魔王の魔導書
私が初めて魔法と出会ったのは、齢が三つの頃。
初めて見たその魔法は私の心を掴んで永劫、放すことはなかった。
我が人生を左右する出来事であった。
私はその魔法に、魅了されたのだ。
私の名付け親であり、魔導の師であり、後に義父となる彼の御仁の魔法。
それはそれは流麗で、儚く、そして何より鮮烈だった。
これまでに数多の命を刈り取ってきたであろうその魔法を、私は美しいと思った。
あの日幼かった私も最早、余命幾ばくもなく、心残りなのは彼の御仁の魔法が近い将来、途絶えてしまうやも知れぬことにある。
よって、リーズヘヴン王国に後の千年の繁栄と、王国の将来を担う若き才能にこれらの魔法の存在が知れ渡り、この世界に永き平和を齎さんことを切に願い、私が学んだ師の魔法の一端を記す。
スキルについて。
スキルとは、即ち魂の内なる魔力を自然現象に変換することを真髄とする。
師の言葉を借りれば、魂の力は無限の可能性を持っている。
故に、スキルを行使すれば砂漠に水を、水面に炎を、空に土を、晴天に雷を、闇夜に光を、真昼に影を創り出すことが出来る。
スキルは七種の特性を以ってして区別される。
攻撃系、防御系、操作系、補助系、治癒系、変質系、そして血統系である。
師曰く、スキルの系統は人間によって区別された物であり、その本質ではないそうだ。
それ故、二つの系統を跨ぐこともあれば、七系統から外れるスキルも存在する。
そればかりか、師を始めとした特別なジョブを持つ者のスキルに多く宿る、因果への干渉という性質を持つスキルすら存在する。
因果への干渉とはつまり、対象の過去や未来に影響を及ぼすほどの権能である。
本書では、私が師より学び、聞き、実際に目にしたスキルの多くを記している。
スキルの解説に入る前に、攻撃系スキルに関して記述しようと思う。
攻撃系スキルは珍しく、数が少ない。しかしながら、その数の少なさを補う形で魔法は攻撃性能という側面のみが、これまで大いに発展してきた。
魔法の記述は後になるが、魔法とは全て攻撃系スキルの模倣と発展であるということは、ここに記しておきたい。
師の考察では世界の開闢と共に最初のスキルが生まれ、そしてそれを万人が広く使えるようにと、人間の手によって拡張され、開発されたのが魔法なのではないかということだった。
そして師は晩年、この推測の元にもう一つの重要な仮説を立てていた。
神が我ら人類に与えたスキルの本質は、他人を傷付けることにあらず。
人類の生活をより良くするためにこそ、神は魔導を齎した。
故に、他者を傷付けるスキルはその数が少ないのではないか。
というものだ。
こればかりは、神に直接お伺いを立てねばなるまい。
しかしながら、私はこの仮説について諸手を挙げて賛成の意を述べたい。
昨今の歴史学者の多くは、魔導もろくに知らぬ愚か者ばかりであり、自身が魔導師となれなかった腹いせか、もしくは単純に知能が足らぬのか、師の功績と人柄は大きく誤解、あるいは曲解されている。
師は近年の下世話で下らぬ歴史書に記載されているような、冷徹で残忍で利己的なだけの人間では決してなかった。
師は誰よりも平和と自由を求め、そして恋人や仲間への愛を尊しとしていた。
師はかつて私に、『この世で愛ほど美しいものはない。お前の愛は本物だっただろう。その気持ちを忘れるな。愛を失えば、力と憎しみに取り憑かれた南方の魔王のようになるぞ』と仰っていた。
私が当時意中であった女性に袖にされた時のことである。
前述の仮説は、そんな優しき師でしか立てられぬ仮説であり、また、優しき師が見出したこの世の本質であろうと、私はそう考えるのである。
話がずれたが、スキルとは人間の内なる魂に宿る御業である。
もっとも、スキルの数は膨大であり、私自身も師から全てのスキルを教わったわけではない。
さらに、これから誰かに発現される新たなスキルが存在するであろうことを鑑みるに、師の言葉を借りるならば、ここに記すスキルはその全体の氷山の一角のそのまた先の氷の結晶程度であろうことを、ここに追記しておくことにする。
下記が、現在判明しているスキルの一覧である。
・攻撃系
石礫を射出する。魔法で言うところの
多くの石礫を射出する。一般的には上記の
