第238話 ガッツ蒼髪

 ──ずささささ。


 と、イズリーの重い一撃を顔面にくらった蒼髪のエルフは直立不動のまま、およそ10メートルほどの距離を背面姿勢で水平飛行し、天を見上げたまま地面を滑るように着陸した。


 しかし、すぐにそのエルフはムクリと起き上がる。


 その様子に、僕は目を疑う。


 エルフは口の端から垂れる血を拭い、地面に鮮血で滲む唾を吐いた。


 とんでもないタフネスだ。


 イズリーの不意打ち気味の一撃を耐えた。


 もうこれだけで、耐久性という側面ではこのエルフは超一流だ。


 もしかすると、とんでもない強敵かもしれない。


 イズリーをけしかけたのは早計だっただろうか。


「ちっ……。やるじゃねえか、嬢ちゃん。……だが俺はこれでもエルフの中じゃあ頑丈な方なんだ。ケルの兄貴だったら今ので終わりだろうが、俺の祖先ルーツは知恵の大樹イギュノームじゃあねえ。生命の大樹カレンロウの方なんだよ。普通のエルフとは身体の──ほべえ!」


 追撃したイズリーの、今度は右膝がエルフの顎にクリーンヒットした。


「にしし。頑丈だね! モノロイくんみたい! これは殴りがいがあるぞー!」


 殴りがいって、君蹴っているじゃない……。


 僕がお決まりの脳内ツッコミを入れた刹那、僕とモノロイの目が合う。


『モノロイ、お前も苦労しているんだな』


『イズリー殿に、何とか言ってくだされ!』


『お前は大切な友達だ。が、それは無理だ』


『そ、そんなあ……』


 僕たちは一瞬のアイコンタクトでそんな心の会話を交わす。


 僕たちの付き合いは長い。


 だからこそ、分かり合えている。


『いやいや、それならイズリー殿にもう少し手加減を──』


『僕には無理だ』


 もう一度言う。


 僕たちは分かり合っている。


 蒼髪のエルフはまたも起き上がり、イズリーに向かって叫ぶ。


「我が名はセフィロム・イグレーター! 生命の大樹カレンロウの落とし子! いざ、尋常に──ぐぼぁ!」


 当然のごとく人の話など全く聞く耳を持たないイズリーの左回し蹴りが炸裂した。


 蒼髪のエルフ、セフィロムは切り揉み回転しながら吹き飛ぶ。


 しかし次の瞬間、セフィロムを包む魔力の濃さが跳ね上がる。


 エルフは生来、四則法のおもしの状態に似た体内魔力を持っている。


 本来なら感知し得ないエルフの魔力が、念しを使わなくてもはっきりと分かる。


 何かのスキルだろう。


 しかし、セフィロムのスキルが起動したタイミング。


 名乗りと被弾。


 これではまるで──


「あー! モノロイくんと一緒だ! ぼーなすたいむだ! にしし! 楽しくなってきたぞー!」


 イズリーは気付いたらしい。


 そう。


 これはモノロイの持つスキル、巌骨一徹スタボーンだ。


 名乗りと被弾をトリガーとして起動し、自身の耐久性を底上げするスキル。


 セフィロムも巌骨一徹スタボーンの使い手だったらしい。


 しかし、ぼーなすたいむ?


 イズリーはモノロイの巌骨一徹スタボーン状態をボーナスタイムとか言ってんのか?


 それはアレか?


 殴り放題、蹴り放題、替え玉無料の大盤振る舞いってことか?


