 わかっちゃいるが!


 わかっちゃいるがコレはねえだろ!


 僕の中で『新たなる希望』は打ち砕かれた。


 もしも僕が都合が悪くなるとすぐに辺境の星に引き篭もってしまう緑色の老いた小さいジェダイマスターだったら、一も二もなく自慢のライトセーバーとフォースを駆使して真っ二つに切り裂くところだろう。


 僕は泣いた。


 比喩でもなんでもなく、僕は泣いて、叫んだ。


「の゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙お゙!!!!!」


 世界各国の首脳陣が一斉にドン引きしているのがわかるが、だからなんだ。


 今それどころじゃないんだ。


 僕は『自分の父親を殺した宿敵だと思っていたシュコシュコと呼吸音のうるさい黒カブトのラスボスに自分自身が君の父親だと告白された新米ジェダイが激昂する時のようなリアクション』をする事でギリギリのところで人間性を保っているんだ。


 今の僕のベクトルは完全に暗黒面に振り切っている。


 ミザハ! 


 何を不思議そうな顔でこっちを見ている!


 貴様は後で反乱軍のお姫様をたぶらかしたイケメン宇宙密輸業者のようにカーボン凍結して石板にしてやる!


 隣でモノロイが『噂には聞いていたが何と見目麗しいことか……』などと感動している。


 貴様のように未だに細い木の枝をシュコシュコと擦って火を付けている未開の原始人にはお似合いのふざけた顔面だよなあ!



「あらあらぁ、大丈夫ですかぁ? ご気分が優れない方がいるようですわよぉ」


 エルフの女帝が僕に近寄り、回復魔法を唱えようとした。


「今の僕に優しくするんじゃあねえええええええ!」


 沈黙は銀サイレンスシルバーが勝手に起動し、宵闇の天翼スカイハイ魔王の鬼謀シャーロックが発動する。


 僕から赤黒く輝く王冠と、漆黒の翼が現れる。


 エルフの護衛が何かを叫び、部屋の外から守衛が大勢駆けつけて来た。


「シャルル! おま、何考えてんだ!」


 ギレンの背後に立つデュトワの声が遠く響く。


「シャルル殿! お控えくだされ! 一体、どうしたというのですか!」


「ボス!!」


 モノロイとデュトワが僕に何か言っている。


「あらあらぁ、私、何か気に触る事をしてしまったかしらぁ」


「惑星タトゥイーンの犯罪カルテルの首領の分際でブリっ子こいてんじゃねえええええええええええええ!」


 僕はかつてない程に叫ぶ。


 その時、一筋の斬撃が僕に向かって飛んで来た。


 宵闇の天翼スカイハイがそれを吸収し、僕に魔力を補填する。


 至福の暴魔トリガーハッピーがゆっくりと起動した。


 僕はぐるりと首だけを曲げて斬撃が飛んできた方向を睨む。


 きっと今、僕は未だかつてないほどの形相だろう。


 とてもじゃないが、ハティナには見せられない。


「そこまでだ」


 そう言った金髪の勇者が背中の剣を抜いて立っている。


「此奴は悪名高きシャルル・グリムリープ。人のナリをしているがれっきとした魔王。並のジョブしか持たぬエルフでは束になっても敵いはせぬ。この勇者ギレン・マルムガルムに任せて貰おう。……さて、シャルル・グリムリープよ、演武祭の再演と洒落込もうではないか」


「ギィーレェーンー! この期に及んでもまだ俺の邪魔をするってんだなぁ? 文字通り『帝国の逆襲』ってわけだ! よぉーし、わかった! まずはお前を八つ裂きにしてからエルフを血祭りにあげる!」


 僕は腰からソフィーを引き抜き、冥轟刃アルルカンを起動してギレンに斬りかかる。


 身体が軽い。


 今ならニコにだって勝てそうだ。


 シスに落ちた魔王。


 まさしく、僕はこっち側の人間なのだ。


 これは復讐。


 僕の最高潮まで高まった期待を裏切ったエルフに対する『シスの復讐』だ!


 闇の斬撃を勇者が躱し、勇者が振り下ろした剣を宵闇の天翼スカイハイが受け止める。


「お前の動きは筒抜けだ! お前から奪った魔王の鬼謀シャーロックがあるからなぁー!」


 相手を煽るつもりで言った僕だったが、そのアテは外れることになる。


 ギレンは剣と宵闇の天翼スカイハイの鍔迫り合いに見えるような自然な動作で僕に近付き、耳のそばで囁いた。


「……貴様にもあの女の真の姿が見えるのだな、あの女は魔物だ。……ここは耳が多すぎる、場所を変えるぞ」


 僕の怒りは鎮まった。


 代わりに、イズリーみたいに大きな疑問符が頭に浮かんだ。

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