第242話 戦鬼vs賢者

 ひとまずの問題をミキュロスとアスラに丸投げした僕はエルフ国を散策する。


 ニコとライカと共に突如ミキュロスの元を出奔……いや、脱走したムウちゃんを探すためだ。


「にししー、夜なのに明るいのおもしろーい! 昼みたい!」


「……」


 何故か双子も付いて来ていた。


 イズリーもハティナも、その好奇心は底が知れない。


 エルフの街を散策するのに、自分たちも一枚噛ませろときたわけだ。


 ニコが耳を澄ませ、ライカが鼻を効かせながら僕たちはムウちゃんを探して街を歩く。


 エルフの都市はそれを構成するほとんど全ての物が木製だ。


 樹の中に存在するのだから当たり前のことなのかもしれないが、木材という資源の少ない王都出身の僕たちの目には異様な光景に映った。


 

 しばらく街を歩いていると、ズシンと地面が揺れた。


 遅れて、叫び声が響く。


 嫌な予感がする。


「……」


 ハティナはゲームでバッドイベントを引いてしまった時のような、どこか悟りを開いたような表情だ。


「……ニコ、まさかとは思うが」


「ムウちゃんです」


「……で、あるか」

 

 本能寺で重臣の裏切りを知った織田信長も、きっとこんな感情だったのだろう。


 通りの向こう側から、エルフたちがほうほうの体で逃げてくる。


 僕たちは一も二もなく、人の流れに逆らって騒ぎの方に駆けつけた。


 街の一角、巨大な建物の前に、ムウちゃんの姿があった。


 ムウちゃんがジッと見つめるのはユグドラシルの幹と一体化したような巨大な建造物で、エルフ国の旗がはためいている。


 ムウちゃんの目の前で、門が跡形もなく崩れている。


 かめはめ波でも撃ち込まない限りは、そうはならんやろといった状況だ。


 門番だろうか。


 男のエルフが二人倒れている。


 そして、門の内側から別のエルフが叫ぶ。


「汚れたダークエルフめ! ここを大監獄プリジョーネと知っての狼藉──ぐはあ!」


 男が言い終わる前に、ムウちゃんの鉄拳が男の顔面に突き刺さった。


 ゴロゴロ転がって門の残骸に吹き飛ばされた兵士とは別に、次々にエルフの兵士が建物から現れる。


「不味いぞ! ムウちゃんを止めろ!」


「御意!」


 ライカが走り、ムウちゃんの元へ駆け寄る。


 ムウちゃんは崩れ去った門に身体を向けたまま、グルリと頭を巡らせて僕たちを見た。


「ムウ! 貴様、主様の御許可もなく何を──」


 ムウちゃんの左足から繰り出された蹴りが、ライカの頬を掠めた。


 ライカは驚いたように飛び退き、すぐに腰から曲剣を引き抜く。


「ムウ、貴様……。くくく、そうか、良いだろう。獣人国にて絶影と恐れられたこの私と一戦交えようと言うわけか。……面白い」


 一触即発の気配。


 ライカの鋭い殺気とムウちゃんのヌメリとした殺気がぶつかる。


 僕が止めに入る間もなく、二人は戦闘を開始した。


 ムウちゃんは四足歩行に近い体勢で地面を滑るように移動してライカに襲いかかる。


 ライカはムウちゃんの渾身のアッパーをスウェーでギリギリ躱し、曲剣でムウちゃんの首を斬り飛ばす。


「ぎゃああああ!」


 僕は恐怖し叫ぶ。


「おおおおお!」


 イズリーは興奮し叫ぶ。


 首を落とされたムウちゃんの身体が煙のように霧散した次の瞬間、ライカの背後にムウちゃんが現れる。


 分身体は十影と一鬼セレソンと呼ばれるスキルで、実体を消しているのは奏乱トリーズンの権能だろう。


「見え透いているぞ!」


 叫ぶライカは振り向きもせずに曲剣を逆手に持ち替え、自分の腹部に剣を突き立てるような動作で背後のムウちゃんを刺した。


 またしてもムウちゃんは煙に変わり、別の場所から出現した新しいムウちゃんがライカに襲いかかる。


「議会に参加する外国の魔導師か! 助太刀感謝する! そのダークエルフを取り押さえてくれ! ここで暴れられては敵わん!」


 僕の存在に気付いた監獄の兵士がこちらに向かって叫ぶ。


 僕は咄嗟にニコを見る。


 問題からは無関係を装いたいという、小市民根性である。


「いや、お主だ! 黒いローブの! お主に言っている!」


 僕を逃がす気のないエルフの兵士。


 僕は黒いローブの魔導師を探す。


 目線の先にはハティナだ。


 ハティナは紺色の軍服姿だが、黒色に見えなくもない。


「……わたしじゃないと思う」


 ハティナはジト目で僕を見る。


「だからお主だ! 黒と赤毛の! 大層名のある魔導師とお見受けする! 頼む! 助太刀を!」


 くそ、勝手にお見受けするな!