『シャルル殿! これで分かっていただけたであろう! 我はイズリー殿に──』


『すまんが無理だ』


 僕たちは再度短いアイコンタクトを取り合った。


 モノロイとは没交渉に終わったが、僕たちは分かり合えている。


 セフィロムは起き上がり、イズリーを睨む。


「話の通じる相手じゃねーってのはマジらしいな。……リーズヘヴンの亡霊、パラケスト・グリムリープが愛弟子。……二代目震霆、暴鬼イズリー!」


 意外にも、エルフの情報網はパラケストの生存や彼とイズリーのことを掴んでいたらしい。


 二代目震霆。


 イズリーはそう呼ばれているのか。


 それに、リーズヘヴンの亡霊ね。


 確かに、あのジジイが幽霊みたいに掴みどころがないのは確かだ。


「獣人国の北部をたった一人で侵略し尽くしたっていう、この時代最強の魔導師の一角。噂じゃ万の兵を討ち取り、千の魔導師を屠ったと聞く。……ふっ、面白え! 戦いってのはこうじゃなきゃよお! 巌骨一徹スタボーンを起動した俺の力がどこまで通用するのか、試してやるよ! おりゃあああああ──あげひぃ!」


 セフィロムはまるで、どこかの大学のアメフト部員の漢気溢れる反則タックルのような姿勢でイズリーに突っ込んだものの、彼女に俊敏なステップで懐に入られ、カウンター気味に腕を掴まれそのまま一本背負いのような形でぶん投げられる。


 イズリーに向かって突っ込んだセフィロムは、そのままの勢いで茂みに吹き飛ばされた。


 すぐに茂みの奥からセフィロムが現れる。


 お前は野生のポケモンか何かか?


 僕の心のツッコミが追い付く間もなく、セフィロムは叫びながらイズリーに猛進する。


「……はあ、はあ、流石の強さだ! だが、俺もエルフの防人! 年端もいかない少女にのされたとあっては、妻に会わせる顔が──ぴぎゃあ!」


 またもイズリーに突っ込むセフィロムからは、何が何でも相手のクオーターバックを潰してやるという意気込みを感じた。


 まるで監督からの『やらなきゃ意味ないよ』という大人特有のズルい言い回しで『敢えて明言はしないが、お前分かっているよな』なんて意図の込められた指示を是が非でも遂行するような強い意志だ。


 が、しかしイズリーはあくびをしながらセフィロムの足を払い、彼をその場で半回転させてから土手っ腹に右手で重い一撃を加えて吹き飛ばした。


 まるで『やっても意味ないよ』なんてメッセージが込められているかのようだ。


「……うーん」


 セフィロムを再び茂みにぶち込んだイズリーは、顎を手で摩りながら唸る。


 まるでパラケストのような仕草だ。


 これが『ほーん』だったら、完全にあのジジイと姿が被る。


 パラケストも、何か腑に落ちないようなことがあると、こうやってよく顎髭を摩っていた。


「イズリー、どうした?」


 僕の問いに、イズリーは端的に答えた。


「芸がないんじゃぜ」


 ご丁寧にパラケストのモノマネをした上でバッサリぶった斬るイズリーである。


 僕はイズリーに、パラケストの姿を見た。


 恋人のジジイ化には複雑な心境ではあるが、イズリーは彼の愛弟子だ。


 おそらく、イズリーもパラケストに同じことを言われたのだろう。


 確かに、セフィロムの戦い方は猪突猛進だ。


 巌骨一徹スタボーンの耐久性に任せた戦い方で、悪い言い方をすれば馬鹿正直すぎる。


 その点、モノロイの戦い方とは真逆かもしれない。


 自分から突進するセフィロムとは違い、モノロイは腰を重くしてその場に居座る。


 セフィロムが動なら、モノロイは静だ。


 どちらが強いのかは知らないが、同じスキルでもここまで違いが出るのは面白い。


 モノロイが腰を据えて戦うのはイズリーからの攻撃をひたすら耐えていたからなのだろうと僕は考える。


 もしも自身の耐久性が向上するスキルをそこらのチンピラが発現したら、きっとセフィロムのような戦い方をするのだろう。


 相手の攻撃は届かず、自分はその破壊力で相手を一方的に薙ぎ倒せるのだから。


 イズリーによるモノロイへの可愛がりも、きっとモノロイの強さの源なのだ。


『な、モノロイ?』


『……?』


 僕の目線に、モノロイは怪訝そうな顔をする。


 大丈夫。


 僕たちは友達だ。


 そう。


 だからこそ、僕たちは分かり合えている。

 


 

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