第225話 カイレンの戦い
イズリーが先走って門を突破したことにより、カイレンの東門は激戦区と化した。
王国軍は北門と東門を攻めている。
僕は西門と南門を攻めないことを不思議に思ったが、そんな僕の疑問にニコが答えてくれた。
「兵糧攻めでもない限り、攻城戦で全ての門に兵を配して守兵を追い詰めるのは上策とは言えません。……逃げ場のなくなった城兵は死兵となります。戦に勝つしか生き残る術がないのですから、皆が生き残るために戦うわけです。しかし逃げ場となる門を空けておけば、死んでも城を守ろうとする城兵は少なくなります」
……なるほど、そんなもんか。
賢いなあ。
ハティナの策だろうか。
そんな時、僕がミリアに到着の報告を放った伝令が戻って来て、ミリアからの言伝を告げた。
「報告します! ミリア師団長からの要請です! ヴァレンの御旗を掲げて南門に進軍されたし!」
「……だってさ。南門も攻めちゃっていいのか?」
僕はほとんど軍師と化したニコに聞く。
「ミリアさまが勝負に出ましたね。谷間の戦士の精強さは国中に知れ渡っております。その御旗を見せるのは、敵勢の士気を削ぐには良い策です。東門を突破したこのタイミングで戦を終わらせる腹づもりのようですね」
……だそうです。
みんな色々考えてんだなあ。
僕、戦争のこととかよく知らんしなあ。
僕が上の空の間にニコから軍令が降り、ライカが進軍準備に取り掛かる。
「主様! 進軍準備、万事整いました! 下知を!」
全ての準備を整えたライカが言う。
「あ、うん。よーし、進軍開始だー……」
僕の覇気のない号令に、ヴァレンの戦士たちが一斉に気勢を上げる。
僕たちはヴァレンの旗を掲げて進軍を開始した。
護送車に入ったミザハと、ハルとフォーラの兄妹、そして彼らを守る少数の兵士を残して僕は馬に乗って駆け出す。
僕たちがいる小高い岡から南門まで、馬ならそれほど時間がかからずに着く距離だろう。
激戦を繰り広げる東門を素通りして、僕たちは南門に抜ける。
東門の近くを通過する時、遠くでタグライトの『イズリーの姉御! そいつぁ味方です! この前仲間にしたでしょう!』なんて声が聞こえた気がしたがきっと僕の気のせいだろう。
「あの金髪の少女は何者だ? 今彼女が殴り付けてたのは聞かん坊のアメーショだぞ……。あの凶暴な戦士をあれだけ手懐けるってのは……考えられん」
馬に乗って進軍中の僕の隣で、象の獣人のゴーズが言う。
「彼女はイズリー・トークディア。僕にとって一番大切な女性の一人だ。可愛いだろう? 可憐だろう? 最高だよな? ……ちょっかいかけたら殺すぞ」
殺気を込めて言う僕に呆れるように、ゴーズは言う。
「……可憐? ……お前ら人間の考えることはわからんな」
ふん!
これだから獣人族の野蛮人は!
僕は心の中で憤慨しながら馬に鞭を打つ。
僕の乗った馬が甲高い鳴き声を上げた。
南門に着くと街門の上に備え付けられた櫓から一人の戦士が身を乗り出して叫んだ。
「王国の盗人が! ヴァレンの御旗をどこで盗んだ! 我らがそのような計略に騙されると思うたか! カイレン南門を守るこの泣きっ面のハッチが──」
守備隊の隊長だろうか。
何やら喚き立てている。
「ニコ、もう攻撃してもいい感じなの?」
「ええ、カイレンを守るのは寡兵です。一気に門を突破し街を手中に収めましょう」
「おい! 聞いているのか! うんとかすんとか言ったら──」
僕が問い、ニコが答え、泣きっ面のなんとかさんが叫ぶ。
──
カイレン南門の地面が光り、雷閃が空に打ち上がる。
カイレンの南側を守る大門は、泣きっ面の守備隊長と共にあっけなく吹き飛んだ。
それを見て、口をポカンと開けたゴーズが言う。
「……これじゃ戦にならんな。……優秀な魔導師ってのはつくづく化け物じみているぜ」
そんなゴーズを無視して、餌を待つ犬のような目で僕を見るライカに言う。
「ライカ、無辜なる住民は巻き込むな。無闇な殺生は避けてこちらに刃向かう者のみ相手にしろ」
「御意! さあ、皆の衆! 魔王様がカイレンを御所望だ! 一気に攻め滅ぼすぞ! 我らがヴァレンの恐ろしさ、存分に思い知らせてやれ!」
ライカはそう叫ぶと、先陣を切って門へ向かって行った。
「はっはっは! 燃えてきたぜえ! 俺も行く! また後でな! グリムリープ!」
ゴーズもライカと共にさっきまで南門があった場所に向かって駆けて行った。
「わたくしたちも参りましょう。姉さまが通った後には生きた敵は残らないでしょうから、安全かと愚考します。モノロイさま、先行してください。わたくしと主さまも続きます」
ニコはなんだかそんな風に恐ろし気なことを言う。
「任せよ! いざ!」
モノロイは馬に鞭を打って駆け出す。
僕はモノロイの後に続いて馬を走らせ、獣人国首都カイレンに足を踏み入れた。
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