第227話 悪辣姉妹vs三獣獅
黒い大斧を振り回す大男が叫ぶ。
「我こそは獣人国最強の戦士、三獣獅が一人! 黒塗りのボンズ! いざ参る!」
三獣獅と向かい合ったニコが、それを聞いてくすりと笑って言う。
「ずいぶんと威勢が良いですね。あなたたちが獣人国で最強だったのは、今の今までわたくしと姉さまに
「……ほう? なるほど、犬族の姉に兎族の妹。つまり、ヴァレンの悪辣姉妹とは貴殿らのことか。悪辣姉妹とは一度手合わせしてみたいと思っておった」
ボンズの言葉に、赤い女戦士と金髪の戦士が続く。
「悪辣姉妹〜? あらあら、有名人じゃない。腕が鳴るわねえ」
「どうでも良いよ、そんなこと。……それより東門が心配だ。とっとと殺して向こうに回ろう」
ウチのニコさん相手にすごいな君たち……。
僕は敵である彼らの言葉に肝を冷やす。
「ニコ、あの軽薄な男は確実に殺るぞ。他は好きにして良いがアイツは絶対に殺す」
ライカはニコに鼻息荒くそんなことを言う。
「わかりました。……しかし、これだけの戦士が相手では少し時間が掛かりそうです。急がなくてはカイレンが王国軍本隊に落とされてしまいます」
「なら、まずはあの愚物からだ」
「いいでしょう。では姉さま、姉さまには一度死んでいただき、一対一に持ち込むことにしましょう」
ニコの謎の提案に、ライカは「良かろう。後は頼むぞ」なんてことを言う。
……一度死ぬとは?
僕の疑問を置き去りに、ニコの「ご心配なく」という言葉と同時に戦闘は始まる。
ライカが金髪に突撃する。
そして、僕は自分の目を疑うことになる。
金髪の戦士のレイピアが、易々とライカの胸に突き刺さる。
「はっ! 一撃! 口ほどにもないなあ!」
金髪が笑う。
ライカは吐血し、目を血走らせて言う。
「……自分に刺される気分はどうだ?」
「……はあ?」
金髪の戦士は一度不思議そうな顔をして、それからライカのように血を吐き出した。
「……ゲホッ。……なんだ、どうなってる!」
ライカと金髪が同時に地面に膝をつき、すぐさまニコが叫ぶ。
「
ニコの治癒スキルでライカのダメージが回復する。
金髪は血を吐きながら地面をのたうち回る。
立ち上がったライカは金髪の戦士に吐き捨てるように言う。
「何が起こったか、わからないか? スキルだよ。私が傷を負えば負うほど、貴様も傷付く。とは言え、私の傷は妹がすぐに癒すがな」
ライカのスキル。
自分のダメージを相手にも与える権能を持つ。
ライカが負ったダメージは相手にも同じだけ入る。
どんな強者が相手でも、最悪でも引き分けに持ち込める凶悪なスキルだ。
しかも、ライカのコンビは治癒スキルに関しては最高峰の使い手、聖女ニコ。
ライカが負った傷だけは見る間に回復し、相手はひたすら傷を負うわけだ。
僕は思う。
……ズルくない?
そんなん勝てっこないじゃん。
頑張って回復役から倒さないと勝てないけど、その回復役ってニコだし──
「回復役の妹から倒す!」
ボンズと名乗った黒髪の戦士が、同じく黒い斧をニコに振り下ろす。
判断が早い!
僕の脳内に、天狗のお面を被った師匠とは正反対の言葉が過ぎる。
歴戦の戦士の判断力だ。
この戦士も、この世界では一線級の達人なのだろう。
回復役をすぐに潰せば勝利の目はあるだろう。
しかしそれは、相手が彼女で無ければの話だが。
聖女ニコ。
月が隠れ、花も閉じる程の美しさを持つ少女。
権謀術数と神算鬼謀で王国に巨大な悪の組織を作り上げた裏社会の元締。
敵兵の首を次々にもぎ取り、百獣門に死体の山を築き上げ、敵の首級を揃えて並べた万夫不当の猛者。
「……倒さないんですか?」
ニコは言った。
振り下ろされた斧は空を切って地面に刺さり、ボンズの首筋にそっとニコの小さな右手が当てられる。
僕は見ていた。
ニコは振り下ろされる大斧の側面に左手の甲をコツンと軽く当てて軌道を逸らし、そのままボンズの首を右手で掴んだ。
恐ろしく速い防御と攻撃。
僕でなきゃ見逃しちゃうね。
僕は何故か心の中で勝ち誇る。
「まだ勝負は終わってないわよ!」
赤い女戦士がライカに斬りかかる。
「いや、終わりだ。お前の剣では私には絶対に追いつけない」
ライカはクールにそう言うと、目にも止まらぬスピードで女戦士の真後ろに回って曲刀をその首筋に突き付けた。
ライカの動きはまるで魔界の盗賊がドヤ顔で『残像だ』とかなんとか言うような速さだった。
恐ろしく速い……いやほんと、この娘はあの一瞬で何をどうしたんだろう。
僕でなくても見逃しちゃうね。
僕は何故か心の中で言い訳をする。
ボンズと女戦士が武器を落として降伏する。
それを見て、ニコとライカが口を揃えて言う。
「我ら悪辣姉妹、魔王様の下僕にして魔王様の両腕!」
戦いの一部始終を観ていた僕は思う。
……苦戦しそうだとか言う話はどこに行ったんだよ。
これじゃあ、圧勝も良いところじゃないか。
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