第246話 片割れ

 咳払いをしてからアスラは言った。


「本会議への参加が可能なのはその国の主権を持った者、つまり国王もしくはその代理。それに、加えて文官一人と護衛役一人の三名だけだ。私たちの国王はミキュロス陛下だから、陛下は出席。それから、文官枠は宰相としてシャルル君だろう」


「できれば面倒はパスしたいところですが、エルフの女帝が出るなら出ましょう」


「やれやれ。……で、護衛役はどうする? 戦闘力と言う意味での本命はライカさんだろうが、ミリアさんという選択肢もあるね。無いとは思うが、イズリーさんも戦闘力という意味では……いや、やはりないな」


 アスラはイズリーをチラリと見てから首を振った。


「イズリーはともかく、護衛は──」


 僕が言い終わるより先に、イズリーのアレが始まった。


「えええー! なんでなんで? あたしも出たい!」


 ウチの駄々っ子はこの手のイベントにはかなり積極的だ。


「イズリー、僕たちは堅苦しい話をするからすごーくつまらないと思うぞ?」


「そんなことないよ! つまるよ!」


「やれやれ、君は会議が何をする場所か知っているのかい?」


 アスラの質問に、一も二もなくイズリーは答えた。


「いろんな国の偉い人たちをぶっ飛ばすんでしょ?」


 やはりコイツはダメだ。


 きっと後先考えずに世界中のお偉いさんを皆殺しにして『めんぼくないですねえ』とかなんとか言うんだ。


「……そーゆー趣旨の会議じゃない」


 ハティナが冷静に突っ込む。


「──!」


 イズリーは『違うの!?』みたいな顔をしているが違うに決まっている。


 それこそ心の底から疑うことなく本気で『いろんな国の偉い人たちをぶっ飛ばす会』だと思っていたのだろう。


 イズリーはハティナに諭されてびっくりしているが、そんな物騒なことをマジに考えていたことには、むしろこっちがびっくりである。


「やれやれ、イズリーさんは置いておくとして、護衛役だが──」


 肩をすくめるアスラを制して僕は言った。


「護衛はモノロイを連れて行きます」


「モノロイ君を? ……構わないが、何か考えがあるのかい?」


「いいえ、特には。まあ、強いて言えばアレは頑丈ですから。……それに、補足するなら最も信頼のおける相棒はヤツしかいません。イズリーが護衛じゃあ、僕が彼女を守らなければならなくなる。ライカも、この娘はこの娘で血の気が多いので」


「……面目次第もありません」


 僕の背後でライカが肩を落としたように言った。

 

 

 護衛の件は、そういうことになった。


 それからモノロイに話を通し、僕とミキュロスとモノロイで議場に向かった。


 議場はエルフの王城の最奥にある、だだっ広い部屋だ。


 一度だけ下見で入ってみたが、学校の校庭くらいはあるだろう広さの空間にバスケットのコートが一つすっぽり入るくらいのどデカい円卓が置かれている。


 大樹の幹をくり抜いた空間だ、壁も床も天井も全て木製だ。


 その議場への扉へ続く長い廊下を三人で歩く。


 扉を塞ぐように、三人の男が立っている。


 ポツリとモノロイが呟いた。


「戦闘に至れば我が出ます。主殿は陛下をお守り下され」


 モノロイが僕を名前ではなく主殿と呼ぶことは稀だ。


 あるとすれば、彼自身が公私を別ける時。


 すなわち、モノロイは感じ取ったのだろう。


 議場の扉の前に立つ男たちから放たれる殺気を。


 三人のうち、真ん中に立つ一人は白で統一した礼服に映える金髪。


 見知った顔だ。


 こちらから見て右側に、黒装束の魔導師風の男。


 顔は目深に被ったローブのフードで隠れて見えない。


 左側には軽鎧に銀の仮面を付けた剣士。


 あの仮面を見ると、かつて砂漠で無様にこの身を諦めた苦々しい記憶が呼び起こされる。


 不死隊サリエラだ。


 マルムガルム帝国にて最も恐れられる最強の近接部隊。


 戦場に死の嵐を呼び、まるで疾風が葦を薙ぎ倒すように敵兵の命を摘んでいく、世界最強の暗殺集団。


 不死隊サリエラを護衛にした男。


 すなわち僕の宿敵。


 ギレン・マルムガルムだった。

 

