第226話 三獣獅

 カイレンに侵入した僕たちは都市中央に聳える大きな建物を目指す。


 その建物は、いわゆる議事堂だ。


 王都で言えば、中央の王城にあたる。


 獣人国に王はいない。


 獣人国タスクギアは、言うならば巨大な部族連合。


 様々な部族の長、あるいはその代理が話し合いで政治を決定する議会制の国だ。


 カイレンという都市はその昔、獅子の獣人の統治下にあった。


 部族としての精強さと自然豊かな盆地という肥沃な領地を背景に積極的な侵略戦争で版図を拡大した獅子族だったが、近隣の他部族から一斉に攻められ没落することになった。


 それから獣人国は、内乱と紛争を繰り広げる。


 百年程の内乱期を経て、部族同士の度重なる紛争を解決する手段として、獣人国に議会制が生まれた。


 獣人国タスクギアの誕生である。


 全ての部族が均等な発言権を持ち、話し合いで解決することで同族同士の殺し合いに歯止めを掛けたのだ。


 内乱期の獣人国は強かった。


 戦争の一番の上達法は戦争。


 ヴァレンの谷の二つの部族のように戦争を経験した集団は戦争に強くなる。


 それが部族でも、国でも。


 ある意味、永く戦争を繰り広げた二つの部族が交わることで、ライカとニコのような一騎当千の戦士が生まれたことは必然と言える。


 僕をこの世界のこの時代に送った『神』にとっても、二人の存在は都合が良かったのだろう。


 ……二人は少し強すぎるとは思うが。


 とにかく、議会制を取り入れたことでヴァレンの谷間以外の紛争は無くなった。


 ニコ曰く、ヴァレンの犬族と兎族はタスクギアに属することに異議を唱えはしなかったものの、議会自体には参加しなかったそうだ。


 どちらかの部族が滅びない限り、終わることのない争いだと、双方の部族が認識を同じくしていたのだろう。


 獣人国は戦争から離れ、険しい山々から得られる自然の恵みを糧とした他国との貿易によって繁栄を築いたが、逆に部族単位での戦闘力は次第に落ちていった。


 そして、ミザハのようにそんな現状を憂う人物が現れることになる。


 結果は魔王信仰クロウネピアの台頭と再びの内乱である。


 そんな歴史的背景を持つ獣人国タスクギアは、今まさに滅亡の危機に瀕している。




 街をぐるりと囲む壁を越えると、所々で火の手が上がっていた。


 城郭都市であるカイレン内部に侵攻した僕たちは次々に現れる敵兵を蹴散らして都市中央へ歩みを進める。


 しばらくして、先頭を走るライカの進撃が止まった。


「……どうした?」


 僕はニコに聞く。


「先頭の姉さまが苦戦しております。……なるほど、敵にもなかなかの戦士がいるようですね」


 ライカが苦戦するほどの相手。


 イズリーに次ぐほどの戦闘狂であるライカのことだ、万が一は無いだろうが少し興味をそそられる。


「……行くぞ。ニコ、モノロイ」


 僕はそう言って、二人と隊列の先頭に馬を走らせた。


 数名のヴァレン兵が倒れている最前線で、ライカは激しい戦闘を繰り広げていた。


 ライカ一人に、相手は三人。


 ライカが手出し無用とでも指示を出したのだろうか。


 ヴァレンの谷の兵士は戦うことなく戦況を見守る。


 たった三人の戦士に、獣人国最強と目されるヴァレンの谷の戦士たちが足止めされている。


 三人の戦士は獅子の獣人だった。


 二人の男と、一人の女。


 獅子の獣人の男性は丸い耳と立髪のように顔をぐるりと囲む毛が特徴的な獣人だ。


 女性に立髪は生えないらしい、なので耳の形から熊の獣人に間違えられることがあるらしい。


 大男は黒髪に丸い耳、黒い鎧にライオン特有

の黒い立髪を靡かせながら大きな斧を振り回している。


 痩身の男は金髪だ。


 かなりの軽装で、レイピアと呼ばれる細身で先端の尖った片手剣を持っている。


 最後の一人は女性。


 赤い鎧に荊が絡まったような装飾が施された直剣。


 ライカは三人を相手にして踊るようにステップを踏んで全ての攻撃を躱す。


 しかし、ライカが攻撃しようとすると別の戦士がすぐにライカの隙を突く。


 戦闘は膠着している。


 その時、ライカが僕に気付いて後退した。


「主様! 面目次第もございません! 此奴ら、かなりの使い手です!」


 獅子の獣人は強い部族だそうだが、今では数を減らしているらしい。


 ヴァレンの谷の戦士たちと同じく、戦況を見守っていたゴーズが言う。


「あいつら、三獣獅さんじゅうしだ」


「……三獣獅?」


 三銃士じゃなくて三獣獅。


 ……なんだかカッコいい。


「タスクギア最強の三人だよ。一人一人が一騎当千の猛者だ。南門にいたとは、運がねえ」


 ゴーズは唇を噛んで言う。


 なるほど、国で最強の戦士が三人組を組んでるわけか。


 ……面白い。


 ここは一つ、僕が旅の途中で創り出した新作の闇魔法でちょちょいとやっつけてやろう。


 そして、魔王の力を獣人族に誇示するのだ。


 僕はそう考えて口を開く。


「くくく。……三獣獅か。どれほどの使い手か試してやろう。ニコ、ライカ──」


 ──ここは僕が一人でやる。


 と続けようとしたわけだが、僕に名前を呼ばれた悪辣姉妹が「御意!」なんて口を揃えて三獣獅の前に飛び出した。


「あ……」


 僕は沈黙した。


 心なしかニコとライカの目が輝いている。


 三獣獅の大男が言った。


「我ら三獣獅相手に一人の加勢で充分だと? 犬族の女戦士よ、舐めているのか? 不快だぞ!」


 大男にライカが答える。


「我が妹が戦列に加わった。……貴様らの命脈はもう終わりだ」


 赤い鎧の女は、ニコを見て不思議そうに目を細める。


「……あらあら〜? アナタ、もしかして目が見えてないのかしら〜? そんなんでホントに戦えるのかしら〜?」


 そんな女戦士に、ニコが答える。


「ご心配なく。……わたくし、負けませんから」


 それを聞いて、金髪の戦士は言う。


「全員でかかって来ても良いんだよ? てか、こんな小さな女の子を戦わせるの? 魔王は鬼畜だって聞いてたが、噂はマジだったみたいだね。魔王だなんて言うくらいなんだから、ここは自分一人で充分だ! くらいの啖呵は切って欲しかったよ。……意外と臆病なんだね」


 そう言おうとしたんだよ!


 僕はお母さんに「早く勉強しなさい!」と言われた中学二年生が「今やるとこだったの!」なんて言い返すような気持ちになる。


 金髪の戦士の言葉に、ライカが吠える。


「魔王様への侮辱、聞き捨てならんぞ! たわけがあ!」


 そんな姉に続いて、ニコも口を開く。


「……どうやら本気で戦っても壊れない相手のようです。主さまの御前で本気が出せるなんて。……アガりますね」


 三獣獅と悪辣姉妹の戦いが幕を開いた。

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