第223話 才能

「主様、進軍準備が整いました」


 ライカの言葉を聞いて、僕は頷く。


 それと同時に、モノロイが大声で出陣の合図を叫んだ。


 ヴァレンの谷の千の軍勢にクイネルからはゴーズの手勢、およそ百の兵を加えて獣人国の首都カイレンへ進軍を開始した。


 隊列の真ん中に位置する馬車に僕とニコ、そしてハルとフォーラの兄妹が乗る。


 隊列後方で兵糧を運搬する荷車の最後尾に、ミザハとバザンを乗せた護送車が走る。


 一頭立ての馬車の荷台が檻の形状になった粗雑な護送車は、背後からの急襲で真っ先に犠牲になるだろう。


 まだミザハを失うわけにはいかない僕は、ミザハの護送車を僕の乗る馬車の後ろに配置したかったが、ゴーズの石頭がそれを拒絶した。


 何でも、虜囚は隊列後方に置いて有事の際にはトカゲの尻尾切りのように彼らを置き去りにして時間を稼ぎ、戦闘態勢を整えるのが基本らしい。


 いくら交渉しても僕の提言を聞き入れてくれないゴーズに、ニコが剣呑な視線を送り始めたので、僕はそれを泣く泣く飲んだ。


 代わりに、ニコの進言で護送車の側にモノロイを配置して、万が一の事態に備えた。


 カイレンまでの道すがら、僕はハルとフォーラに魔法を教えた。


 ハルは未だに火弾スター が苦手で、豆電球サイズの火の玉を放つのが精一杯なのだ。


 ハルの訓練する姿を一緒に見ていたモノロイが言うには、八歳の子供にしてはよくやる方らしい。


 考えてみれば、僕も『神』からそれなりの才能ギフトを貰っていたし、共に修行に励んだハティナもイズリーも、魔導に関しては天性の才覚を持っていた。


 僕たちの方がおかしかったのだ。


 僕はハルを焦らずじっくりと育てることにした。


 逆に、フォーラには魔法の才能があった。


 まだ六歳の彼女は火弾スター をすぐに会得し、しかし何やら納得がいかないような顔で僕に言った。


「ししょー。たぶん、わたし、火の魔法得意じゃないと思う……」


 この言葉が魔導師ビギナーの、ましてや六歳の子供から出るとは思わなかった。


 魔法には人それぞれ、得意な系統が存在する。


 僕も経験があるが、苦手な系統の魔力は通りが悪いのだ。


 何と説明すれば良いだろうか。


 それはまるで、蛇口から水が出るかのような感覚。


 得意な系統の魔力は勢いよく流れるのに対し、苦手な系統は途中で流れが詰るような感覚を覚えるのだ。


 これは、複数の系統を使ってみて初めて解る感覚なのだが、フォーラはたった一つの魔法でそれを知覚した。


 本来なら、フォーラにジョブ鑑定でも受けさせて得意な系統を調べたかったが、いかんせん進軍中の僕には道具がなかった。


 そこで、僕は彼女に全ての系統の魔法を一つずつ教えた。


 僕の得意な魔法は雷と闇と火。


 逆に水と土と風、そして何より光の魔法は最も苦手だ。


 それでも、光の魔法に関する知識はあった。


 ウォシュレット君の祖父であるトイロト・シャワーガインが司書長をしている王立魔導図書館で、光の魔法をいくつか覚えておいたのだ。


 戦闘で使ってもロクな結果にはならないので、覚えただけだが。


 フォーラはあろうことか、闇と光の魔力に適正を持っていた。


 ただでさえ使い手が少ない系統がこの二つなのだ。


 その起動難度から、雷の使い手も少ない。


 しかし、闇と光に関してはその比ではない。


 闇系統には絶滅種なんて呼ばれる、継承の途絶えた魔法が存在するくらいなのだから。


 この二つの魔法の使い手が少ないのには理由がある。


 魔法で創り出すものの概念の問題だ。


 この世界の科学では光の正体も、ましてや重力の存在なんてものは認識されていない。


 自分が何を創り出すのかも理解せず、その魔法が使えるわけがないのだ。


 僕はたまたま、光と重力がどんなものなのかを何となく理解していた。


 僕が闇魔法に長けているのは、たったそれだけの事なのだ。


 僕はまず、闇と光の概念からフォーラに教えた。


 闇とはつまり重力、もっと正確に言えば引力だ。


 物体がお互いに引っ張り合う力が引力ではあるが、僕の拙い知識でそれを正確に伝えるには難儀した。


 何しろ、こちらの世界には引力や重力を指す言葉がそもそも存在しない。