「シャルル・グリムリープ」


 ギレンが僕の名を呼んだ。


 その表情は、親の仇でも見るかのようだ。


 全く、相変わらず不愉快な目つきである。


「……はて、どこかでお会いしましたか?」


 僕は努めてシニカルな笑みを作りながら言う。


「ふん、一度戦った相手の顔も忘れるか? まあいい。……今思えば、演武祭で余に斬られた金髪の女魔導師もそうであったな、王国の田舎魔導師は総じて頭の出来がよろしくないと見える」


 ギレンは怒りを抑えたように肩を震わせ、皮肉を込めて言った。


 コイツ、今イズリーを馬鹿にしやがった。


 イズリーを馬鹿にしていいのは、世界でこの僕だけの特権であるというのに。


「……ああ? 弱えー相手はすぐ忘れちまうんだわ」


 僕は持ち前の毒舌に頭のストレージをフルで使って皮肉を返す。


「ぐぬぬ、全く品のない。これだから王国の貧乏貴族は。……衣食足りて礼節を知るという言葉は真実であるようだ」


「俺の着てる超高級な服が見えねーのかよ。あー、そう言えばこの服は馬鹿には見えねー素材で仕立てたんだった」


「ふん、次から次によくデマカセが浮かぶものだ。魔導師より大道芸人への転職を勧めるよ。あの馬鹿な金髪魔導師に芸でも仕込んでみたらどうかね?」


 コイツ!


 またイズリーを馬鹿にしやがった!


「……大衆の目の前で磔にされて、やめろ〜やめてくれ〜とか言って泣いてたくせに」


「な! 泣いてなどおらん!」


「まーだ根に持ってんのかよ。あの時は悪かったね、僕もやり過ぎたと思っているよ。めんぼくないですねえ」


「なんだそのふざけた物言いは! それに貴様、しっかり覚えているではないか!」


「忘れようとしていたんだよ。アレは僕の中でも黒歴史の一つでね、弱い者イジメは主義ではなかったと言うのにな」


「弱い者イジメだと! 言うに事欠いて貴様!」


「弱い者イジメは言い過ぎたか。そうだな……じゃあ、『少し弱い』者イジメくらいにしておこうか?」


「どうやら死にたいらしいな!」


「おいおい、まーた無謀な戦いを挑む気か? 飽きない人だねえ、こっちはお前の命乞いはもう聞き飽きたんだが?」


「こ、こ、こ、小癪なぁ!」


「おっと、泣かないでくれよなー? 弱っちい勇者を二度も泣かしたとあっちゃあ、祖国で僕の名声が下がっちまう。どーせまた僕の堕落の十字架サザンクロスにあっさり捕まってやめて〜とか言ってオシッコ漏らすんだろう?」


「我慢ならん! いっそここで──」


「ギレン様!」


 激昂したギレンを、隣の黒ローブが止めた。


「リーズヘヴン王国宰相、シャルル・グリムリープ殿。その辺にしてはいただけませんか」


 黒ローブは頭を下げて言う。


 ギレンは鼻息を荒くしながらも、歯を食いしばってこちらを睨む。


「嫌だね、いくら頼まれたってやめてやらねーよ! 今、僕は新しい趣味を見つけたんだ、この娯楽の乏しい世界で今一番ホットなエンタメだ。……それはな、そこのアホをおちょくることさ!」


 ギレンを抑えた黒ローブが、そのフードを下げて言った。


「いいや、お前はやめてくれる筈だ。……何故なら、俺はお前に貸しがあるからだ」


 黒いフードから現れた顔は僕にそっくりな顔だった。


 黒髪に黒い瞳。


 かつて帝国と王国とで袂を分かった同族。


 帝国のコウモリ。


 デュトワ・グリムリープである。


「な、な、な、デュトワ! お前、生きてたのか!」


「当たり前だ。俺はコウモリだぜ? どんな環境だろうと生き残るのは、お前が一番よく知ってる筈。……そうだろう? 兄弟」


 僕はかつての恩人の無事に、僕の心臓がドクンと高鳴った。

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