小さな炎を射出するスキル。
上空から火の玉を落とすスキル。
水の刃を放つスキルであり、我が実父が得意としたスキルの一つであり、私自身、幾度もこのスキルに窮地を救われたものである。
我が実父が言うには、師と実父は互いに好敵手のような関係だったそうだ。
それを師に問うた時、師は引き攣らせた笑顔でこう答えた。
「良い友人だとは思っているよ。……たぶん」
実父が言うように、師は実父に対して苦手意識を持っていたように思う。我が父の異名が翅狩りである点も、かつて魔法戦にて師を苦しめたことに由来するらしいが、真実は謎に包まれている。
多くの水を生み出しその濁流を以ってして相手を害するスキル。
風の壁を打ち出すスキル。
麻痺の状態異常を付与する風を放出するスキルであり、直接対象を害する能力はない。しかしながら、このスキルは攻撃系に分類される。師によれば、このスキルの本質は変質系に属するのではないかという見解だった。これを書いていて思い出すのは、師の類稀なる毒舌である。師はこのスキルを攻撃系に属する決定を下した太古の魔導師を、『論理的思考能力と学術的考察能力を母親の胎内に置き忘れて生まれた生粋の馬鹿』と呼んでいた。私はそのことを思い出し、まるで悪戯小僧が舌を出すような、あの時の師の顔を懐古する。故に、敢えて
エルフの得意とするスキル。見えない衝撃を飛ばす、魔導師泣かせのスキルであるが、その起動には腕を振り抜くという条件がある。師によれば、初見で避けるのは難しいが、二度目以降は望みがあるそうだ。
・防御系
魔力を跳ね返すスキル。防御系としては珍しく、相手を害する権能を持つが、跳ね返した際の魔法の威力は乏しい。
自動発動型のスキルであり、毒や麻痺などの状態異常に対して強い耐性を術者に齎す。
自動発動型のスキルであり、あらゆる攻撃に無条件で起動して氷の壁を張り巡らせてそれらを防ぐ。ワンスブルー家にのみ伝わるため、血統系スキルの特性も併せ持っている。
我が義母ミリア・ワンスブルーはこのスキルを自身の圧倒的な攻撃力を発揮するための礎とした。
かねてより彼女はこのスキルを絶対防御と呼んでいた。
浮遊する水の玉を出すスキル。水の玉は術者の身代わりとなり、相手の魔法から術者を守る。
自身の念じた場所に見えない壁を設ける防御系スキルである。王国聖騎士がその身を守護するために使用するスキルであり、王国聖騎士は
自身の周囲限定ではあるが、前述の
・操作系
石の壁を創り出すスキル。
無機物を意のままに操るスキル。
ゴーレムや人形を操るスキル。
周囲の土や岩、あるいは水などでゴーレムを創り出すスキルである。操作系に属しているが、ゴーレムを動かす権能は持ち合わせていない。師曰く、このスキルの本質はどの系統にも当てはまらない。むしろ、第八の系統、創造系か具現化系と言った方が的確だろうと仰っていた。
五感、主に視覚を他者にそのまま投影するスキル。斥候による情報の素早い伝達などで重宝するスキルである。
光を操作して相手に幻影を見せる魔法である。世に名高き沈黙の大賢者ムウチャンが得意としたスキルとしても有名である。
師が幼い頃に発現させたスキルであり、これまで師以外に発現させた者は発見されていない。このスキルは蝙蝠を操る特性を有している。師によれば、このスキルには大きな恩があるそうだが、その恩がどういったものなのかは、残念ながら聞き及んでいない。師は頑なに、このスキルの発現に至った経緯を秘匿した。
体内の闇系統魔力に反応して自動発動し、周囲の重力を強くする。これも、師のみが発現させることに成功したスキルである。
師はこのスキルに特別な思い入れがあるようであった。
まるで愛子を語るように、師はいつも愛情を込めてこのスキルを自慢した。そんな師の様子に、当時の私は子供ながらに嫉妬を覚えたものである。
鎖を召喚し、自在に使役するスキル。
自らを凶暴化と呼ばれる状態にするスキル。スキルが術者を操るという観点から、師によって操作系に分類された。
前述の
他者の魔力を操るスキル。シンプルでありながらこのスキルの効果は絶大であり、全ての魔導師の天敵となり得るスキルである。演武祭にて師の奥方である慧姫ハティナ・トークディアが発現させたことでも有名。
かつて王国魔導図書館で司書として活躍していた我が曽祖父、トイロト・シャワーガインが有していたスキル。他者の記憶を自動筆記により書き出すという権能を持つ。
他者の魔法が自らに向くように強制的に軌道修正させるというスキル。このスキルを持つ者は戦時の前線で重宝されるが、そのスキルの特性上長生きはできないという、曰く付きのスキルである。
・補助系
自動発動型のスキルで、自身の移動速度を底上げする権能を持つ。
同系統の魔法を連続して撃てば撃つほどその魔法の威力が上がるスキル。後年、師はこのスキルを神が齎した悪魔のスキルと呼んでいた。師の怒りに反応してのみ発動するらしいが、幸か不幸か私はこのスキルの発動を目にしたことがない。
詠唱破棄、スキルの本質理解、魔法の生成と調律を一手に担うことができるスキルである。つまり、術者のスキルと魔法の全てを司ることの出来る、魔導師としては垂涎のスキル。師は数あるスキルの中でも、このスキルを最も重要視していた。師曰く、
帝国の勇者ギレン・マルムガルムの持つスキル。本質は
近い距離の仲間と交信することで会話を可能とするスキル。
帝国の英雄、勇者ギレン・マルムガルムが有したとされるスキル。自らに関わる未来の予知という権能を持つ。
前述の
術者の怒りによって起動し、剣を振れば振るほどにその切れ味を増すという権能を持つ。帝国の英雄ギレン・マルムガルムの代名詞として名高いスキル。師もこのスキルを持っていたが、後年、師はこのスキルを『大層な割に何の役にも立たなかった。出来ることならギレンの馬鹿に返してやりたい』と評していた。魔導師には無用の長物だった様である。
師の懐刀として長く苦楽を共にした戦姫ライカのみが有していたスキル。術者の焦りや怒りによって発動し、動けば動くほどにその移動速度を上げるという権能を持つ。戦姫ライカは前述の
獣人国平定戦にて、戦姫ライカは獣人族から『絶影』と呼ばれ恐れられた。これは戦姫ライカの影すら追い付けぬ程の速度に畏怖した敵兵から送られた、最大の賛辞である。
・治癒系
傷を治す権能を持つ。
体力を回復させる権能を持つ。
流血を止める権能を持つ。
ほぼ全ての治癒系スキルの上位互換の様な位置づけであるが、必要な魔力量が多大であるらしく、小さな怪我なら
現代では悪辣姉妹が一人、聖女ニコのみが発現させることに成功した伝説上のスキル。
範囲内の怪我人をまとめて治癒する権能であるが、聖女ニコはこの魔法を魔物の駆逐に使用した。これは聖女ニコの魔力形質が、魔物に対して敵面の効果を持っていたためである。
魔物化の解除を可能としたスキル。魔物の発生が南方の魔王のスキルによるものであるとの師による推測は、このスキルの発見により確信を帯びたそうである。聖女ニコのみがこのスキルを発現させていたが、話に聞くところによると聖女ニコは姉の戦姫ライカと共に、師によって帝国の奴隷商から金貨百枚で買い上げられたそうだ。師の先見の明たるやまさに神の眼を持つが如きであると言える。戦姫と聖女の生い立ちや師との出会いに関しては、我が叔母の書いた『悪辣姉妹の生い立ち』を参照してほしい。しかしながら、聖女ニコは魔物に対してこのスキルを使うことは少なかったそうだ。彼女は専ら、
・変質系
自身に向けられたスキルと魔法から術者の熟練度を奪う。師のみが有した特別なスキル。これも例に漏れず、魔導師のみならず、スキルや魔法を戦闘に使う全ての者を泣かせるスキルである。師はこのスキルの使用を必要最小限に留めていた。今でも鮮明に覚えている。私が何故このスキルを使ってこの世の全てのスキルと魔法を収集しないのかと理由を聞くと、師は笑いながら、あまり多くのスキルを奪うと、自身の精神的な健康に関わると答えた。どうやら、このスキルには精神を蝕む副作用、あるいは何やら大層なリスクを孕んでいるものであるらしい。
自身に向けられた魔法から魔力を奪うスキル。
魔法やスキルに対してそれとは反発する魔力を注入して威力を低減させる。
自身の名乗りと相手からの攻撃の被弾を条件として起動し、術者に鋼の肉体を与える。鉄血の異名を持ち、周辺諸国からは鮮血伯爵と呼ばれ恐れられ、師による南方解放の際に大いに活躍したモノロイ・セードルフの持つ、鉄壁のスキルである。
