第232話 握り方から。
「……ほーん。ほいでお前さん、イズの奴にこっ酷くやられたって聞いたんじゃぜ?」
イズリーと対決した日の晩。
僕はパラケストが滞在している屋敷に来ていた。
「……ええ。……まさかあそこまで強くなっているとは」
僕の言葉に、パラケストは満足気に頷く。
「あっへっへっへ! だろう? 俺もこれまで何人か弟子を取ったがよ、アレだけの傑物は初めてじゃぜ。まず間違いなく、俺の弟子としては最高傑作じゃぜ」
「……ですか」
パラケストの満足気な表情に、僕はどこか釈然としない気持ちで頷く。
「だけんど、イズのやつぁお前さんに負けてしょぼくれとったんじゃぜ? 今も子飼いの手練れを何人か引き連れて組手でもしとるこっちゃろなあ。……まあ、相手役をやらされるイズの部下のやつらにゃ、同情すんじゃぜ」
「……いや、勝ち負けの結果で言えばそうなんですけど、あれは騙し討ちみたいなものですから」
「ほーん。……お前さんは結果の方を重要視する人間だと思ってたけんど、意外と勝負の内容にもこだわるんか?」
パラケストは白くて長い髭をさすりながら不思議そうに僕を見る。
「基本は結果が全てですよ。僕は騎士道精神みたいな、おためごかしに価値があるとも思ってません。いくら綺麗事を並べても、死んだらみんな腐って土に還るだけですから。……でも、自分が弱いって事実に見て見ぬ振りができるほど、暢気でもないんです」
「へっ。ひよっこが抜かしよるんじゃぜ」
パラケストは遠い目でそう言うと、物思いに耽るように目を閉じた。
「……お前さんもイズも、魔導師としては百年に一人の逸材と言っても過言じゃねえ。同時代の魔導師挙げて矛盾した物言いだがなあ。これ以上強くなるんが、果たして可能なんかどうか。……それすら、俺にゃあ判らねえ」
「まだ、師匠の方が強いじゃないですか」
「そりゃ経験の差じゃぜ。こればっかりは、場数を踏まにゃどーにもならん」
「……南の魔王が台頭して五百年と聞きます。それでも五百年もの間、人間の刃は彼の魔王に届かない。だから、僕は五百年に一人の魔導師にならなきゃいけないんです。百年に一人じゃあ、足りない」
「歴代の魔導師全てを超えるってかい」
「……はい」
「前に話したっけか? 強さっちゅーんは──」
「ただの比較……」
「おうよ。俺の師匠が言ってたんじゃぜ。それをひたすらに追い求めても、得られるもんは空虚なもんじゃぜ」
「……」
僕はパラケストの言葉を頭の中で咀嚼する。
強さは比較。
それは美しさや賢さなんかもそうなのかも知れない。
誰と比べて強いかどうか。
ただそれだけの意味しかないのかもしれない。
それでも。
それでも僕は──
「南方の魔王より強い魔王に、僕はならないといけないんです」
僕の言葉に、パラケストは深く頷く。
「……四則法が充分に使えんなら、あとは経験を積むしかねーわな。それこそ魔導師だけじゃなしに凄腕の剣士やら絡め手に長けた強者なんかとも戦うしかねーんじゃぜ」
「……」
「お前さんがやる気なら、まあ、見てやらねえこともねえ」
僕に足らないのは圧倒的な実戦経験。
それも、自分の命を削るような戦い。
格上との殺し合い。
僕はパラケストの目を真っ直ぐに見つめて言う。
「もう一度、杖の握り方からご教授ください」
パラケストはニンマリと笑った。
その日から、僕の修行が始まった。
朝昼晩、一日に三度のの模擬戦。
ニコは戦後処理の事務仕事の合間に、
王国軍は当初の予定通りに獣人国の首都カイレンを陥落させた。
僕たちの次の目的は、エルフ国で行われる北方諸国共栄会議に出席することだ。
大陸北方各国の首脳陣が一堂に会して行われるこの会議には、皇国と王国でのいざこざや、獣人国と王国で新たに取り決められた条約なんかを公表する必要があるだろう。
会議の開催は二か月後。
カイレンからユグドラシルは馬を使えば二週間ほどだそうだ。
南方の魔王はユグドラシルの根元にいる。
エルフが住まうユグドラシルとは別の、もう一本のユグドラシル。
その大陸南方のユグドラシルへの最短距離は、エルフ国を通過してカナン大河を渡り、そのまま南へ進むことらしい。
それにトークディア老師が言うには、エルフは南方の魔王の秘密を隠している。
どちらにせよ、僕は北方ユグドラシルに行かなくてはならないわけだ。
エルフ国への出発までのひと月半、僕は宰相としての職務を完全に放棄してひたすら自らの強さの追求に邁進する。
時間は少ない。
それでも、出来ることはあるはずだ。
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