 僕は心の中で叫ぶ。

 

 しかし、ムウちゃんがこうも暴れては手が付けられない。


 心なしかライカは楽しそうだし、イズリーは今にも参戦しようとワクワクした表情で身体をリズミカルに揺らしている。


「やめろライカ!」


 僕はライカに声をかけるが、当のライカには聞こえていないらしい。


 ……仕方ない。


 それなら僕にも考えがある。


 リーズヘヴン最強の魔導師にして魔王のジョブを持つ僕を舐めてくれるなよ!


「ニコさん! 出番ですよ!」


「御意」


 死闘を演じるライカとムウちゃんの元に、盲目の美少女がトコトコと歩み寄る。


「熱中しすぎです、姉さま」


 ニコはライカの襟首を掴んでムウちゃんから引き離し、今の今までライカの攻撃を躱していたムウちゃんを無視して明後日の方向に声をかける。


「ムウちゃん、大人しくなさい。それとも……またお仕置きが必要ですか?」


 ニコの言葉には、有無を言わせぬ力があった。


 ニコが向いている方向。


 それまで何もなかった場所に、突如ムウちゃんが現れ、ライカの目の前のムウちゃんは煙になって消えた。


「ぐぬぬ、ムウ! 貴様、誰に刃向かったかわかっているのか!」


 襟首を掴まれたまま叫ぶライカ。


 ぷいと顔を背けるムウちゃん。


「おりこうですね、ムウちゃん」


 ニコの言葉に、ムウちゃんは激しく頷く。


「貴様ぁ! その態度の違いは何だ!」


 ライカはムウちゃんに向けて激怒している。



 かくして、ムウちゃんの暴走は収まった。


 しかし、ムウちゃんはニコに捲し立て始めた。


 捲し立てると言っても、彼女は言葉を喋らない。


 何やらひたすら「むう! むうー、むうむう!」なんてボディーランゲージを交えて叫ぶのだ。


「……なるほど」


 ニコはムウちゃんを見てなにやら頷く。


「ニコ! ムウは何と言っている! 主様の命に背いた罰、その身をもって償わせてやる!」


 怒号を上げるライカに、ムウちゃんは「むう! むうむう、むう!」なんて答えている。


「ニコ! こいつは何と言っているんだ!」


「姉さま……、ええと、そのう」


 珍しく、ニコが言い淀む。


「ええい! まだるっこしい! ムウ! 貴様なんだその顔は!」


 アスラみたいに『やれやれ』なんて顔をしているムウちゃんに、ライカは再度叫ぶ。


「ムウちゃんが言うに、主さまのご意向に背いているのは姉さまの方であると。ムウちゃんはそう言っています……」


「なぁーにぃー?」


 『──やっちまったなあ!』なんて続くかのような、まるで紅白の腹巻を付ける餅つきのスタイルのコメディアンのような事を言うライカ。


「……はあ。ひとまず帰りましょう。お話はそこで……」


 そう言うニコに、ライカは言う。


「何がひとまずだ! このライカに二心ありと申すか! 我が妹とは言え許さぬぞ!」


 今度はライカが暴れ回るかのような勢いである。


 見兼ねた僕は、ニコに聞く。


「何だってムウちゃんは暴れてたんだ?」


「あ、主さま……。そ、そのう……」


 僕の問いにニコは言い淀む。


「ニコ、このままじゃライカも収まりが付かないだろうし、わけを話してくれないか?」


 ムウちゃんが僕の命令を聞いたことなど一度もない。


 なのに、ムウちゃんはここで暴れるのが僕の意向であるように言った。


 一体全体、どういうことなのか、僕は心底気になったのである。


「……ムウちゃんが言うに、この建物はかつてムウちゃんが捕らえられていた監獄なのだとか。……そ、そのう、ムウちゃんが言うに、主さまは人間を縛ることを許さぬお方だと。つまり、ムウちゃんの同胞である他のダークエルフも、主さまなら助け出すはずだろう……とのことです」


 なるほど。


 確かに、ダークエルフってだけで檻に閉じ込めるなんてのは許せない。


 許せないがしかし、ここは他国だ。


 他国の在り方に文句を付けるってのも、僕としてはどうかと思うのだが。


「むう! むーう、むうむう!」


 ムウちゃんは僕に向かって声を上げた。


「え、なんて?」


「……えっと、そのう」


 通訳を頼む僕に、ニコは何やら言葉を詰まらせる。


「ニコ! 貴様、自分の立場がわかっているのか! 主様が訳せと申しておるのだ! 主様が死ねと仰せならば喜んで死ぬのが我ら姉妹の本懐であろうが!」


 ……いや、僕はそこまでしろとは微塵も思っていない。


 僕の脳内のツッコミを遮るように、ニコはポツリと口から溢す。


「……女のダークエルフも捕らえられていると、ムウちゃんはそう言っています」








「……なぁーにぃー⁉︎」








 僕の脳内で、至福の暴魔トリガーハッピーが『やっちまったなあ!』と言わんばかりに目を覚ました。

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