第243話 鶴の一声

「ダークエルフを取り押さえろ!」


次々に現れる監獄の兵士たちが大人しくなったムウちゃんを取り囲む。


「そこの剣士よ! 助太刀感謝する!」


 ライカに向けて、一人だけ華美な装飾の監獄の兵士の一人が礼を言う。


 おそらく、彼はこの監獄の看守長なのだろう。


 しかし、そんな彼にもライカは我関せずというか、なんなら完全に無視している。


 それはさておき、僕の中では二つの感情がせめぎ合っていた。


 一方の感情は、ダークエルフの女の子を牢獄に入れているエルフに対する怒り。


 もう一方の感情は、リーズヘヴン宰相として他国で騒ぎを起こすべきではないという理性。


 まるで天使と悪魔。


 否、イズリーとハティナだ。


 僕の脳内でイズリーは言う。


『暴れよう! ね、暴れようよ! ね? ね?』


 僕の脳内でハティナが言う。


『……騒ぎを起こすのは得策ではない。……ここは我慢が肝心』


 僕は目の前の双子を見比べる。


 内側では至福の暴魔トリガーハッピーが今にも暴れ出すような感覚。


「シャルル? どしたの?」


「……?」


 口をポカンと開けて首を傾げるイズリーと、何やら訝しげに僕を見るハティナ。


 僕の頭の中では、依然として天使と悪魔の激しいバトルが繰り広げられている。


 ……ぶっ潰してやりたい。


 少し肌が黒いってだけで美人エルフを檻に閉じ込めるこのクソッタレなエルフ(の男共)を。


 ……我慢、我慢だシャルル。


 交渉を前にしたこのタイミングで暴れるのは愚策中の愚策、怒りに身を任せては身を滅ぼすぞ。



「いやはや、お強い剣士殿だ。獣人国のお方かな? 獣人国では王国が横槍を入れて内乱が激化したと聞いたが、其方のような剣士がいるなら安泰であろう」


 エルフの看守長がライカに歩み寄り、彼女の武勇を讃える。


「主様……」


 ライカは謝意を述べる監獄の兵士を完全に無視して僕を見る。


「主さま、囚われのダークエルフはわたくしめが必ずやお救いいたします。……ですからどうか、ここは穏便に──」


 ニコが僕に言う。


 彼女の言うことはもっともだ。


 ここで暴れては、エルフ国とリーズヘヴン王国とで戦争になりかねない。


「う、うむ。……そうだな。僕はリーズヘヴンの宰相だ、冷静でいなくてはな」


 僕は深呼吸して怒りを鎮める。


 ニコが救うと言ったのだ。


 彼女に任せておけば、この監獄に囚われたダークエルフの美少女がこれ以上酷い目に遭うことはないはずである。


 僕の脳内で、天使の輪っかを付けたハティナがホッと一息ついた気がした。


 一通りライカをヨイショしたエルフの看守が、ムウちゃんを囲む兵士たちに叫ぶ。


「ソレを早く檻にぶち込め! この汚れたダークエルフが! 大人しく縄につけい!」


 ムウちゃんを取り囲んだ兵士たちが、ムウちゃんに槍を向ける。


 ──界雷噬嗑ターミガン


 僕の指先から電撃が束になってムウちゃんの周りの兵士に直撃する。


「あ、主さま……?」


 ニコが気の抜けた声を出し、僕の脳内でコウモリの羽を生やしたイズリーが喜び飛び跳ねた気がする。


「魔導師! 貴様、何をす──ぐぉ⁉︎」


 僕に怒鳴った看守の顔面を、さっきまで自らが褒め称えていたライカの拳が捉えた。


「我が主様に対して貴様だと……? 無礼であろう! 御身を八裂きにして森の肥やしにしてくれる!」


「姉さま! 主さま! どうかお控え下さい! ここは──」


 コロコロと転がったエルフの看守長はすぐに立ち上がり、僕たちに向けて叫ぶ。

 

「貴様らあ! このダークエルフに加担する気か!」


 至福の暴魔トリガーハッピーが唸り、僕の魔力が気炎を上げる。


「ダークエルフの女の子の敵はこの魔王シャルル・グリムリープの敵だ! 元々、お前らエルフとか言うむさ苦しい種族は嫌いだったんだ! 男しかいねえからなあ! もう我慢の限界だ! 囚われのダークエルフの女の子は、全員僕が救い出す! てめえら、纏めてかかって来やがれ!」


 僕の名乗りに、エルフたちが騒つく。


『魔王だと……?』

『……確か、リーズヘヴンの宰相に魔王が就いたとか聞いたが』

『演武祭で優勝した代の……?』

『華奢すぎる。……偽物だろう?』

『だが見ただろ、今の性格無比な雷魔法!』

『確かに、魔王シャルル・グリムリープは雷魔法の達人と聞く。それに、奴隷商の悉くを惨たらしく殺す趣味があるとも……。そうか、それでダークエルフを──』



 そんな趣味はない。


 なるほど、歴史はこうやって少しずつ歪曲されながら作られていくのか。


「にしし。なんだかよくわからないけど、戦えるんなら文句なし! いっくぞー! ぶっ殺ーす!」


 イズリーが両腕に魔力を貯めて僕の隣に立った。


 震霆が太鼓判を押すほどの魔導師の強大な魔力を敏感に感じ取ったエルフは慄き、後退りする。


『な、なんだあの魔力量!』

『と、虎だ。……虎が見える』

『あっちが本物の魔王なのか!?』

『まるで暴力を集めて固めたような魔力だ!』

『勝てるわけねえ……』

『あ……俺ら今日死ぬんだ』


 エルフは生まれつき念しを使う。


 イズリーの魔力に充てられて、すでに戦意を喪失しつつある。


 エルフたちはイズリーという、生ける暴力に怖気づいている。


 なんだか僕の時と態度が違うのは釈然としないが、僕の怒りは頂点に達している。


 今さら、誰も僕を止められはしない。


 僕はソフィーの先端に魔力を流し、エルフの看守長に狙いを定めた。


「……シャルル」


「ハティナ? なんだ?」


「……騒ぎを起こすべきではない。……杖をしまって」


「あ、はい」


「……イズリー」


「ごめんなさい」


 鶴の一声。


 至福の暴魔トリガーハッピーは完全に沈黙して、魔法の起動準備を進めていた沈黙は銀サイレンスシルバーは静かに僕の内側の奥底に沈み、イズリーはシュンとした様子で地面の一点を見つめて動かなくなる。


 僕とイズリーを見て、満足したように頷いてから、ハティナは言った。


「……ムウを連れて城に帰る。……ニコ」


「は、はい! 奥方さま!」


 銀髪の天使が一触即発の状況を収めた。


 戦闘態勢に入った魔王と暴鬼を止められる、世界で唯一の人物が、たまたまここにいた。


 リーズヘヴンに舞い降りた銀髪の天使、慧姫ハティナ・トークディアである。


 

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