アイドルと呼ばれる偶像を創り出し、味方の損害を全て代替するスキル。
術者の負ったダメージを対象者にも与えるというスキル。このスキルが変質系に分類されているのは、自身の受けた傷を魔力によって記憶し変質させることでスキルの対象者を傷つけるという特性を持つからである。このスキルの分類では、攻撃系か変質系かで学者の意見が分かれたそうである。
血統系
眼に宿るスキルで、見た人間の病を見抜くことができる。
嗅覚を最大化することで敵軍の索敵や逃亡者の追跡に使われる、エルシュタット家の血族にのみ伝わるスキル。
自らの水の魔力を接着剤のように変質させる、マリアフープ家伝来のスキルである。それまで下級貴族として風下に立たされていたマリアフープ家の息女メリーシア・マリアフープ師がこのスキルを以ってして演武祭で活躍し、それにより後世の宰相となる師によって見出され、後にメリーシア師の御息女と我が師の御子息とが婚姻を結ぶまでになったことで、マリアフープ勲爵士家が一躍、伯爵の地位まで昇り詰めたのは、あの偉大なる名著、『メリーシア立身記』により有名な逸話である。
我がワンスブルー家の女性にのみ伝わるスキルで、体内の水魔力を氷の属性に変化させるスキルである。かつて師はこのスキルを
レディレッドに伝わる血統系スキル。まるで獅子の頭を持つ炎の巨人を具現化させるスキルであり、王国魔導の始祖、マーリン・レディレッドによって開発された。かつて、私がまだ魔導学園の学生だった頃、マーリンこそ歴代最強の魔導師であると言った担当教諭に、私は『魔王シャルル・グリムリープこそが最強である』と反論して叱られた経験がある。そのことを師に話すと、師は言った。少なくとも歴代最強は自分ではないと。自分より強い魔導師がいた。それは、パラケスト・グリムリープであると。師は自身の祖父であり師であるパラケスト・グリムリープに一度も勝てなかったそうだ。それを聞いた私は、担当教諭に課せられた反省文に、こう書いた。『私は間違いを犯していました。歴代最強は魔王シャルル・グリムリープではなく、その祖父であり魔導の師である、震霆パラケスト・グリムリープである』私が二度目の反省文を書かされる羽目になったことは言うまでもない。
魔法について。
魔法とは、スキルを幅広く、誰にでも使えるようにと古来より研鑽された技術である。
スキルと同様に詠唱を必要とし、その特性として詠唱を行うことで魔力を持つ者なら誰しもがその魔法を行使することが出来る。
しかしながら、これは理論上そうであるということに過ぎず、属性的魔力適正のない者、あるいは、その魔力操作の技量によって、全ての魔法を全ての人間が行使できるということでは必ずしもない。
師も雷、闇、火の三属性には最適性を持っていたものの、土、水、そして中でも光の魔力適正に乏しく、後年、苦手な三属性に関してはほとんど諦めていると仰っていた。
今でこそ、王立魔導学園では五則法と呼ばれる魔力応用技術が確立され学徒たちは漏れなくこの技術を学んでいるが、師の在学中、これらの技術が広く公になることはなかった。
しかしながら、王国魔導師の技術向上のために、五則法を世に広めた師の功績は多大である。
『通し』『廻し』『放し』『念し』『絞り』の五要素から成る五則法は、近年の王国魔導師の精強さを大いに増す結果となっており、師の為政以降、永世中立国としての王国と周辺諸国との平和の維持に大いに貢献している。
それは、昨今の演武祭での王国代表の目覚ましい活躍を見れば火を見るより明らかである。
魔法は土、火、雷、風、水、闇、光の七属性から成る。
前述の通り、魔力の変質は個人の適正が大きく、師によればこの魔力適正は遺伝するものであるようだ。
遺伝とはつまり、親の適正がそのまま子に伝わるということである。
魔法は、基本的にその全てが攻撃のための手段である。
中には、攻撃性能ではない副産物を利用した魔法もある。
しかしながら、その本質は攻撃にあるということを、重ねて記しておきたい。
・土系統
多くの岩弾を打ち出す。土系統の上級魔法である。
複数、正確には二つ以上、五つ以下の岩弾を打ち出す魔法である。土系統の中級魔法に位置する。
石ころを打ち出す。土系統の初級魔法。
火系統
先の筆頭魔導師として長く王国魔導師界を支えたレディレッドの俊才、
巨大な火の玉を射出する。火系統上級魔法。
火の玉を射出する。師の言葉を借りれば『やきゅーぼーるくらいの大きさ』とのことだが、『やきゅーぼーる』というものが何なのか、私は知り得ない。後年、あらゆる魔導書や学術書を調べたが、この『やきゅーぼーる』なる物の記述を発見するには至らなかった。師は時々このような造語を使っていたが、私のような凡人には測り知れぬ知識と創造性が彼の御仁にはあったのだろう。
小さな火の玉を射出する。
・雷系統
師によって編み出された、およそ魔法の概念を覆すような画期的な魔法である。自らを雷の魔法による攻撃に晒すことで、神速の如き速さと強大な力をその身に宿す魔法である。
師が自ら開発した
雷の魔力を剣のように圧縮してワンドの先に生成する魔法。抜群の切れ味を誇る近接特化型の魔法である。彼の英雄、震霆パラケスト・グリムリープが開発したとされるが、その出自は明らかではない。師もこの魔法を得意中の得意とし、
雷系統の魔力を人の形に留める魔法である。師の夫人であり、かつて獣人国にて獅子奮迅の働きで数多の城を陥落させ、王国に暴鬼ありと謳われた大魔導師、暴鬼イズリー・グリムリープが編み出した魔法。この魔法には多大な魔力と魔力操作能力が必要とされ、使い手には魔導師として群を抜く才覚が求められる。師は一度、この魔法に煮湯を飲まされたと仰っていた。
両手に雷の魔力を込めることで、左右で違ったタイプの攻撃を可能とする魔法である。かつての獣人国平定戦の際、獣人国の玄関口であるキッシュの街にて暴鬼イズリー・グリムリープが奈落と呼ばれる魔物を葬る時に使われたそうだ。
グリムリープ家の英雄、震霆パラケスト・グリムリープの開発した雷魔法。地面から天空目掛けて雷を昇らせる魔法であり、我が師がもっとも信頼し、戦術の核とした魔法である。
電流の束を放出する魔法。雷系統上級魔法。
雷系統中級魔法とされ、電流を射出することで標的を感電させる魔法。
雷系統初級魔法。初級魔法ながら、その起動難易度は極めて高く、雷魔法の使い手の希少性を格段に引き上げている魔法である。
・風系統
かつて王国の筆頭魔導師として活躍した地鳴りのアンガドルフ・トークディアの開発した魔法。トークディア宗家の魔導師に伝来される魔法で、巨大な竜巻を発生させる。使い手によっては風から引き起こされる電流も攻撃手段の一つとし、まるで嵐のような様相を呈する。今では、師の奥方であった慧姫ハティナ・トークディアの英雄譚には欠かせない魔法の一つである。
風系統上級魔法。竜巻を発生させることで標的を切り刻むことができる。
風系統中級魔法。複数の風の刃によって、標的に斬撃による攻撃を可能とする。
小さな風の刃を放出する風系統初級魔法。
・水系統
巨大な水弾を発生させる水系統上級魔法。
複数の水弾を放つ魔法。
小さな水の球を飛ばす水系統初級魔法。
我が義母たる凍怒のミリアが最も得意とした魔法。開発者はかつて最も多くの帝国兵を殺したとされる伝説の魔導師、氷獄のアナスタシア・ワンスブルーである。まるで吹雪のような氷の風を標的に齎し、戦場に死の風を振り撒く危険極まりない魔法である。ワンスブルー家にのみ伝わり、起動には
・闇系統
重力の魔力を剣の先に生成し、切られた対象に重力の枷を嵌める魔法である。師の持つスキル
魔力を吸収して自らの魔力へと加算する闇の翼を生やす魔法である。許容量を超える魔力を吸収すると砕けて無くなる。再起動には一定の時間が必要であり、師はこの再起動までの時間を『くーるたいむ』と呼んでいた。それが
今ではリーズヘヴン王国の国教となった