 空気という言葉はあっても、酸素という言葉はないのだ。


 前世の知識を伝えるのに、それを指す言葉が存在しないのはとても不便なのだ。


 それでも、フォーラはそれをすんなりと受け入れて力にした。


 すなわち、使いこなしたのだ。


 僕が教えたばかりの操 影シルエットと呼ばれる魔法を。


 超重力を創りだして地面に影を落とす魔法を。


 昔、僕はこの魔法を会得するのに随分と時間がかかった。


 ハティナの助言で会得できたのを思い出して、僕は今すぐハティナに会いたい想いに駆られた。


「主さまのお弟子さまに相応しい才。……思わぬ拾い物ですね」


 ニコはそんな風に言って、悔しがるハルの隣でキョトンとしているフォーラを撫でた。


 ニコからしてみれば、フォーラも手駒の一つなのかもしれない。


 僕はそれを少し寂しく思う。


 南方を解放したら、ニコにもっと楽をさせてあげたい。


 ニコが他人に対して冷たいのは、僕のせいでもあるのだ。


 僕の野心のために、彼女は自らの情を殺しているのではないだろうか。


 そんな思いが、僕の中をゆっくりと這いずり回る。

 

 フォーラに魔法を教え始めて二日目。


 彼女はスキルを会得した。


 これには僕もモノロイも驚いた。


 スキルの発現には、心の成長が鍵になる。


 早すぎるとも思ったが、フォーラは奴隷商に誘拐されて助けられ、さらにミザハにも誘拐されてそれも助けられた。


 そして、初めて体験したであろう本物の戦争。


 子供の心を良くも悪くも変化させるには、充分過ぎる出来事かもしれない。


 フォーラに発現したスキルは、贋作の正銘レッサーカメレオン


 どうやら、他者のスキルをコピーするスキルらしい。


 まるで簒奪の魔導アルセーヌ のような権能だが、流石に神から貰ったスキルほど万能ではない。


 贋作の正銘レッサーカメレオンの権能は、いわば劣化コピーなのだ。


 他者のスキルを会得できる代わりに、相手から熟練度を奪うこともない。


 それも、コピーできるスキルは一つだけ。


 贋作の正銘レッサーカメレオンで別のスキルをコピーすると、前のスキルは消えてなくなる。


 つまり、上書きされるわけだ。


 モノロイで実験したので間違いない。


 僕は試しに何か自分のスキルをコピーさせようと、フォーラに魔力を通して沈黙は銀サイレンスシルバーに命じて夜王カーミラの起動を促した。


 その瞬間、フォーラは僕の相棒とも言えるスキル、沈黙は銀サイレンスシルバーをコピーした。


 彼女はこの世界に二人目の、無詠唱を会得した人物となった。


 それでも、フォーラの無詠唱は完全ではない。


 フォーラの魔法の起動には、その魔法の名前が必要だった。


 それでも、呪文の詠唱をすっ飛ばして魔法を起動できるのだから、これが弱いわけがない。


 だが、こんな子供に無詠唱なんて代物を預けて大丈夫なのだろうかと少し心配になる。


 もしフォーラがニコの影響と思惑を受けて凶暴に育ったら……。


 新しい八黙として王国の闇を平らげるような魔導師になったら……。


 ……それって、僕のせいになるかな?


 なんて考えが頭の中を駆け巡る。


 僕はフォーラに「そんな地味なのじゃなくて、もっと良いスキルもあるぜ? コウモリ操るやつとかさ! あ、これなんかどうだ? 昔、ギレンとか言うクソ生意気な勇者から掻っ払ったスキルだ! その名も、狂乱の猛勇キリングジョーク! 自分の怒りに反応して起動するんだが、斬れば斬るほどその斬撃の斬れ味が上がるという──」なんて言って、実演販売員さながらのセールスで彼女にコピーされた沈黙は銀サイレンスシルバーを上書きしようとした。


「ヤダ! ししょーとお揃いがいい!」


 しかし僕はそんなことを言う猫耳美少女のパッチリとした瞳に魂レベルで射抜かれたので、あえなく断念した。


「……モノロイさん。……才能って残酷だね」


「……うむ。……ハルよ。其方もそこに気付いたか」


 なんてことを話しているハルとモノロイを横目に、僕は将来のことを考えるのをやめた。

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