第222話 調略

 クイネルが戦後処理に追われる中、僕はニコを連れてクイネルの牢獄に来ていた。


 ミザハに会うためだ。


 砦の地下に造られた牢獄は、狭くて暗くてジメジメしている。


 岩をくり抜いてそこに鉄格子を嵌めただけの粗雑な、それでいて頑丈そうな造りの檻の中に、ミザハとバザンが囚われている。


「おや、魔王様。……そうですか、タスクギアはしくじりましたか」


 僕に気付いたミザハが言う。


「ああ。お前の目論見は外れたぞ。……次はどんな手を打つ気なんだ?」


 僕の言葉に、ミザハは首を振る。


「あれが最後の策ですよ。あとは、死を待つのみです」


 ニコは黙って頷く。


 嘘ではないようだ。


「死ぬ気なのか?」


 僕の問いに、ミザハは一瞬だけ不思議そうな顔をしてから、諦念を滲ませたように言う。


「我らはクロウネピアを裏切りました。クロウネピアが我々を許すことはないでしょう。……私たち兄弟は、スラムの生まれでしてね。物心ついた時から酷い生活でしたよ。盗人をして糊口を凌いで生きてきました。私たちは──」


「いや、お前の過去とかどーでも良いよ」


 なんだか間怠っこしい回想が入ることを危惧した僕はそう言った。


 隣でニコがくすりと笑う。


 彼女は何やら横目で扇情的な視線を送ってくるが、彼女は目が見えないはずなので無視して話を進める。


「クロウネピアはレジスタンスだ。つまり祖国であるタスクギアを裏切ったわけだろ。自分たちの裏切りは良くて他人の裏切りは許さないってのも変な話だ」


 僕の言葉に、ミザハは自身の理解の範疇を超えたような顔をする。


「ミザハ、僕に仕えろ。このまま惨めに牢獄で死ぬより、僕の手先として生きる方が得だぞ」


 ミザハは言う。


「貴殿を騙した私に仕えろと? また、裏切るかも知れませんよ?」


「その時は好きにしろ。信義を貫くのも、我欲に生きるのも、全ては思いのままさ。自由ってのは、そーゆーことだ」


「……」


 ミザハは黙った。


 計算高い彼の中で、今どんな思考が錯綜しているのだろう。


 僕はそこに、とても興味が湧いた。


「ミザハ、僕に考えがある。これからの獣人国についてだ。いいか、これから獣人国は──」


 そうして、僕はミザハに今後の見通しと僕の考える方策を伝える。


 僕の方策。


 つまり、獣人国に王国の橋頭堡を造るという策。


 未来は不確かだが、クイネルの攻略に失敗した獣人国の首都カイレンが北方から侵攻するであろう王国軍の前に陥落するのは火を見るより明らかだ。


 そしてカイレンが落ちたその次の一手に、ミザハほど打って付けの人物はいない。


 『神』の手駒としてこの世界に生み落とされた僕。


 そんな僕による南方解放のピースに、ミザハはピタリとハマるのだ。


 僕の考えを聞いたミザハは、ゆっくりとそのこうべを垂れた。


 

 ミザハを調略し、僕は最後に彼に聞く。


「雀踊りのギブリって獣人を知っているか? 副都ギィレムンにいた傭兵らしいんだが、ニコに探らせたがもうギィレムンにはいなかったらしいんだ」


 キッシュで別れ際にパラケストから貰った手紙。


 副都ギィレムンにいる雀踊りのギブリという傭兵に渡せと預かったものの、ニコによると既にギィレムンにギブリという傭兵はいなかった。


「……象族の傭兵ですね。かなりの腕利きでしたが、一年ほど前に病を患って故郷に帰りました。そう言えば、クロウネピア幹部のである雲雀ひばりのゴーズはギブリの縁の者であったはずです」


「なら、ゴーズに訪ねてみるか」


 僕はそれだけ言って牢獄を後にした。


 大男のゴーズはすぐに見つかった。


「おお! グリムリープ! 探したぞ! 勝ち戦の立役者が居なくては締まるものも締まらん!」


 ゴーズはそう言って、僕を持ち上げて肩に乗せ、勝鬨を上げた。


 ゴーズに呼応するように、砦の獣人たちが叫び声を上げる。


 しばらく、お祭り騒ぎのような有様になった。


 落ち着いた頃、僕はゴーズに話を切り出す。


「雀踊りのギブリって傭兵を探してるんだ。……何か知らないか?」


 ゴーズは怪訝そうな顔をした後、僕に言った。


「ギブリは俺の祖父だ。……なぜ祖父を探している?」


 僕はゴーズにパラケストから預かっていた手紙を渡す。


「……開けて良いのか?」


 僕はそれに頷く。


 ゴーズは手紙を読み上げる。


『やっほー、元気しちょる? 俺だよ俺! パラス! ギブリよお、お前さんにちいっと頼み事があってな? もーすぐ俺の孫がお前さんに会いに行くと思うんだけんど、そっち行ったら面倒見てくれ。俺と違って顔は女子おなごみてーでパッとしねーけど、まーまー魔導の才もあるかんね、何かしら役に立つんじゃねーかな。俺、随分と前にお前さん助けてあげた貸しがあったろう? アレ、使うことにすっかんね。んじゃ、そゆことで! 追伸、魔導の才があるって言っても、俺ほどじゃねーから期待すんなよ! あ、隣に可愛い女の子がおるじゃろ? 兎族の方の女の子はマジで凶暴だから気をつけるんじゃぜ! ありゃ孫のためなら何の躊躇いもなく人の命を握り潰すかんな! マジで気をつけろ! あ、それからこの手紙は読んだらすぐに燃やすんじゃぜ! 万が一、ニコの嬢ちゃんに知れたら俺の残り少ない寿命が一気に消し飛ぶ! そこんとこ頼むな! マジで頼むんじゃぜ!』


 手紙を読み上げたゴーズは、僕を見て言う。


「……何だこりゃ。つまり何を頼まれたんだ? ……まあ、それは良いが、祖父のギブリは先月死んだよ。だから、まあ、祖父の恩は俺が返してやる。借りが一つだったな? グリムリープ、お前に作った借りはそれだけだ。……それで良いか?」


 漢気たっぷりなゴーズはそう言った。


 ギブリを探すという問題は解決したが、それより由々しき問題は、隣でニコがバッチリ聞いていたことだ。


 僕は王国軍がいるであろう、北西の方角に向かって合掌した。

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