師によれば闇系統に属する魔法であるそうだが、その詳細は一切伝えられていない。数少ない闇魔法を真の意味で極めた魔導師は、古今東西我が師をおいて他にいないだろう。この魔法も例に漏れず、師の創り出した闇魔法の一つである。しかしながら、その権能については謎が多く、魔法名以外のその全ては師によって秘匿されたままである。確かに存在するが、その権能を見た者は存在しないという、極めて特例的な魔法である。この魔法について尋ねた私に師は『これは邪魔者をこの世から永久に追放する魔法。もしくは、絶対に会うことを許されない人物に会うための魔法。あるいは、僕たちが存在するこの世界のさらに先に到達する魔法。僕以外には起動できないと思うし、仮に起動したとしても次の瞬間に術者はこの世からさよならだよ。……この魔法を使えるのは僕だけだし、僕もこの魔法は二度と使わない。人間が手を出して良い領分を遥かに超える、神の魔法だ』と仰った。およそ人知を遥かに超える魔法である。師が自ら編み出し、師のみがその使用を許され、師自ら封印した不世出の魔法であり、魔導の深淵のさらに彼岸に位置する究極の魔法であると言える。
師によって開発された闇系統上級魔法である。この魔法は周囲に存在するあらゆる物体を無差別に吸い込む魔法であり、その危険度はあらゆる魔法を凌ぐ。闇系統上級魔法には太古のエルフによって開発された
私は師亡き後の王国魔導界で最も多くの闇魔法に通じている冥王フォーラ・グリムリープに
「この魔法を使うとね、女神様に文句を言われるんだってさ。だから間違っても変な物を吸わせるなって。シャル兄様はよくおかしな事を言う人だったけれど、とっても深刻そうな顔で言うのよね。だから、私はこの魔法を知識としては知っているのだけれど、一度も使ったことはないの」
我が姉弟子たる冥王フォーラ・グリムリープは、そう言って笑ったものだった。この魔法が絶滅種となる日は近いだろう。それでも、それは開発者たる師の意志なのである。それを私は残念に思いながらも、やはり真面目な顔で突拍子もない事を言う師の顔を想起し、そして不思議と納得するのである。
闇系統の中級魔法。影の槍を瞬時に標的に到達させ、さらにその標的の魔力を転用して周りにも影の槍による災禍を振りまく死の魔法であり、魔導師殺しと呼ばれる禁断の魔法である。太古のエルフが得意とした魔法であり、長くその継承者は途絶えていたため絶滅種に該当する魔法であったが、我が師がこの魔法を再継承してこの世に復活させた。我が叔母である冥王フォーラ・グリムリープはこの魔法を師から継承しているそうだが、彼女はとても穏やかな性格をしているため、この魔法を彼女が使う姿は長い付き合いのある私でも見たことがない。
影の紐を創り出し操る魔法。師はこの魔法を転用することで今で言う五則法、つまり、当時の四則法を多くの弟子に継承した。
影を創り出す魔法。師によれば重力を操作するということだそうだが、この重力という物理的概念も師による発見であり、この世に少ないながらも闇魔法を使う魔導師を新たに生み出すのに貢献したことは、昨今の取るに足らぬ稚拙な歴史書も認めるところである。
ここで、敢えて闇魔法に関して詳しく言及しておこうと思う。
闇魔法とは遡れば古代エルフ、つまり、かつて南方のユグドラシルを守っていたエルフによって発明された属性である。
古代エルフは女神への祈りによって起動が可能となる魔法として、闇魔法を編み出した。しかしながら、古代エルフの土着宗教をイメージの媒体とした闇魔法は南方の魔王が古代エルフを滅ぼしたことで、彼らの滅亡と共に、その技法も途絶することになる。
このような歴史的背景を持つ闇魔法は、師によって重力という新たなイメージ媒体を付与されることで、この世界で新たに芽生えることとなる。
それまで闇魔法の使い手は多属性に比べ圧倒的に少なかったことは周知の事実であるが、使い手が少ない理由には前述のような経緯があったわけである。
現代における闇魔法の再起の兆しは偏に師とその弟子を中心とした魔導師たちの働きによるところが大きいが、とりわけ師をもってして自身の弟子の中でも最高傑作であると言わしめた愛弟子たる大魔導師、冥王フォーラ・グリムリープは闇魔法の復権に大きく寄与している。
かつて魔導学園在籍時のフォーラ・グリムリープが演武祭で披露した闇魔法の数々は、後に世界中の魔導界に大きな影響を及ぼしたと言える。彼女はまるで商人の荷馬車から出る数多の商品のように数々の闇魔法を使い、兄である魔剣士ハル・グリムリープと共に演武祭を圧倒的な力をもって制した。この時の演武祭優勝は、リーズヘヴンにとって奇しくも我が師が勇者ギレン・マルムガルムを破って演武祭を制して以来の快挙となった。
