第233話 迅速果断
獣人国、首都カイレンの昼下がり。
兵士が駐屯する練兵場の一角で、男が喘ぐ。
「あっ……ん……ぁ!」
男と言うか……僕だ。
苦しみに息が漏れる。
頭がボーッとして、意識が朦朧とする。
僕の背後に密着した大男からバクバクと鼓動の音が届く。
その大男からも、声が漏れる。
「ふ……ん! はぁ、はぁ、シャル……ル、殿! ぬん! 往生際が……悪いですぞ! はぁ、はぁ、早く……おイキなされ!」
安心して欲しい。
いわゆるBLではない。
僕に限って言えば、唐突に薔薇が舞うようなことはないと断言できる。
僕はモノロイに背後から抱きしめられ、チョークスリーパーを受けていた。
僕は首に回されたモノロイの腕に
これは模擬戦。
遠くでパラケストが欠伸をしながら僕たちを見ている。
それまで眠そうだったパラケストは急にドギマギしたような顔になって、ぺこぺこと頭を下げている。
パラケストに修行を見てもらえることになった時、彼は僕に真面目な顔で言った。
「シャルルよお、修行はつけちゃる。そんかわし、お前さんにはやってもらうことがある」
僕はそれを姿勢を正して聞いた。
僕の真剣な顔に満足したように、彼はこう言った。
「そのう、ほれ、ニコの嬢ちゃんをあれこれ書いた手紙よお、お前さん、見せちまったろう? あれからニコの嬢ちゃんに会うたんびにめちゃ殺気浴びせられるようになったんじゃぜ。……どーにかしてほしいんじゃぜ」
手元にハリセンがあったら爺さんの白髪頭をスパコンとぶっ叩いてやるところだった。
僕はその日のうちにニコに全力で媚び、パラケストを許してもらうように取り計らった。
ニコは「仰せのままに」とだけ言っていた。
後のことは僕は知らん。
これで少しは、あのジジイの寿命も伸びたことだろう。
……たぶん。
「──ぬん!」
そんな下らないことを考えていると、僕の首を絞めるモノロイの腕にさらに力が込められた。
僕も
──
僕の身体が電流を纏う。
当然、僕の背後に密着して首を絞めてくるモノロイにも電流が走る。
「あばばばば──」
背中のモノロイが間抜けな声を上げるが、それでも僕から離れない。
僕はダメ押しで自身を巻き込む形で
僕とモノロイの足元が光り、地面から放出された電気の束が僕たちを包んだ。
「ま、その辺でええんじゃぜ」
パラケストの気の抜けた言葉に、僕は我に帰った。
見れば、ニコの
「……引き分け」
僕はがっくりと肩を落とす。
「流石は我が君、我も強くなったとは思っておったが、未だ強さの果ては見えぬ……」
モノロイも僕と同様に項垂れている。
モノロイは元々弱い部類の魔導師だった。
それこそ、学園にいた頃は僕の足元にも及ばなかっただろう。
それが、学園を辞めて森に篭ってパラケストを師と仰ぎ、帰ってきた彼から弱さは完全に抜けていた。
彼にとって大金星の引き分けだが、僕にとっては痛恨の引き分けだ。
「……」
言葉を失くした僕に、パラケストは言う。
「シャルルよお、お前さんは天才じゃぜ。紛れもなく、魔導師としては
……僕にしかない武器。
パラケストは
この世界、唯一の無詠唱。
それを可能にするスキル。
確かにモノロイの鉄壁のスキル、
しかし、それで果たして強くなれるのだろうか。
そんな僕の疑問を見透かすように、パラケストはまるで赤子に諭すように言う。
「それがお前さんの甘さじゃぜ。お前さんは、無意識のうちに敵を過小評価しちょる。殺せるタイミングで確実に殺す。これ、魔導の鉄板じゃぜ」
僕はパラケストの言葉を何度も胸の内で反芻する。
それからエルフ国に出立するまで、毎日ただひたすらにパラケストの前で模擬戦を演じ続けた。
時にライカに謝られながら首を斬り飛ばされ、時に心なしか恍惚の表情のニコに素手で惨殺され、時に他者の魔法すら操作する
僕は仲間に対して連敗に次ぐ連敗を喫する。
女神に下駄を履かせてもらい、魔王という規格外のジョブを持ち、無詠唱というアドバンテージを持つ僕は……。
僕は、弱かった。
上には上がいるなんて言葉があるが、こんなに近くにこんなにたくさん上がいるなんて現実に、僕は打ちのめされる。
負け続けの僕に、パラケストは何ら言葉をかけずにいた。
飄々とした態度を崩すことなく、時間が経てば新たな魔導師を連れてくる。
結果的に、僕は一週間ほどの修行でライカとニコとハティナにそれぞれ三連敗を喫した。
少しはアドバイスか何かをくれないものなのだろうか。
美少女たちに殺され、ニコの
それでも、パラケストはお構いなしといった様子で次々に強者をけしかけてくるのだ。
僕はパラケストがどこからか連れて来た、獣人国のエリート魔導師たちとも模擬戦をすることになった。
その中にはかつて演武祭でアスラと激闘を演じた
獅子の獣人である彼は、タスクギアの魔導師の中でも最高峰の実力らしい。
ハティナが言うには、キッシュの街から北上した王国軍の前に立ちはだかったのが彼だそうだ。
そして、そんなシャフトの率いる魔導師隊にはかなりの苦戦を強いられたそうだ。
ミリア、ハティナ、イズリーを擁する王国軍相手に互角に戦った。
それはつまり、目の前のシャフトという獅子の獣人は彼女たちに匹敵するほどの強さを持つということ。
僕の前に立つ彼は言う。
「……演武祭以来か、魔王殿」
僕はただ頷く。
どうやってこの魔導師を倒すか。
僕はそれだけを考え続ける。
そんな僕とシャフトを見たパラケストが、ぶっきらぼうに「んじゃ、始めんじゃぜ」なんて言う。
僕とシャフトが同時に動き出す。
シャフトは獣人国特有の炎魔法、
炎の槍がシャフトの周囲に出現し、僕に向かって一直線に飛ぶ。
が、炎の槍は空を切り地面に突き刺さって消えた。
次の魔法が飛ぶことはない。
すでにシャフトの首は落ちていたからだ。
彼が魔法の詠唱に入ってそれを完了する頃には、僕はとっくに
一瞬の出来事だったが、簡単すぎる。
ライカやニコに比べて、彼は遅すぎるのだ。
「はあ、はあ……こ、これが魔王の実力。……我らタスクギアが敗北するわけだ」
なんて言いながら、シャフトはまるで化け物でも見るかのように怯えた表情で僕を見ていた。
彼が模擬戦を終えて練兵場を去った後、観戦していたハティナが僕に言った。
「……わたし、戦場であの魔導師と戦った。……あの魔導師は厄介な相手だった。……シャルル、わたしやライカとの模擬戦では手を抜いていたの?」
ハティナの疑問は、僕には意外なものだった。
「いや、そんなことはない。僕はハティナとの模擬戦でも全力を出していたよ……」
手を抜いていたなんてことは、全くない。
それでも、戦場でハティナを苦しめたシャフトに、僕は難なく勝つことができた。
そんな僕とハティナの様子を見ていたパラケストが僕に言った。
「それこそが、お前さんにしかない武器の正体じゃぜ」
パラケストは言葉を続ける。
「敵に対して一切の慈悲を持たないその当機立断、迅速果断。それこそが、お前さんの武器。だけんど、それをお前さんは仲間には向けられねーんよな。だからこそ、イズにも苦戦し、ハティの嬢ちゃんにも負けたんじゃぜ」
仲間に対して、無慈悲になれない。
僕は無意識のうちに、手を抜いていたらしい。
そして、それをパラケストは見抜いていた。
パラケストの言葉は、自然と僕の胸に落ちる。
パラケストは尚も言葉を続ける。
「シャルルよお、お前さんのその非情と温情の落差はなあ、グリムリープの性じゃぜ。友や仲間には最大限の敬意を持ち、敵には一切の容赦を持たない。かつて帝国を裏切ったエリファス・グリムリープに、お前さんは似てるんかもしれんなあ。ま、これではっきりしたろ? お前さんは弱かねーのよ。少なくとも俺ぁ、お前さんのその優しさを弱さだとは全く思わねーんじゃぜ」
そう言って、パラケストは笑った。
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