第248話 イカレポンチ
ギレンたちに続いて、僕たちも議場に入る。
巨大な円卓に等間隔で豪華な装飾の椅子が六つ置かれている。
各国の首脳が座り、その背後に護衛の武官と参謀の文官が立つ。
座ったばかりのギレンが僕たちを睨むが、それを無視して円卓を見渡す。
入り口から見て手前と最奥に空席がある。
右手に、獣人国のミザハとユリムエルが隣同士で座り、左手にはギレン。
ギレンの左隣にはドワーフの王が座っている。
王冠が模された兜を深く被り、白く長い髭を束ねる姿から、その気高さが醸し出されている。
と言うか、顔がめちゃくちゃイカツイ。
キレたらとても怖そうだ。
モノロイとタメを張る程の強面だ。
そんな凶悪な人相のドワーフ王がミキュロスを見てすぐに言った。
ドワーフ王の野太い声が議場に響く。
「やあやあ、貴殿が世に名高きリーズヘヴンのミキュロス王ですか! たった一代で、それも戴冠してものの数年で王国の基盤を帝国に比するほど強固なものに創り上げたとお聞きします。我が国で、貴殿は賢王と称されていますよ。おっと、これは失礼、ドワーフ国モリアテーゼの王、繚乱公と申す。以後、よしなに」
めちゃくちゃ物腰が柔らかかった。
この顔にその声でその態度は詐欺的ですらある。
ちなみに、繚乱公というのが彼の名前だ。
ドワーフたちは名前を持たない。
その多くは家名を継ぐらしい。
公というのは、その一族での位を表すもので公、候、伯、嗣、士、男、僕と続き、公が一番位が高く順に低くなる。
彼の場合、繚乱家の公。
彼に弟や息子がいたら、繚乱候、繚乱伯あるいは繚乱嗣と続くわけだ。
家長や位が上の立場の者が死んだり出奔すると名前が繰り上がる。
一人一人違った名前で個人を識別する人間からすれば、わかりにくいことこの上ないがドワーフの文化圏ではそれが普通なのだそうだ。
「これはこれは、ご丁寧に。ドワーフ国の王、繚乱公殿。しかし、賢王とは余にはいささか荷の勝ちすぎる呼び名。余は配下に恵まれただけであるかな」
ミキュロスは堂々と答えた。
ストーカーのくせに王族としての態度が板についているのが癪に触るぜ、ストーカーのくせに。
「ご謙遜なされるな、いやしかし、そちらは……」
繚乱公は僕に視線を送る。
僕は慌てて頭を下げて言った。
「申し遅れました。リーズヘヴン王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープと申します」
僕の言葉に、イカツイ顔の優しいドワーフが破顔した。
「おお! やはりそなたがグリムリープ殿ですか! いやはや、此度は良い取引をさせて頂きました」
恭しくそう言う繚乱公に、僕は「こちらの願いをお聞き届けて頂き何よりです」とだけ答えた。
ぶっちゃけ、この手のお偉いさんとの堅苦しい話には慣れていないので、とっとと解放されたかったからだ。
ボロが出る前に。
僕の思惑とは反対に、繚乱公は話を続けた。
「いやいや、実のところ最初にレディレッド卿から話を聞いた時は断ろうと思っていたのですよ。こちらに都合が良すぎますからね」
獣人国の鉱山権益の受け渡しの件だが、確かに罠だと勘繰られてもおかしくはない。
彼らからすれば、リーズヘヴンが戦でもぎ取った権益を大した対価もなく手放すと言うのだから。
「……それでは、何故?」
なぜ、取引を受けることにしたのか。
僕の言葉に、繚乱公は大きく頷く。
「レディレッド卿が去った後に来た、ニコと名乗る獣人の姫君ですよ」
僕の背筋が凍る。
嫌な予感しかしないからだ。
「聞けば、かの姫君は我が末弟を従えているそうで」
……?
何のことだかさっぱりわからない。
「我が末の弟の繚乱僕……いや、今は静黙のハーバルゲインと名乗っているそうですが──」
僕が首から下げる、ケルベロスの銘を持つ狼のペンダントが揺れた。
……ハーバルゲイン、八黙の一人だ。
ニコが王都でボコして配下に加えたという、恐ろしく戦闘の腕が立つ鍛治師のドワーフ。
自らが創った武具を人間で試し切りをするというイカレポンチ。
あの人、イカレポンチしか存在しない八黙の一角を担うだけあって、普通のイカレポンチではなかったらしい。
よりにもよって、ドワーフの王族が生んだ空前絶後のイカレポンチだったらしい。
「──あの姫君がね、言うんですよ」
ドワーフの王、繚乱公はため息混じりに続けた。
曰く、ニコは彼にこう言ったらしい。
『わたくしの配下である繚乱僕ハーバルゲインは、わたくしが床を舐めろと言えば悦んで床を舐め、死ねと言えば何の躊躇もなく自害するでしょう。わたくしは魔王様の御庭番ですから、必然的に魔王様の所有物となる自らの配下への教育には手心を加えませんし、少なくとも配下を魔王様に推服させる手腕には自信があるのです。そして、わたくしは主である魔王様が望めば世界のあらゆる財宝、あらゆる富、あらゆる名声、あらゆる強者の
ニコらしい言葉であるし、彼女ならやってのけてしまうのだろう。
繚乱公は引き攣った笑顔で言う。
「かの姫君にはとうに見抜かれているでしょうから、隠しても無駄だと思うので言いますが、私は人の嘘を見抜くことができます。それは、私の持つスキルの権能の一部に関係するのですが。とにかく恐ろしいのは、彼女が一切嘘をつかなかったことです。本気で、絵空事でもなんでもなく、ただただ事実として彼女はそう言った。……で、我々は貴国の話に乗ることにした」
「そ……それはそれは、ご無礼を。ニコには後ほど、こちらからきつく申し付けておきます」
僕の口からはそんな言葉しか出てこない。
「いえ、むしろありがたいのです。悪辣姉妹の血塗れの聖女、悪徳の魔女と呼ばれるニコ殿から我が身を守るための譲歩を引き出せた。……我らはこれを幸運だと捉えていますから」
彼らはニコのことを、後から調べたらしい。
当然と言えば当然だ。
何というか。
ご愁傷様である。
「それは、そのう、何と言えば良いか……」
僕はそれだけ言って押し黙る。
「この双剣、これは繚乱僕が創った物なのですが──」
繚乱公は腰に差した二振りの剣を指差して言う。
「──紛う事なく、我が国の鍛治師が千振り打ってもこれほどの業物は造れぬ程の一品です。銘をペアレント。左右で一対の双剣です」
「は、はあ、……私は剣には疎いもので」
文字通り話題をぶった斬るように、いきなり刀自慢とはドワーフなりのコミュニケーションなのだろうか?
僕も腰のワンド、ソフィーを自慢した方が良いのだろうか?
『これはウチのクソジジイがユグドラシルを秘密裏に削って造った逸品でして』
なんて言おうものなら、たぶんエルフに殺されるだろう。
エルフはユグドラシルの伐採を固く禁じているし、国際法もユグドラシルを傷付ける行為には重罰を課しているからだ。
次に繚乱公の口から飛び出した言葉で僕の頭の中の疑問符は恐怖に変わる。
「我が末弟の繚乱僕は、この剣に
……おおう。
八黙にいるだけあって、やっぱりやべえ奴だ。
やべえ方のイカレポンチだ。
「先代の王であった父と、その妃であった母を殺された私は怒り狂って繚乱僕を捕らえました。しかし当の繚乱僕は、こんな事を言うのです。『どうせ王である親父と妃たるお袋を殺すなら、この剣には『キングとクイーン』と銘打てば良かった』……私は酷く繚乱僕を恐れました。処刑の前日に逃亡を許し、追手を振り切り他国に逃れたとの情報を得てはいましたが、いやはやアレが他者に膝を屈するとは」
……ニコ様、さすがに仲間はもう少し選んだ方が良いと思うのだよ。
ハーバルゲインさんが自分の造った武器に『魔王』と名付けたくなっちゃったらどーすんのさ?
僕が脳内で八黙の解散を企てながら繚乱公に憐れみの視線を向けている間に、ミキュロスが席に座った。
僕は座るミキュロスの背後に、モノロイと並んで立つ。
円卓には未だ一つの空席があった。
ミキュロスが席に座り、来ていないのはエルフの女帝だけということになる。
頭を切り替えよう。
ドワーフ王と話を続けても、僕の憂鬱の種が増えるだけだ。
しかし……。
くぅー!
楽しみだぜい!
だってさ、エルフの女帝だぜ!?
そんなんもう、めちゃくちゃ美人に決まってんじゃんさ!?
そーに決まってんじゃんさ!?
すぐに、僕たちが入った扉の正面、部屋の最奥の扉が開かれた。
二人のエルフの男に導かれ、純白のドレスを身に纏った女性が入室する。
僕の瞳孔が、白眼を覆い隠してしまうほどに開かれているのがわかった。
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