その活躍により、フォーラ・グリムリープが冥王の異名を授かったことは有名である。
彼女に纏わる逸話の多くを、私は実際にこの目で見てきたものだが、普段の彼女は柔和で争いを好まぬ性格であり、この冥王という異名は本来のフォーラ・グリムリープには似つかわしくないものであることは事実だ。しかしながら、師を開闢とし、師の一番弟子たる冥王フォーラ・グリムリープを中興の祖とした一連の闇魔法の復活劇には、ひとりの魔導師として非常に心が躍るものである。
・光系統
数少ない光魔法の最高峰に位置する魔法。収束した光線で攻撃する、現代では準絶滅種とされる魔法である。使い手は先述の冥王フォーラ・グリムリープのみであり、師がエルフ国より持ち帰った古き魔導書より復活させた古代種の魔法である。
光を操作して幻影を見せる魔法。師の従者であり伝説の傭兵である沈黙の大賢者ムウチャンの持つ
光を操作して自らの姿を消す魔法。五則法の念しが広く伝わる現代魔導界では、姿を消しても感知されてしまう為にまるで意味を為さぬものとなったが、同じく五則法による念しの使える術者により完全に姿を消すことが可能になったことで再び復権することになった魔法。五則法の影響を良くも悪くも一番受けた魔法であると言える。
眩い光を放って相手の目を眩ませる魔法。
夜や洞窟などの暗い場所で松明とは異なる光源とするなど、生活の上で幅広く使われる魔法である。
さて、これまで多くの魔法を記述したが、私のような才の乏しき魔導師にできることと言えば、このように後世に技を伝えることのみである。
本書を手に取り、幸福にも我が師の知る魔法と出会えた諸兄に私から最後の頼みを残し、本書を纏めようと思う。
師は仰った。
自分は多くの人を殺め、世に戦乱を招き、仲間を危機に晒した。
時には敵の誇りを打ち砕き、時にはその尊厳を踏みにじり、時にはその土地を奪い、時にはその財産を奪い、時にはその命すら奪った。
例え自分に魔王のジョブ無くとも、自分は魔王と呼ばれていただろうし、少なくとも、自分のしてきたことを鑑みれば、これは正しく魔王の所業である。
人は時に激しく争い、醜く殺し合い、獣のように屍肉を貪る。
しかし、人は考え、模倣し、そして何より協力し合える。
自らの目的のために手段を選ばぬこと。
それは時に自らの栄達を手にするに最も近い道となる。
しかし、その栄達を人生の目的に据えてはならぬ。
そうすれば、いずれ別の人間に同じことをされて転落する。
手段は選ばずとも良い。
良いがしかし、その最後の目的は必ずや誰かの為と成ることとすべし。
さすれば、自らが不幸にした者たち以上の数の人間に幸福を齎すことができる。
まさに、師の生きた人生の極地。
珠玉の言葉である。
本書をここまで読んだ諸兄らに、是非ともこの遺志を継いで貰いたい。
それこそが、筆者たる私にできる師への唯一の恩返しである。
また、魔導の才に乏しき諸兄に伝える。
才能とは人間の全てではない。
才なき者は確かに、神に選ばれる事はなかったが、選ばれなかったからこそ、自らの未来を選び取る事ができる。故に、才能とは人間の付属品に過ぎず大切なのは自ら選び掴み取るその姿勢にこそある。
これも師の言葉であるが、私と我が盟友にして莫逆の友たる兄弟子、魔剣士ハル・グリムリープは共に、幾度もこの言葉に救われたものである。
さて、妻のソフィーが私を呼ぶ声が聞こえる。夕飯の用意が出来たのであろう。
妻から小言を言われる前に、ここに筆を置こうと思う。
王国魔導に救世の魔王の加護あらんことを願って。
──完
王立魔導図書館司書長
プロニート・ワンスブルー著
この本を我が最愛の妻、ワンスブルー家当主ソフィー・ワンスブルーに。
そしてその父であり、我が義父であり、我が魔導の師であり、我が名付け親である王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープに捧ぐ。
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