第224話 金色の。
獣人国、首都カイレン。
山岳地帯の多い大陸北部の獣人国の領域に、大きな盆地がある。
そこに造られた都市は周りの山々から流れ込む幾つもの川から水の恵みを大いに享受し、人が生きるには厳しい環境である獣人国に多くの命と富を根付かせた。
都市を囲むように円状に街壁が囲むカイレン。
東西南北に大きな門が聳え立つ。
北西から伸びる川はカイレンを通り、そして南下してエルフの領域を通って大陸を南北に隔てる中央の大河に流れ込む。
巷で水の都なんて呼ばれるカイレンは今、まさに滅びの時を迎えていた。
獣人国の東側から北部を迂回して都市を次々に落とした王国軍の激しい攻撃に晒されていたのだ。
歴史上、カイレンが他国の軍勢に攻められたのはこれが初めてのことだそうだ。
今、獣人国タスクギアは存亡の危機に立たされている。
僕たちがクイネルから西進してカイレンに着いた時には、すでにカイレンの北門と東門は王国軍の寄手に囲まれていた。
クイネルからカイレンに到着した僕たちは、東門から程近い小高い丘に布陣した。
王国軍を率いるミリアに僕から伝令が送られている間も、カイレンの大きな門の前で王国軍と獣人国軍との小競り合いが繰り広げられていた。
僕は遠くに金髪の天使の姿を発見する。
「イズリーだ! ニコ! イズリーを見つけた!」
「……確かに、イズリーさまですね! 少し背丈が伸びた気がしますね」
遠すぎて僕にはよくわからないが、イズリーもまだ成長期の女の子だ、そういうこともあるのかもしれない。
そもそもニコは目が見えないのにどうして背丈までわかるんだろう。
まあ、ニコさんなら何でもありだろうな。
僕はそうやって、素朴な疑問を頭の奥にしまい込む。
イズリーは街の門の前でぴょんぴょん飛び跳ねて何かを叫んでいる。
「……何だ? 何と言ってるんだろう?」
ここからイズリーのいる街の門まで数百メートルだが、小さなイズリーを見るのには遠過ぎる。
この距離では聞こえるわけもないのだが、僕は耳を澄ましてイズリーの声を聞こうとした。
すると、そんな僕を見兼ねたのかニコが言う。
「たのもー、と叫んでおりますが……」
「……たのもー?」
「はい。確かに、そのように……。どうやら、相手に門の外まで出てきてほしいご様子です」
この距離で聞こえるニコの聴覚はマジでヤバい。
僕は心の中で語彙力を完全に失いながらも、遠いイズリーに向けて突っ込まざるを得ない。
「……出てくるわけないだろう」
「隣でタグライトが全く同じことを言っていますね……」
タグライトと同じ発想なのは何か釈然としないが、とにかく、相手からしてみたら都市の門の前まで侵攻されているのだ。
仮にイズリーのような超絶美少女に門を叩かれても、『いらっしゃーい』とはならないだろう。
イズリーはひとしきり飛び跳ねてから、何やらゴソゴソと両手に付けるグローブを外し、戦場の真ん中にちょこんと座った。
「……今度はなんだ? 何をしている?」
「武器を置きましたね。……また壊れちゃうから、ここに置いときましょーかね。……と仰っております。……部下の男に見張らせてますね」
……ポチとタマがぶっ壊れたのをまだ覚えていたのか。
いや、敵前で武装を解除するってのもどうかと思うが。
僕の心のツッコミとほぼ同時に、ニコが「……あ」と声を漏らした。
その瞬間、イズリーの両手がピカピカと光る。
そして、彼女の両手から放たれたあり得ないほどの魔力量を内包した電撃が街門に飛ぶ。
街の門が跡形もなく吹き飛んだ。
「……イズリーさまがタグライトに叱られていますね。……どうやら、作戦では街門は内部に侵入した間者が開くことになっていたようです」
……。
……ハティナの策だろうなあ。
……そうだったら、後で一緒に謝ろう。
僕は心の中で決心する。
「……ふふ。イズリーさまは、ノックしたら壊れちゃった、なんて仰っていますよ。……可愛らしい言い訳ですね」
……そうかあ。
……ノックしたら壊れちゃったか。
……。
……仕方ないなあ、壊れちゃったなら、仕方ないよなあ。
「……わざとじゃないなら、仕方ないな」
僕の言葉に、ニコは「……御意」なんて言う。
「……この言い訳、ハティナに通じるだろうか?」
「……不可能でしょう」
ニコは首を振った。
「……だよなあ」
僕はニコの冷静な分析に深く頷く。
イズリーによって壊された街門から、次々に獣人の戦士が湧き出てくる。
イズリーは後方に下がって戦況を見守る。
イズリーが率いる王国愚連隊が、そんな獣人たちと戦い始めた。
これまでの進軍でイズリーの軍門に降った兵士たちだろう。
そんな彼らが、時折おかしな行動をしているのが目に入る。
何やら倒した敵兵の中から数名を引き摺り、イズリーの前まで持って行くのだ。
目の前に敵兵を出されたイズリーは、その敵兵に武器を渡して戦い始める。
勝負はすぐにイズリーの勝利で終わるが、何をしているのだろう。
「……どうやら、強い兵士はイズリーさまの元に連れて行く決まりになっているようです。……そして、イズリーさまがお認めになった兵士は、晴れて
鼠族の族長がそんなようなことを言っていたが、戦場で何をやっているんだ。
戦自体は出たとこ勝負に見えるのに、そこだけやけにシステマチックなのはどういう事なのだろうか。
まるで働き蟻が女王蟻に餌を持って行くかのようだ。
「……強い兵士が出て来ましたね」
ニコの言うように、イズリーの部隊の隊列に穴が空いた。
象族の大男が、金棒を振り回している。
すると、隊列後方で餌を待っていたイズリーが一目散に大男の元に駆け寄る。
「……アナタ、とっても強いね! 強いから、あたしの隊に入れてあげまーす! ……と仰っております」
……そーゆー感じなんだ。
……すごーく、軽い感じなのね。
僕は心の中でため息を吐く。
象の獣人は金棒をイズリーに向けて振り下ろす。
それをイズリーは右手で掴んだ。
大男の膂力を意にも介さぬように、金棒を掴んだまま、今度は何かを叫んだ。
「……シャーマンエスプレッソ? ……をお見舞いしまーす。……と仰っておりますが、何かの技でしょうか……?」
……シャーマンエスプレッソ?
……何だそれは。
……新しい魔法か?
イズリーは俊敏な動きで大男の背後に回って彼を後ろから羽交い締めにして身体を反る。
まるでブリッジのように後方に反り返り、大男を頭から地面に落とした。
後頭部を強打した大男は呆気なく気絶した。
……イズリーよ。
……それは、ジャーマンスープレックスだ。
……そんな怪しい祈祷師が飲みそうな深煎りのコーヒーみたいな名前ではない。
……僕の前世にあったプロレスという格闘技の技だ。
僕の深いため息は、まるでコーヒーマシンから出るスチームのように、カイレンの空に消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます